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33表/魔窟で迷い人と

「だっ、大丈夫ですか!?」

「う、うぅーん……」


 お父様が、神話に関わる調査を依頼していた神学者が、魔窟(ダンジョン)へ入ったきり行方不明になった。そんな彼を追って、現時点で唯一魔窟のまやかしに対抗出来ると思われる面々――私、シャーナちゃん、セリス――と、お父様、ローウェンという面子(めんつ)で私たちも魔窟へと足を踏み入れた。


 魔窟は、思っていた以上に普通の洞窟のように見えて、それが不気味だった。それでも、やっぱり魔窟は魔窟で、奥に進むと、魔物らしき黒鎧が複数体現れた。

 とは言え、ローウェンの手にかかれば特に問題はなさそう、と油断していたのがきっとフラグだったのだろう。私は、呆気なく落とし穴に落ちた。特に、スイッチを踏んだり押したり、ドジっ子が発動した訳ではなかったと思うんだけど。


 しかも、落ちた先には人がいて、私は思い切り下敷きにしてしまった。更に言えば、その顔は私がゲーム画面を通して見た、インディゴその人のものだったのだ!


 ……なんて、現実逃避を兼ねた今までのあらすじ風なんて言って遊んでる場合じゃないよ。

 急に冷静になった私は、抱き起した人の顔を、改めてまじまじと見つめる。


 ボッサボサで、まったく手入れされていない様子で伸び放題になっている藍色の髪。目元なんかは前髪で殆ど隠れているけど、そっと上げてみれば、汚れてはいるものの磨けば光る整った顔立ち。傷だらけでボロボロの皮鎧に、髪と同色のやっぱりボロボロのマントという冒険者風ルック。間違えようもない。


(やっぱりインディゴさんだー!!)


 落とし穴で落ちた先で攻略対象者を踏みつけにしてしまうなんて、どんな出会いイベントだ。それって、最早ヒロインの所業じゃないだろうか。

 いやいや、おかしい。私、便利キャラなんですけど。もしかすると、あそこで落ちるべきだったのはシャーナちゃんだったんだろうか。


 そこまで考えて、ハッと我に返る。

 周囲を見渡せば、どこまでも広がる真っ暗闇。一応、視界の範囲内に魔物なんかの姿はないけど、その代わり脱出ルートもまったく見えない。


(……こんなところに、シャーナちゃんを知らない男と2人きりにする訳にはいかなかったから、良かったんだきっと)


 そう思った私は力強く頷くと、インディゴさんの呼吸の様子やら何やらをチェックする。医学的な知識はないけど、ひとまず大きな怪我はなさそうだし、体温も熱すぎたり冷たすぎたりすることもないし、呼吸もおかしくはない。

 ひとまずは大丈夫そうだと判断すると、今度は近くに落ちていたこの人のカバンと思われるものを勝手に広げ始める。

 え、失礼? いやいや。こんなところでプライバシーとかないから。生き残るのが先決だから。


 躊躇いなく開いて、中身をザッと確認する。


 1週間分はあると思われる、簡易食糧。

 飲料水を出すのに必要な、魔法石。

 書き込みが多過ぎて、訳が分からなくなっている地図。

 何に使うのかさっぱり分からない手帳、メモ類がドッサリ。


 ……私は、そっとそれぞれ元あった場所へと戻していく。

 ダメだ。私が見て役に立ちそうと思えるものはない。

 地図も、別にこの魔窟内をマッピングしたものでもない。少しだけ期待していたけど、そもそもインディゴさんにそうした行動を求めるのは間違っている。

 私は深い溜息をついて、すべての荷物を戻し終えると、もう一度辺りを見回した。


 やっぱりどこまでも広がる真っ暗闇。

 私は食料やらは持っていないし、武器は名もなき剣一振りだけ。

 インディゴさんと食料を分け合えば、1週間も保たなくなるだろう。

 うーん、と唸り始めた私に、パトラから声がかかった。


『ミリアム。妾でも、元の場所へは戻れんかった。相当離れておるようじゃぞ』

「パトラ。良かった、一緒に来れたんだね」

『仕組みは分からぬが、妾たちは一定距離以上離れられぬからのぅ』

「そうだね」


 今はそれが幸いした、といったところか。そもそもパトラは私の中にいるんだから、離れるも何もあったものじゃないけど。正直、パトラが側にいてくれなければ、もっと不安に思っていたことだろう。


