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20/魔法の講師

 こちらで先生がお待ちです、とローウェンが妙に恭しい態度で扉を開く。

 私は若干緊張しながら、普段は物置になっていたはずの小さな部屋に足を踏み入れた。すると、突然私より少し大きいくらいの影が飛びついて来た。


「ミリア、久しぶり!」

「わっ、テオ?」


 突然私を抱き締めたのは、友だちのテオことテオドア・ステュアートだった。

 出会ってから半年と少し。ゲームの頃には攻略対象者で一番背が高くなるテオは、既にその片鱗を見せ始めていた。

 私と同じくらいだったはずなのに、何だか少し高くなっている気がする。しばらく会わなかったせいだろうか。しばらくと言っても1か月くらいなんだけど。べ、別に悔しくはないけどね。寧ろ成長を感じられてちょっと嬉しいくらいだけどね。


「急にしばらく出かけるって手紙が来たから驚いたよ」


 私の両肩に手を置いた状態で少し身体を離し、柔らかく微笑むテオ。

 言葉だけ聞けば責めてるように思えるけど、その表情と声音からすると、どうやら本当に驚いた、というだけの話のようだ。出会った時と、ゲーム本編で、あれだけ捻くれていたテオだけど、今やこんな風に素直だ。


「元気そうで良かった。ホッとした」


 あんまり嬉しそうに笑うから、照れ臭くなってしまう。

 私は苦笑気味に、当たり障りのない返事をする。


「テオも元気そうだね」

「うーん……ホントは、そんなに元気じゃなかった」

「えっ、そうなの!?」


 真顔で言うから、思わず仰天してしまう。

 手を伸ばして、テオの額に当ててみるけど、熱はなさそうだ。呼吸が荒いとか、辛そうって感じでもないし……あ、過去形だから今は平気なのかな。


「今、ミリアに会えたから元気になったんだよ」

「えっ!?」


 頬に当てた手を包み込むように軽く握ると、更に笑みを深めるテオ。

 そのまま溶けてしまうんじゃないかと心配になる。

 おかしいな。そんな笑顔を見せるなんて。幾らシャーナちゃんであっても、後日談くらいでしか見られなかったと思うんだけどな。


「おーじょーうーさーん?」

「へあっ!?」

「2人の空気に入らないでもらえます? 先生も困ってますよ」


 ローウェンから背中を軽くつつかれて、思わず変な声が出てしまった。

 私はそのままの勢いで、前方のテオ、後方のローウェンを避けるように、左方へと飛び出した。


「おっと。大丈夫ですか、ミリアム嬢?」

「あれっ? せ、セレンさん?」


 壁にぶつかるレベルの飛び出しだったけど、私は柔らかく誰かに抱き留められた。メアにしては体格が大きいから、使用人の誰かかな、と思っていたら、振って来た声は予想外のものだった。目を丸くして見上げると、そこには柔和な笑みを湛えた麗しの薬師が立っていた。


「へ、平気です。ありがとうございました! って、わ、私ったらはしたない……失礼致しました」

「いえいえ、気になさらずともよろしいですよ。こう見えても腕っぷしは強い方です。ミリアム嬢一人を抱き留めるのなど、お茶の子さいさいというものです」

「は、はぁ……」


 慌てて距離を離した私に、セレンさんは優しく答えてくれる。

 でもその内容は……どう取るべきか良く分からない。冗談を言って場を和ませようとしてくれているのだろうか。

 ジッと見つめてみても、セレンさんはニコニコしているだけだ。し、真意が良く分からない……。


「セレン! 何度も言ってるけど、ミリアはオレの友だちだから」

「知ってます。けれど、今日からは僕の生徒でもあるので、その辺りはちゃんと理解してくださいね」

「……分かってるよ」


 うーん……。なるべく考えないようにしてたけど、テオのこの態度って、どう解釈したら良いんだろうね。所謂、子どもの頃の一過性の疑似的な恋愛感情……みたいな?


