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25/89

21/変身魔法

 こんにちは、ミリアム・ルナリス男爵令嬢です。先日、12歳の年になりました。因みにこの世界の年齢は数えです。

 ……なんて、少しかしこまったみたけど、何となく慣れないなぁ。


 さて。テッキ村から帰って来た日から、早くも1年が経とうとしている。

 その間、世間的には大きな問題は起きていない。

 いつゲームの展開を破って、邪神が攻めて来るかとビクビクしていたのは一応、今のところ杞憂に終わっている。


 直近で警戒している薄紅の集団(クリムゾン・ドーン)が、何か大それた問題行動を起こしている、という噂も耳に入って来ないし、調べても分からない。

 相変わらず王子との接触はかなわず、方法も模索中のまま。


 ゲーム対策に関しては、今現在、完全に手詰まりを迎えていた。これを、ゲームのシナリオ通りと言えばそうなのかもしれないけれど、歯がゆい。


 ただ、ゲームのシナリオが完全に壊れているところがある。テオのお母さんが生きているとか、テッキ村が滅びていないとか、そういうところではなく、私が手を付けていないところ。義理の兄弟になるはずのセリス、サイファ兄弟と、まだ出会ってすらいない、ということである。

 どういうことなんだろう? ゲームの感じだと、タイミングとしては去年辺りに出会っていてもおかしくなかったと思うんだけど……。


 さりげなくお父様に再婚はしないのか窺ってみたけど、曖昧な返事しかくれなかった。

 ……もしかしたら、何か裏でアクションを起こしているのかもしれない。

 とは言え、ゲームみたいに寂しがってる娘の為、という理由での再婚は有り得ないだろうとは思う。何しろ、娘である私はそこまで落ち込んでいないのだから。


 けれど今ここに至って、私には気になることが出来た。

 お父様は、私の中に……というか、代々のルナリス家の中に、クレプスクロが引き継がれていることを知っていて、何とかしたいと考えていた。

 その為に、守護者関連の人々との接触を持ち、様々な情報を集め、行動を起こしていた。お母様が亡くなってしまったことで、一時期それもやめてしまっていたけど、今のお父様はまた精力的に動いている様子だ。詳細をすべては教えてくれないけれど。


 ……ここで、私が何に引っかかっているかをまとめよう。

 守護者については、以前もまとめた記憶があるけど、改めて。

 守護者とは、この世界を守る為に邪神を封じた代わりに眠りについた神々を、その身に宿し守る人間のことである。


 代表例は、ゲームの主人公のシャーナ。彼女は、暁の女神アウローラの守護者だ。それが理由で多方面から狙われていたりする。

 あとは、私ことミリアム・ルナリス男爵令嬢。ゲームでは明かされていなかったけれど、黄昏の女神クレプスクロを宿している。

 因みにクレプスクロは記憶を失くしていて、確定と断言は出来ないんだけど、ほぼ確定ってところかな。


 そんな守護者は私たち2人だけではなく、他にもいる。攻略対象者の、テオ、ルオン第二王子、ラスティン第一王子……そして、セリスである。


 中に入ってる神々については、多分この時点ではみんな目覚めているかすら怪しいし、仮に目覚めていたとしても、記憶があやふやだろうから影響がないと考えている。

 唯一気になるのは、隠しキャラでもあるラスティン第一王子に宿る神様なんだけど……本当に厄介だから、今のところは目をつむっている。

 下手に手を出して、返り討ちとかイヤだもんね。気にはしてるけど。


 ここまで言えば、私がお父様の再婚について気にしている理由が分かるだろう。

 そう。守護者の存在を把握しているお父様が、娘の私への哀れみだけで守護者の一人を家族として迎え入れるだろうか? ということだ。


 確かに、ゲームでのお父様はお母様の死から立ち直れなくて、殆ど領地に引きこもって公的な仕事はしなくなる。

 他人との交流も最低限になり、娘との会話すらほぼ皆無になってしまう。

 けれど、お母様が亡くなるまで、娘から女神を取り出す方法を探し続けていたお父様が、知らずに守護者を引き入れるとは思えない。


 私は正直なところ、ゲームでもお父様はその辺りの事情があって再婚したんじゃないかと疑っている。

 ゲームのシナリオ上、エピローグや数々のバッドエンドのすべてを見ても、そのような描写はなかった。けれど、今のところ得られた情報から類推すれば、この考えは結構的を射ているように思うのである。


 その仮説に立つと、お父様はまだ他にも私も、アタシも知らないような情報を握っていると考えられるけど、教えてくれない。一緒に戦うようにとは言われたけど、それ以上の詳細が明かされることはなかった。色々と探ってみたり、正面から聞いてみたり、それなりにアプローチは重ねているんだけど、なかなかに難敵である。まぁ、お父様だしね。