「ねぇ、パトラ。皆と合流するには、また魔物と遭遇する可能性あるよね」

『うぬ? そうじゃの。まず間違いなく遭遇するじゃろうなぁ』

「でも、似たようなのが出た場合、私の剣術じゃ倒しきれないと思うの。そうすると、魔法を使うことになるんだけど……数で押されればどうしても厳しくなるでしょう?」

『なんじゃ、ミリアム。そなた、妾の力が借りたいのか?』

「……分かる?」


 いつも迂遠(うえん)に物事を話しがちな私の言いたいことをすぐに理解して、パトラは悪戯っぽく笑った。私も彼女に苦笑を返す。本当、これだからパトラがいてくれて良かったって思うんだよね。


『そうじゃの。そなたが、か、神様パンチと……ぷっ……な、名付けておったアレじゃがの』

「あれ、パトラ、ちょっと馬鹿にしてる?」

『しておらんよ、ふふっ……ただ、少々の……か、可愛らしいところもあるのじゃなとっ……くく』

「…………」


 神様パンチ、パトラのツボに入るの巻。

 ……いや、良いんだけどね、別に。ウケたのなら、それでね。


『そう拗ねるでない。魔物とやらは、妾も初めて見るように思うのじゃが、アレは通じるように見えた。丁度良いから、そなたの剣にあのエネルギーが伝わるようにしてみようぞ』

「出来るの?」

『妾を誰じゃと思うておる?』

「パトラ様!」

『うむ。妾に不可能はないのじゃ』


 ふふん、と鼻を鳴らして胸を張るパトラの心強さよ。

 私は記憶を取り戻せないことについては忘れることにして、深く頷いた。

 そんな私を見て、パトラはふと呟くように続ける。


『それに、そなたの剣術も上達して来たであろ? なれば、妾が下手にそなたの身体を借り受け、負荷をかけるよりもその方が良いと思うのじゃ』

「……パトラ」


 やっぱり、神様パンチは負荷がかかるんだね。何となくそんな気もしてたけど。

 私は、私を想って言ってくれるパトラの優しさに感動しつつ、腰に下げた剣を握った。

 実戦なんて、今まで一度もやったことはない。それらしい現場に直面しても、大抵ローウェンがいてくれた。メアがいてくれた。

 でも、今は1人だ。私が、戦うのだ。


 ……え、インディゴさん?

 ダメダメ。この人は通常戦闘じゃ役に立たないから。ヒョロヒョロの文系男子だから。


『……ところで、ミリアムや』

「ん?」

『あの男は良いのか? フラフラと歩いて行きおるが……』

「えええ!?」


 今までのほっこりムードはどこへやら。

 パトラのひと言で、私の緊張感は別の意味で急激に上昇した。

 慌てて周囲を見渡すと、パトラの言葉通りフラフラと何処かへ歩いて行こうとするインディゴさんの背中を見つけた。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと! 待ってください! 何処へ行くんですか!?」

「え? ど、何処って? ていうか、君誰? べ、別に俺の勝手だろ……」

「…………」


 うわ、ウザい。ガッと反射的に追いかけてマントの裾を引っ張って無理やり止めた私もなんだけど。


 このインディゴというキャラクターは、とにかくビックリするくらいテンプレ学者だ。普段はコミュ障で、目なんて絶対に合わないし、人嫌いだし、口悪いし、どもるし。好きになる要素が全然ないタイプの人だ。

 そんなインディゴが、攻略対象者として本気を出すのは、彼のルートに入った時だけ。


 あるイベントを起こした時、インディゴはシャーナに深い興味を持つ。それ以降、彼は徐々に社会復帰……じゃない、シャーナに相応しい男になるべく努力を重ねていくことになるのだ。

 でも、ヒロインであるシャーナの器は空よりも広く、海よりも深いので、好きなことに熱中して饒舌になるインディゴが好きなんて凄まじい告白をする。

 そして最終的にインディゴは、ちょっとだけあか抜けた感じに落ち着く。途中が一番王子様感あるんだけどね。流石はシャーナさんだよね。


 と、まぁそんな話はどうでも良い。

 問題は、目の前にいるインディゴさんも、大体そんな性格をしているだろう、ということだ。

 つまり、滅茶苦茶コミュニケーションがとりづらい大の男を、私1人で引き連れてここから脱出しなくてはならないということに他ならない。何その無理ゲー!