 いやー、これは違うよね。どっちかって言うと、初めて出来た友だちに対する執着心、みたいな感じっぽい。お母さんを亡くさなかった分そこまで顕著じゃないけど、何となくこの言い回しはテオルートのシナリオ後半っぽい雰囲気がある。大切な人をこれ以上失いたくないっていう無自覚な執着心。

 アタシは、これが美味しいのよって思ってたし、私もまぁ、それには同意するけど、もしその相手が私になったら……。


(いや、無いよね)


 テオにとって重要なのは、私というよりも「初めて出来た友だち」というカテゴリーだ。きっと、学園に入って友だちが出来れば、自然とある程度比重は軽くなるはずだ。あんまり気にしないことにしよう。


『ミリアム。そなた、意図的にそうした話題から離れようとしておらんか? つまらんぞ。妾にもっと、青臭い青春を見せるのじゃ!』


 妙にジッとしてるなーと思ってたら、どうやらニマニマしながら今のやり取りを見守っていたようだ。何となく、アタシがゲーム画面見つめてた時の顔に似てる気がする。精神的双子なんだろうか、パトラとアタシは。

 今返事する訳にはいかないけど、私は内心だけでお断りです、と返しておいた。


『なんじゃ、つまらん……』


 大人げなく唇を突き出す姿は、怪しい色香を放つ外見からは想像がつかないが、不思議と可愛らしい。

 ……モテたい願望とかないけど、ああいうところは羨ましいな、と少し思う。


「あれ? ところで、どうしてセレンさんがここに……もしかして」


 パトラから視線を外して一息つくと、ふとセレンさんがここにいる違和感に気付いた。確かに交友を結んで以来、テオは何度か遊びに来てくれていたけど、セレンさんは1度もなかった。手紙は1度あったけど、それくらいの交友関係だし、わざわざ来るのはどういう理由か。

 少し考えて、思い至ったのは一つの理由だった。小さく呟くと、セレンさんはご名答、と言って微笑む。


「ええ。僕が君の魔法の講師に任命されたのですよ。ありがたいことですね」

「そうなんですか!」


 セレンさんが教えてくれることになるとは、完全に予想外だった。

 まぁ、じゃあどんな人が来ると思っていたのかと聞かれても困るけど。

 そもそも、そんなこと考える程の時間はなかったし。


「セレンさんは薬師さんですよね? 魔法にはお詳しいんですか?」

「ふふ、これでも妖精族の端くれですからね。それなりに自信がありますよ」


 穏やかに言うセレンさんだけど、確かに改めて見ると、どことなく魔法を使いそうな雰囲気がある。

 典型的なファンタジーにおいて妖精族、或いはエルフという種族が魔法に長けている、というイメージは確かにある。

 セレンさんが妖精族だということは私も知っているけど、それ以上に外見の美しさに目を奪われて、正直それ以上考えたことはなかったのだ。出会った当初は、それ以前にフェミラさんを救う方法を考えるので頭いっぱいだったしね。


「でも、どうしてセレンさんに講師のお誘いが?」


 魔法に長けている、信頼できる薬師さん。講師として適格だろうと思う要素は幾らでもあるけど、どうしてお父様がセレンさんに声をかけたのかが分からない。

 分からなくても気持ちとしては構わないんだけど、何がどういうフラグになってるか分からない以上、確認しておいて損はないだろう。

 そんな疑問には、ローウェンが答えた。


「神官長とツェルト様は前から親交を持ってたんで、そちらの薬師先生が優秀だとは聞いてたんです。それに加えて先日のフェミラ夫人の快癒の件があるじゃないですか。これはもう丁度良いだろうってことになって」

「でもそれって、薬師としての力でしょう? 魔法について分かるものなの?」

「それは、フェミラ夫人の症状が要因ですね」


 テオのお母さん、フェミラさんが体調を崩していた原因は、神気アレルギー。

 本来人間の身体にとって害をなさないはずの神気に身体が過剰に反応し、自らを傷付けてしまっていたのだ。

 それが、魔法と関わりがある? 難しい顔になったのが分かったのか、ローウェンが意地悪そうな笑みを浮かべて言葉を続ける。ありがたいけど腹立つー。


「そもそも薬師は薬草や聖水と共に自らの魔力によって薬を作ります。その時点でも相当高度な魔法技術が必要になりますけど、フェミラ夫人の症状を治す薬にはもっと特殊な技術が必要だったんですよ。それこそ、現代薬学界に震撼が走る程度にはね」