 と、まぁ大体この辺まで考えて、いつも思考は迷宮入りする。

 手詰まりだ。私に出来ることは、剣と魔法の修行、勉強、教養のレッスンなどなど、至って地道な内容ばかりである。

 正直焦るんだけど、出来ることがない以上、そうした努力をするしかない。


「はぁ……せめてもう少し何かの進展が欲しい……」

『何じゃミリアム。そなた、まだ強くなるつもりなのかえ?』

「パトラ……」


 私が一人で愚痴をこぼすと、パトラが驚いたように声を上げた。

 思わずジト目で見上げると、ころころと笑う。


『魔法を使うて仕合えば、おのこにも後れを取らぬようになって来たではないか。貴族の娘としては、もう十分なのではないかのぅ?』

「分かって言ってるでしょ。邪神相手に、足りるってことはないよ」

『邪神、邪神のぅ……何か引っかかるんじゃがな……』


 からかうような口調だったパトラは、腕を組んで首を捻り出す。

 違和感だけが先行して、特に成果が得られる訳ではない。

 流石のパトラも、定期的に頭が痛むのは喜ばしくはないようで、不愉快そうに眉を寄せた。


『思い出せぬ。じゃが、頭が痛むと同時に妙な充足感も得られる。これは何なのじゃろうな?』

「私に聞かれても」


 肩を竦める私を見て、パトラは軽い溜息をついた。

 充足感、ね。一つ一つでは何の意味にもならないピースも、いずれ合わさって大きな意味を成すのだろうか。

 なるべくなら、こうしたキーワードも覚えておきたいけれど、私の記憶力はそこまで良くない。忘れてはならないことを詰め込み過ぎて、最近では特に覚えが悪くなっている気さえする。

 こんな時は、凡人である我が身が恨めしい。何かチートが欲しかったものだ。


 とは言え、パトラの言う通り、魔法の方はそれなりに成果が出ていた。

 魔法アリという条件で戦った場合、私が自分に身体能力向上などのバフ、対戦相手に身体能力減少などのデバフをかけることに成功すれば、結構な確率で勝つことが出来るようになったのだ。


 バフはほぼ確実にかけられる。問題はデバフだ。例えば、そもそも規格外のローウェンには、デバフは当たらないし、当たっても効果が出なかったり、意味を成さなかったりする。本人曰く、多少スピードが落ちてもすぐに感覚はついて来る、だそうで、私程度なら特に問題ないんだとか。

 悔しいけど、そもそも緑魔法使いの真骨頂は、誰かと組んだ時だ。私だけで相手を打ち倒す力を付ける必要はないだろう。ここまで出来れば十分だ。


 ……と、言いたいところだけど、相手はあの邪神。

 ルートによっては洗脳とかして来て、周囲の全員が敵みたいな最悪の展開が訪れる可能性すらある。

 味方に頼り切りになって、うっかり孤立したら死んじゃいました……なんてことにならないように努める必要はある。

 だから、私は今も純粋な戦闘能力の向上を図るべく剣の修行は続けているし、自分一人で効率的にバフデバフを使う為の修行もしている。


 因みにセレンさんの魔法講座は、基本的にまず座学から始まる。

 それぞれの適性に合わせて、一人一つの課題が上げられ、先にその理論を学ぶ。

 セレンさんが言うところによると、魔法はしっかりその構成を理解していた方が、より効果が高くなるらしい。

 文系的な、精神的な意味の把握や、理系的な、魔法を発動させる為のプロセスなど、セレンさんは分かりやすく教えてくれる。

 それから、次の講義の日に実践する。先にセレンさんが例を見せて、私たちは順番に従う。その様子を見てセレンさんがアドバイスをしてくれ、その週はとにかくそれを反復する。

 そして、完璧に覚えられたら次の魔法へ。……大抵、その繰り返しだった。


「……ねぇ、パトラは魔法って使えるの?」

『妾には肉体がないからの。そなたらの講義を共に見て、試してみたこともあったが、発動はせなんだ』

「そうだったんだ」

『そなたの肉体を借り受ければ可能であろうが……やめておいた方が良い気がする』

「危ない?」

『恐らくの』


 神様なんだから、当然普通の人間が使う魔法よりも、ずっと奇跡レベルの術が使えることだろう。

 でも、肉体がないと使えないんなら、やっぱり今は無理ってことか。

 私の肉体を貸すのは良くても、例えばそれで突如クレーターが出現したり、一つの町が消滅したり、私が滅びたりしたら困るから試せないしね。

 私の相棒が実はチートで! みたいな展開もないか。いや、神様が相談役ってだけで随分安心感はあるんだけどさ。


「ご主人様。セレン様がお越しです」

「分かった! 今行く」


 次はどんな魔法を教えてもらえるんだろう。

 そんなことを思っているタイミングで、丁度良くメアのノックが聞こえて来た。

 私はさっと立ち上がると、足早にセレンさんたちが待つ部屋へ急いだ。


□□□


「も、もう一度良いですか?」

「はい。ですから、試験の一環として2人には仮面舞踏会に出て頂こうかと思っております」


 ニコニコと、いつものような清廉な笑顔でセレンさんがとんでもないことを言ってのけた。え、何? 仮面舞踏会? それ、新曲のタイトルですか??