「あの、あなたインディゴさんですよね?」

「!? なっ、なな、何で、俺の名前知ってるんだ!? はっ、もしかして、お、俺の研究を奪おうとするライバルが雇った、暗殺者!? ひぃっ、来るな!!」

「妄想が猛々しい!」


 思わず豪快にツッコミを入れてしまった。

 完全にビビったインディゴさんは、可能な限り私との距離を離して、壁沿いにあった岩陰に身を隠した。いや、見えてますけどね。


「って、違います。私はミリアム。ツェルト・ルナリスの娘です。貴方を探しに来たんですよ」

「……ツェルト様の? ……本当に?」

「はい」


 じーっと訝しげな視線を向けるインディゴさん。イラッとしちゃダメだ。私は、一生懸命笑顔を保とうとする。でも、あんまり笑顔に意味はなかったみたいで、インディゴさんはふいと視線を逸らすと、徐々に離れて行こうとし始めた。


「ちょっと。勝手に逃げようとしないでくれますか?」

「うわぁっ!? な、何だよ! 俺はこの奥にあるものを調べないといけないんだ! 邪魔するなよ!!」


 適当に聞き流すことが出来なくもないけど、今の私はそのインディゴさんの言葉に引っかかるものを覚えた。

 奥。確か、ゲーム本編の時点でも、インディゴは魔窟の奥には行ったことがなかったはず。魔窟自体には入ったことがあるって話だったけど……。

 私は少し考えてから、尋ねることにした。


「奥にあるものって何ですか?」

「なっ、何で、君にそれを、い、言わないといけないんだ。か、関係ないだろ……」

「関係ありますよ。探しに来たって言ったじゃないですか」

「……これだから、子どもは嫌いなんだ……」


 ……子ども。

 ブスッとして唇を尖らせる姿の相手から、子ども扱いされるとは。

 私は、心外が一周回って面白い気持ちになってしまう。

 こんな人が、好きな人相手に変わろうと思うようになるんだから、恋って不思議だよね。なんて。


「はい、私は子どもですよ。貴方は、そんな子どもをこんな場所に1人で置いていくような薄情な大人なんですか?」

「べっ、べべ、別に……そういうつもりじゃ……」

「邪魔するつもりはありません。でも、お父様も心配しているんです。調査は後回しにして、一旦私と一緒に脱出経路を探してくれませんか?」

「……でも、今を、逃したら……奥に行くチャンスが……」


 この口ぶり。インディゴさんは、魔窟の仕組みみたいなものを理解しているということだろうか。

 なら、本当は迷っているって訳でもないのかもしれない。

 ……でも、早くみんなと合流しないと、心配をかけているだろうし……。


『道はまだ分からぬのじゃ。そやつの好きに行動させるのでも良いのではないかの?』

「……うーん……」


 パトラの提案にも一理ある。

 結局、どう道を選ぼうとも、どれが正解なのかは分からないのだから、外へ出ようと行動することと、奥へ行こうと行動することに大した違いはない。

 私はしばらく悩んでから、頷いた。


「分かりました。インディゴさんの好きにしてください。私はただ付いて行くので」

「……え……?」


 コイツ頭おかしいんじゃないの、みたいな目で見ないで欲しい。

 ジトッと見つめ返そうとしたら目を逸らされたけど、凄く腹が立つ。

 でも、注意したりしませんよ。私、大人ですから。うん。


「その代わり、目的地についたら一緒に脱出してください」

「……何で、君の言うこときかないと、」

「分かりましたね?」

「……わ、分かった……」


 まだ文句を言いたがっているようだったけど、とりあえず黙らせることに成功した。

 そもそもインディゴは、人との距離感を完全に間違ってるようなキャラクターだから、ひとまずは嫌われようとも仕方がないだろう。

 こんなインディゴを好きになるシャーナは、本当に女神か何かだろうか。実際には女神の器な訳だけど。


「決まりですね。それじゃ、行きましょうか」

「……君が、し、仕切るなよ……」

「はい。どうぞ先導をお願いします」