 そんなにスゴイことを成し遂げたんだ、セレンさん。私は思わず目を瞬いた。

 セレンさんが湖でのフェミラさんの変化を見てすぐに薬を開発したから、所謂発想の転換さえあればそう難しくなかったんだと思い込んでいた。

 尊敬の眼差しでセレンさんを見ると、本人は照れ臭そうに笑っていた。


「いえいえ、僕だけの力ではありません。ミリアム嬢があそこに連れて行ってくれたおかげですよ」

「そうなんですね。……私の提案が、少しでも力になっていたのなら嬉しいです」

「少しなどという表現では弱いですよ。寧ろこの功績は、ミリアム嬢あってのことですから」

「あ、ありがとうございます?」


 言葉も表情も穏やかなんだけど、セレンさんから妙な迫力が感じられて、私は思わずお礼を言う。

 ここで謙遜でも始めたら、何だか都合の悪いことになりそうな予感があった。


「功績についてはともかくとして……僕が講師になることについて、納得頂けましたか?」

「ええ、勿論です。何だか、ケチをつけたみたいになってしまって、申し訳ありません」

「気にしていませんよ」


 尚もニコニコと笑うセレンさんは、本当に良い人だ。

 ありがたいなー、と思って見ていると、軽く袖が引っ張られる。テオだ。


「? どうかしたの」

「オレも、一緒に頑張るからよろしく」

「うん、よろしくね」


 何故か気合が満ち満ちている顔をしているテオ。

 うん、やる気があるのは良いことだけど、今の流れのどこにやる気を出す要素があったのかな?

 良く分からないけど、頑張るのは悪いことじゃない。気にしないでおこう。


「それでは、本日は挨拶だけ……ということになっていましたけど、少しだけ確認したいことがあるので、ご協力をお願い出来ますか?」

「何でしょう?」

「魔力の測定です」


 魔力の測定。

 もう、異世界オタクだったら聞いただけで興奮してしまいそうな言葉だ。

 測定器を壊してとんでもない魔力量だって驚かれたり、色鮮やかに輝かせて全部の属性を持つだとって驚かれたり。うーん、ロマンがあるよね。


「こちらです!」


 ババーン、という効果音が出そうな勢いで、セレンさんが大きなカバンから占いに使いそうな丸い水晶を取り出した。

 うーん、見たことある! っていうか、我が家にあるわ!


「これを使えば、どういった魔法に適正があるか分かるんです」


 知ってます! とは大声で言えないけど。

 私は、魔法チートが出来たりしないかと思って、昔家探ししたことがあった。

 その結果手に入れたのは、今セレンさんが持ってるものよりは小型だったけど、同じ性能の水晶球による測定結果だ。それ以外に何の進展もなかった。一応、魔法に関する解説書とかは読んでみたけど。

 つまり、まぁ、今日は大きな成果は得られないだろう、ということが今分かった訳だ。ちょっとガッカリ。


「あれ、ミリアム嬢反応が薄いですねぇ?」

「お嬢さん、前にそれ使ってますからねぇ」

「ちょ、ちょっとローウェン!」


 そうだった。家の中でも護衛の為に何かとついて来てくれてたローウェンは知ってるんだった。メアも知ってるけど、メアは告げ口なんてしないから安心だ。

 でも、ローウェンはこういう時必ずバラすもんなぁ! 文句の意味を込めて軽く睨むと、黙ってても仕方ないでしょーに、と返された。

 そりゃそーなんだけど、気分的に言い辛いじゃない。


「そうですか。少し残念ですが、話が早くて助かります。実は、テオも測定自体は終わっているんです」

「そうなの?」

「ああ、うん。オレは黒魔法に適正があるって言ってた」

「因みに、ミリアム嬢は魔法の種類はご存知ですか?」

「はい。黒、白、赤、青、緑ですよね」


 中身としては、黒は攻撃、白は回復、赤は色々、青は特殊、緑は付与である。

 テオは神官長の息子ってこともあって、魔法攻撃が得意だった覚えがある。

 やっぱりこの辺りはゲームと同じみたいだ。


「その通りです。ミリアム嬢は何の適性がありましたか?」

「私は緑魔法です」

「付与ですね。これは素晴らしい。教え甲斐がありそうです」


 ポンと手を打つと、セレンさんは嬉しそうに頬を緩める。

 本当にこの人、どうして攻略対象者じゃなかったんだろう。

 こんなにずっとニコニコしてる癒し系美人なんて、人気出そうなのに。


「そうだ。そこの君も、いつもミリアム嬢と一緒にいるのですよね。ついでに僕の講義を受けませんか?」

「え……」


 名案だとばかりに口角を上げて、セレンさんが部屋の端っこの方に立っていたメアへ声をかける。声をかけられたメアは、少しぼうっとしていたのか、驚いたように目を瞬いていた。