「仮面舞踏会??」


 混乱しているのは、どうやら私だけではなかったようだ。

 また更に背が伸びたテオも、素っ頓狂な声を上げていた。

 ゲームでは眠そうというか、やる気のなさそうな表情だったテオだけど、今のテオはそんなことはない。どちらかというとキリッとしているし、これなら貴族の女性たちが放っておかないような気がする。良かった良かった。

 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。思わず現実逃避をしてしまった。


「ご存知ですか? 仮面舞踏会。仮面を付けてダンスを楽しむパーティーなんですが」

「それは分かりますけど……それと、魔法の試験とどう結びつくのかが良く……」

「おや、分かりやすくありませんでしたか?」


 セレンさんはキョトンとするけど、セレンさん以外が寧ろキョトンだよ。

 ローウェンですら何言ってるか分からない、という顔をしている。ほら、メアも……いや、メアはいつも通りの無表情だ。何ならいつもより無表情だよ。


「舞踏会の会場で魔法を使うのは、芸人くらいのものじゃないか。オレたちに、芸人の真似事でもしろって言うの?」


 どこか不満そうにテオは言うけど、セレンさんはやっぱり楽しそうなままだ。

 あの人、本当にメンタル強いよね。テオの迫力は日に日に増して来てると思うんだけど、どこ吹く風だ。いや、テオの迫力なんてローウェンの前じゃ霞むけどね。イケメンだから。本物の山賊顔には迫力なんて負けちゃうよ。

 ……ローウェンに笑顔で睨まれた。何で考えてることが分かったんだろう。いつから妖怪になったのか。


「いえいえ。普通にダンスを踊る参加者になって頂きますよ」

「それだと、余計に魔法は必要ないような……あっ、もしかして、身体強化でどれだけダンスを踊り続けていられるか試すとか?」


 私は名案だと手を鳴らしたけど、セレンさんは首を横に振る。違ったらしい。

 24時間耐久レースとか、結構魔力の容量を試すのには丁度良いかと思ったんだけど。まぁ、実際にやったらぶっ通しで何時間かが限界だと思うんだけどね。24時間なんてとても無理だ。


「仮にミリアがそうだったとしても、オレが何も出来ないじゃないか」

「そうだよね。テオは攻撃特化だもんね」

「うん」


 深く頷いたテオを見て、改めて考える。

 確かに、私たち2人の魔法はタイプが違う。私は、バフデバフの緑。テオは、攻撃の黒。

 2人ともを仮面舞踏会で判定しようと言うのだから、それなりに同条件じゃないとおかしい。

 だけど、緑と黒で共通の判定方法なんて言われてもなかなか思いつかない。

 一体何をさせようと言うのだろう。首を傾げて、良い案の浮かばない私たちを見かねたのか、壁際に待機していたメアが珍しく口を開いた。


「……変身魔法の保持試験ではないでしょうか」

「変身魔法? 保持??」


 名前は聞いたことがある。その名の通り、自らの姿を別の姿に変える魔法だ。

 種類としては、確か特殊として分類される青魔法だったはず。

 私もテオも適正はないはずだけど……。


「変身魔法は、適正がなくとも使用は可能で、かつその運用方法が全魔法の中で最も繊細かつ効率的と言われています」


 メアが、抑揚のない澄んだボーイソプラノで続ける。

 あまりにも淡々とした説明だから、まるで歌を聞いているような気分になる。

 逆に頭に入って来ない。じゃない。しっかりしろ、私!


「変身魔法の訓練を行うだけで、他の種類の魔法の練度も増すことが期待出来ます」

「へぇー……効率的ってことか」


 テオも素直に感心した声を漏らす。

 メアは一瞬だけテオを見て、更に説明を続けた。


「お2人の熟練度から考えれば、今以上の難易度の魔法をマスターするのは難しいでしょう。先に基本に立ち返り魔力の無駄を消し、要領良く魔力を運用出来るようになってから先のステップへ進むことが賢明かつ最短の上達への道であると考えます」

「素晴らしい!」


 ぽむぽむと、セレンさんが興奮気味に手を叩きながらメアを褒めた。

 当の本人は、これでよろしいでしょうか、とふてぶてしく私に問う。

 なかなかに鼻持ちならない態度だけど、そんなことは関係がないことだ。

 私は感動して、思わず満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう、メア! すっごく分かりやすかったよ」

「……勿体なきお言葉です」

「謙遜しないで。……やっぱり、メアは魔法好きなんだね」

「……そのようなことは」


 ふいと、メアの視線が逸らされる。そして、それ以上口を開いてはくれない。

 やっぱり距離を感じる。男の子って難しいなぁ。所謂思春期というものなんだろうか。メアの年齢は良く分からないけど。同じくらい?