「……くそぅ……」


 悔しそうに呟いて、ノロノロと私の前を歩き出したインディゴさん。

 一歩一歩ゆっくり歩を進めたと思ったら、チラリと私の方を振り返って、私が付いて来ているのを確認すると、振り切りたいのか突然走り出す。

 でも、生憎と私はかなりガチめの訓練をしているので、それだけで引き離されたりはしない。

 まぁ、この世界の男性は基本的に日本人より体力あるし、足も速いので、普通なら成人男性相手には追いつけないんだけど、インディゴさんは例外だ。

 オタクなので、興味のむくものでもあれば、謎の無尽蔵体力を発揮するけど、それ以外では子どもにも負ける体力しかない。


 しばらく、鬼ごっこ的なものを続けていると、やがて振り切れないと判断したのか、インディゴさんは項垂れた。

 そのまま、もたもたとはしているけれど、一定の速度で歩き出す。

 どうやらようやく諦めてくれたみたいだと私はひっそり胸を撫で下ろした。

 こんなところで、無駄に体力を使いたくない。


(……どこで魔物と出くわすか分からないものね)


 パトラも周囲を窺ってくれているから、突然不意を突かれるようなことはない、と思うんだけど、絶対はない。ローウェンの教えを思い出しながら、私はジッと油断なくインディゴさんを見張る。いや、見守る。


 現時点でこの人を失うのは、正直相当な痛手だ。勿論、この人も幸せにしたいターゲットの1人だけど、そういう私の我儘な理由だけでなく。

 ほぼ全ルートで、物語の確信を突く気付きをするのが、このインディゴという人だ。もし、本編の頃までにインディゴさんが死んでしまっていたら、解決出来ない問題が発生する。もう断言レベルだ。


「あっ」

「! どうしました?」


 更にしばらく歩いていると、ふとインディゴさんが足を止めて声を上げた。

 ほぼ無言だったこの道のり。声を上げるなんて余程のことでも起きたのだろう。

 私はグッと警戒しながら駆け寄る。

 すると、彼の視線の先が開けていることに気付いた。


「最深部だ!」

「え」


 通路なのだろう、ほぼ1本道を歩き続けていて、ずっと景色に変化はなかった。

 それが、インディゴさんの視線の先は、ドーム状に一気に開けている。何となく息苦しかったのが通るような……いや、そう安直に考えることは出来ない。

 地底湖のような水たまりが広がっていて、確かに美しく見えるけれど、ここが本当に最深部なら。


「わあっ! わあっ! 本当にあった! 石碑だ、石碑だ!!」

「あっ、ちょっと!」


 気を引き締める私に反して、インディゴさんはそれこそ子どもみたいにはしゃぎながら駆け出す。一切躊躇せずに、そんな空間の中央付近に、ドンと立つ古ぼけた石板のようなものに向かう。


 いやいや、魔窟の最深部に能天気に駆けこむなんて頭おかしいでしょう!?

 私も、内心でツッコミを入れながら慌てて追いかける。

 一応、その石板のようなところまでやって来ても、トラップが発動……みたいなことはなかった。


「『異界ヨリ迫リシ邪悪ナル意志ニ備エ我此処ニ楔ヲ……』聞いてた話と一緒だ! やっぱり、魔窟はただ邪神の力の影響を色濃く受けた場所というだけじゃなくてそもそも邪神を封印する為の楔の一点としての役割を担っているんだ。つまり、今まで魔窟が基本的に人里から離れた場所に設置されていたのは自然とそうなった訳ではなくて人為的なものが作用している。要するにこれは神がいたと言う間接的な証明に繋がるんだよ!」


 …………。


 インディゴさんは、石板……いや、文字が刻まれてるっぽいから石碑か。に、頬擦りしながら饒舌な独り言を披露する。殆どノンブレスでつづられる言葉は、その一部も聞き取れないんだけど、大好きな神話に関する話のようだ。

 魔窟の最深部に石碑があるということ自体は、確かに私も知っている。でも、本来はあるイベントをこなした後に見つけることになる。


 魔窟(ダンジョン)、そして最深部と来れば、大抵のゲーマーならピンと来るだろう。


 ――ゴゴゴゴ……!!