 しばらく状況を理解出来ない様子でいたけれど、やがて無表情になると、首を横に振った。


「……いえ。ぼくは、結構です」

「そんなこと言わずに! メアさんは何の魔法に適正がありますか?」

「……し、白」

「素晴らしいじゃないですか! その才能を磨けば、もっとミリアム嬢のお役に立てますよ。勿論、将来何になるにしても役立ちます」

「……いえ、ぼくは」

「遠慮せずに! ね!」

「……う」


 メアが押されている。珍しい。

 さ迷うようにメアの赤い目が泳ぐ。

 うろうろと部屋中に向けられて、最終的に、白旗を上げるように頷いた。


「……わ、分かり、ました……」

「はい。素直なのが一番ですよね。人間でも、妖精族でも、それ以外でも」


 セレンさんが勝利した。

 いや、一緒にいるのなら是非メアにも強くなってもらいたいけど、無理やりやらせるのはどうだろうか。

 ちょっと気にはなるけど、実際本人の為にはなると思うし……。

 私はしばらく迷ったけど、結局何も言わないことにした。今のセレンさんには、どんな抗議も通らない気がしたからだ。いや、怖い訳じゃないよ。うん。


「ローウェンさんはどうしましょう?」

「俺も? うーん。同じ部屋にいるから講義は聞くことになると思いますけど……」

「ローウェンさんも緑魔法をお使いになるんですよね? ここは一つ、切り込み隊長としてミリアム嬢への教材になって頂けると助かるんですが」

「えっ、俺教材?」


 ローウェンは、セレンさんの言い分に困惑していたようだけど、最終的に了承していた。

 セレンさん、妙な迫力あるからね。押し切られるのも致し方ないよね。


「テオが黒魔法。メアさんが白魔法。そして――……ミリアム嬢とローウェンさんが緑魔法、ですね。ふふ、腕が鳴ります」


 そう言って満足そうに頷いたセレンさんは続けて、講義は来週から週3のペースで、このルナリス邸で行うと告げた。緩いような、ハイペースなような、ちょっと比較対象がないから分かりづらいけど。

 とは言え、セレンさんの時間を取ってしまって大丈夫なのか不安になる。

 念の為尋ねてみたら、もうフェミラさんの体調はすっかり安定しているし、薬師としての仕事も週4あれば平気だとのことだったので、甘えることにする。

 そもそも、講師の話を引き受けた時点で、セレンさんはそういったことも織り込み済みだったんだろうから、そこまで私が気を回す必要はなかったんだと思うんだけどね。


「それでは、来週の頭のお昼過ぎから講義を開始しますので、そのつもりでお願いしますね。今日は解散です。お疲れ様でした」


 お疲れ様という程、何かをした訳じゃないんだけどね。

 セレンさんの、のほほんとした解散宣言に従って、家路につくことになったテオとセレンさんを見送りに出る。

 いよいよ来週から、魔法の訓練かぁ。待ちかねた気もするし、思ったより早かった気もする。

 独特な興奮を胸に馬車に乗る2人を見ていると、馬車の扉を閉める間際、テオが私の方を振り向いて言った。


「来週からたくさん会えるな、ミリア。楽しみにしてる!」

「うん。よ、よろしくね!」


 ……だからどうって訳じゃないんだけどさ。ねぇ、テオ。

 君、そんなキャラだっけ!? 気だるげな表情はどこへやったの!? ささくれたような雰囲気はどこへやったの!?

 良いことなんだけど……ちょっと私、複雑だよ!!


「いやー、お嬢さんモッテモテー」

「茶化さないで、ローウェン!!」

『なんじゃなんじゃ! 青春の青臭さを感じるぞ! やるではないか、ミリアム!』

「うーっ!!」


 来週から、真面目に講義受けられるだろうか。

 ふ、不安だ……。


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