「いやー、メア坊は賢いなぁ! このこのーっ」

「! 頭を撫でないでくれますか、ローウェンさん!!」

「えー? 後輩を可愛がって何が悪いんだよー」

「っ……これだから貴方のような野蛮人は嫌いなんです!!」

「あはは、メア坊が怒ったーっ」


 ……意外とこの2人は気が合うようで、良く同じレベルでケンカをしている。

 ローウェンはからかってるだけのつもりなんだろうけど、大体レベルは一緒だ。

 メアも多分、ローウェンのこと馬鹿だと思ってるんだろうけど、重ねて言おうか。大体レベルは一緒だ。

 おかげ様で、見ていてとてもほっこりする。楽しそうで良いねぇ。


「まったく……真面目にやってくれよロー」

「テオ坊も言うようになったなぁ。悪い悪い。静かにしとくよ」


 オレは話を聞きたいんだと文句を言うテオに、ローウェンは自重することにしたようだ。ローウェンはテオをからかう時もあるけど、こうやって講義を行っている間は、結構自重している。

 主にメアとじゃれ合ってるから満足なのかもしれない。うーん、仲良し。


「メアさんのありがたい解説で、お分かり頂けましたかね? 本日は、まずはその変身魔法についてお教えします。今月みっちり変身魔法を練習して、月末には仮面舞踏会に出席して頂きますからそのつもりでお願いしますよ」


 数度頷いてから、私は疑問を口にする。

 考えてみたら、魔法のクオリティーを上げるのに変身魔法が最適ということは分かったけど、仮面舞踏会とは話が結びついてないんだよね。


「ところで、どうして仮面舞踏会に出るのでしょう?」

「ああ、簡単ですよ。一番成果が目に見えるからです」

「成果?」


 セレンさんは、はい、と言って説明をしてくれる。


「変身魔法は発動自体はそう難しくないのですが、保持するのがとても難しいものです。更に、そこに動きを加えると難易度は増していきます。つまり舞踏会と変身魔法は、相当相性が悪いものと言えるでしょうね」

「だから、試験に相応しいと?」

「その通りです。単純に、2人が舞踏会は多く経験しておいた方が良いだろうとの配慮もありますが」


 貴族の子どもである私と、神官長の子どもであるテオ。

 どちらも、将来的にそこそこ舞踏会やパーティーには参加することになるだろう。避けられない未来ならば、出来る限り練習を重ねるのは当然の話だ。


「じゃあ、仮面舞踏会なのは?」


 テオも顎に手を当てつつ疑問を口にする。

 そうだね、私もそれは気になってた。内心で同意してセレンさんを見ると、セレンさんは深く頷く。


「良い質問です。2人に課題として与えようと思っている変身が大人の姿なので、顔を見られたら不味いからですよ。万が一魔法が途中で解けたり、失敗したりしても、フォローが最も楽ですしね」

「それなら、身内だけで行うのではいけないのですか?」

「イヤだなミリアム嬢。本当に行われる舞踏会で試験を行わなくては意味がありませんよ。だって、本当に使う可能性があるのは、お遊戯の舞踏会ではありませんからね」


 軽い調子で答えてくれたけど、これつまり、かなり実践的なことが視野に入ってるってことだよね。

 うーん。セレンさん、見た目とは裏腹に、なかなかの攻めの姿勢である。


「それでは、改めて変身魔法について、講義を始めましょう。静かにお願いしますね」


 口元に人差し指を当てて、片目をつむるセレンさんに、私たちは一様に口を閉じた。早速、変身魔法についての講義が始まるのだ。


(何だか、思ってた方向性と違う気がするけど……)


 少しの困惑はあるけど、確かにどれだけ動いても解けない変身魔法を覚えられれば有用だ。

 絶対に役に立つだろうという確信があるからこそ、私はグッと気合を入れた。


(仮面舞踏会。もう、その言葉だけで何か起こりそう……)


 イヤな予感がある。だからこそ、油断は禁物。

 とにかく、変身のクオリティーを上げないとね。私は、セレンさんの涼やかな声に集中が途切れそうになりながら、必死で食らいついていった。


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