「! インディゴさん、下がって」

「であるからして、ここの文字が示すのは……え?」


 うっとりと石碑だけを見つめるインディゴさんには申し訳ないけど、今はもうそれどころではない。

 私たちが出て来た小道とはまた別の道の方から、巨大な岩が無理やり動かされたような音が響く。次いで、怪獣映画で聞いたような振動と音が鳴り出す。


 ――ズシン、ズシン……。


「あれ、これって、な、ななな、何だ!? ま、まさか」

「そのまさかです」


 流石のインディゴさんも、全身が揺さぶられれば集中どころじゃなかったようだ。正直、ありがたいけど。

 真っ青になって石碑に抱きつくインディゴさんには、とりあえずそのまま大人しくしていてもらいたい。

 ……どうせ、この戦いは始まってしまえば逃げられない。


「……ボス戦か。初めてだな」

『ミリアム。どうやら逃走はあまり賢くないようじゃが……覚悟は良いかえ?』

「……勿論!」


 本当は、手も足も震えていて、逃げ出したくてたまらない。でも、インディゴさんの性質上、ここは避けられないことだということは分かっていた。

 だから、もう覚悟はとっくに固まっている。私は、スラリと剣を抜き去った。


「来なさい、小ボス!」

「――ギ、ギギギ……」


 現れたのは、落とし穴前で遭遇した黒鎧のボス版だった。

 あの黒鎧たちは、ローウェンより少し大きいくらいだったけど、今目の前に現れたのはもっと大きい。

 この空間は、天井まで大体10メートルといったところだろうから、3メートルはあるだろうか。


「ひいっ! 魔物!? に、に、逃げないと……」

「あっ、下手に動かないで!」


 慌てた様子で、元来た道へ逃げようとしたインディゴさん。

 だけど、残念ながら戻る道は既にふさがれている。


「ええっ、な、なな、何で!?」

「魔窟最深部は、一度足を踏み入れれば、そこを守る魔物を倒さないと出られない。……知らなかったんですか?」

「……あっ」


 これは、知ってたけど忘れていたといった反応だろう。

 溜息をつきたくなるけど、まぁ良い。とりあえず、攻撃を受けそうな位置にはいないし。


「そのままどこかで隠れててください!」

「きっ、君は!?」

「私は戦います!!」


 ギュッと剣を握りしめる。

 その剣に、パトラがその白魚のような手を這わせる。

 すると、ぼんやりと私の名もなきただの剣が、光を帯び始める。


『……これで良いじゃろ。ただ大きいだけのウスノロなぞ、妾とそなたの力があれば容易かろうよ。自信を持つのじゃ』

「……うん、ありがとう」


 柄の部分も、パトラの力で温かくなっているような気がした。

 私は、小さく口角を上げると、先に魔法を使うことにした。


「――『力を増せ(パワー・プラス)』! 『守りを固めよ(ディフェンス・プラス)』! 『速さを増せ(スピード・プラス)』!!」


 私の言葉に応じて、全身が緑色の光を帯びる。私は、緑魔法に適正がある緑魔法使いだ。緑魔法は強化(バフ)に特化しているので、今回かけたのは基本的なセットだ。

 例えば、魔法無しで傷もつけられない木を、魔法アリでは傷付けられるようになる、といった感じの魔法になる。かけたから無双出来るということはない魔法だ。でも、あるのとないのとでは全然違う。って、ローウェンも言ってた。


 相手の出方を窺って消極的に戦ってたら、多分、小さい私の方が不利だろう。

 私は準備が整うまで移動に時間をかけていた大鎧に、何なら感謝を告げながら地面を踏みしめた。


「はぁあっ!!」


 ――ヒュンッ! ドガガッ!!


 大鎧の足元にまで一気に距離を詰めた私は、そのまま足を切り払う。鎧は大きくて、私のか細い剣では転ばせることすら難しいと思われたけれど、パトラの力もあって何とか傷をつけることに成功する。転ばせられはしなかったけど。

 惜しい、と思っていると、鎧の(うつ)ろな顔が私を見下ろす。


 ――マズイ。反射的に地面を蹴る。


「ひぇっ」


 直後、大鎧の剣が私のいた場所を切り裂き、やや遅れた私の頬を斬った。

 痛い……けど、痛い程度で済んで良かった。

 油断した訳じゃないけど……本当に油断は禁物というヤツだ。


「きっ、君!」

「大丈夫だから! 待ってて!!」

「っ……」


 インディゴさんが、流石に良心の呵責でもあったのか心配そうに声を上げた。

 でも、ここで下手に出てこられたらマズイ。

 私は最強の女戦士とか、大賢者とか、そういう存在じゃないから。

 インディゴさんを守りながら戦うなんて器用なことは、出来ないもの。


『このテの輩は、身体の何処かに核を持つもの。そこを突けば一撃じゃ。妾がそこを見つけるまで、耐えよミリアム!』

「っ……うん!」


 パトラの声に頷くと、私はまた切り払おうとして来た剣を避ける。

 解析にどのくらいかかるものか分からない。まだまだ私の体力にも不安なところはある。

 だけど、やらなければならない。


(私が……守る!)


 その思いだけを支えに、私は大鎧との大立ち回りを続ける。

 切って、避けて、切られて、逃げて。

 着実にダメージを増すのは、私の方だ。

 鎧の一部を傷付けたところで、相手の動きは鈍るどころか鋭くなる始末。

 だけど、私は折れなかった。


「はあああっ!!」


 ――ガシャンッ!!


 何度目かの斬り合いで、初めて大鎧に膝をつかせる。

 一瞬喜びかけて、でもすぐに心を鎮めて攻撃に備える。

 そして、飛んで来た攻撃を危ういところでかわして、距離を開ける。


「……はっ……はっ……はっ……」


 息がもう既に上がっていて、全身が重い。

 致命傷は何とか避けているけれど、細かい傷ならたくさん負ってしまった。

 ドクドク、というレベルではないけど、血もそこそこ流してしまった。

 どうして私は、回復系の魔法を使えないのだろう。痛い。


「でもっ……負けるか!」


 また一撃をもらってしまったけど、何とか踏みとどまる。

 最早これは意地だ。私はパトラを信じているから。

 必ず、弱点を見つけてくれるって。

 そして、夢があるから。皆を……私が、幸せにするって。


『見つけた! 額じゃ! 額の隙間を狙うのじゃ!!』


 了解。私は、内心だけで返事をすると、改めて力を増す魔法をかけ直す。

 そして、飛んで来た腕を上空にかわし、その腕の上に乗る。

 そのまま腕を駆け上り、払おうとする大鎧の攻撃を擦り抜け、眼前に迫る。


「喰らええっ!!」


 ――パキィ……ン……。


 振りかぶって、持っていた剣で兜の隙間、漆黒の闇の中へ向けて突く。すると、悲鳴もない。ただ、何かが砕けるような音がした。

 それから数秒後、あれだけ大きかった鎧は、跡形もなく(もや)になって消えてしまった。最後に、目もくらむような白い光があふれたのが、印象的だった。


「……お、終わった?」

『うむ。テッキ村の奴よりも、寧ろてこずったのぅ。お疲れじゃったの、ミリアム』

「……はぁぁぁ」


 終わったらしい。私は、剣を支えにその場に崩れ落ちる。

 完全に倒れ込んでしまったら、もう立ち上がれない気がした。


「……君」

「え? あ、インディゴさん。どうやら、もう大丈夫みたいですよ」


 ふらふらと、インディゴさんがこちらへ駆け寄って来た。

 戦ってもない人の方が覇気がないって、どういうことなんだろう。

 若干思うところがないでもないけど、私はとりあえず笑顔を向ける。

 何しろ、無事に終わって良かった良かった。


「君だ!」

「はい?」


 ガッと、私の目の前にしゃがみ込んだインディゴさんが、私の両肩に手をやる。

 乗せるなんて生易しいものじゃない。これは、完全に掴んでいる。痛い痛い。

 困惑する私の顔を、インディゴさんは真っ直ぐに見つめて、叫んだ。


「俺は……俺は、ずっと君を探していたんだ!!」


 ……はい?


 まったく意味の分からないセリフに、私は思わず表情を失った。

 何か、落ち着かせるようなことを言わないと、とは思うんだけど、頭が付いてこない。疲れてるしね。


「……はぁ?」


 思わず、バカにするような反応をしてしまう。

 失敗したかな、とも思ったけど、目の前の人は、私に話しかけているようで、実際は独り言を言っているようだった。

 まったく気にした様子もなく、その藍色の瞳を輝かせる。

 ……その姿に、とてつもない既視感と共に、イヤな予感を覚える。


「会いたかった! 俺の運命の人!!」


 見覚えだけじゃない。聞き覚えもある。

 声優さんの本気ってスゴイなーって、アタシが思った覚えがある。

 ちょっと待って、これって。


「愛してる。もう離さない!」

「えっ、ちょっ、お、落ち着い……」

「……愛してる」

「っっっ!!!???」


 ……インディゴルート分岐決定イベントで起きる、ファーストキスイベントではなかったでしょうか。


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