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01/ミリアムの始まり

「ここはどこ……私は誰……?」


 今まで生きて来て、冗談でしか言ったことのないような言葉を、本気でこぼす。私は、しょぼくれた視界をハッキリさせる為に、何度かまばたきを繰り返した。

 じんわりと見えて来た景色は、絵本に出て来るお姫様の部屋みたいな空間だった。


「? 本気でどこだろ、ここ……」


 掠れた声にも違和感がある。

 私は、ボーっとしながら首を傾げて、思っていたよりレースが施されていたベッドから降りる。辺りを見回して、一番近くに見えた窓へと歩み寄って外を見る。

 そこに広がるのは、小さな庭園。色とりどりの花が咲いていてキレイだけど、夜なのか薄暗いせいで良くは分からない。


 何と言うか、違和感がある。でも、見覚えはある。ここは、確かに私の家のはずだ。はず……というのがおかしいんだけど。

 眉を寄せると、今度は大きな鏡台を見つけて近寄る。ピカピカに磨き上げられた鏡に映るのは、小学生くらいの女の子だ。


 赤茶色の取り立てて艶やかでもない長いクセ毛に、情けなく垂れた灰色の瞳。

子どもらしい身体を覆うのはフリフリのネグリジェだ。色気はないけど、特に可愛げがあるとも思えない。


「……うーん?」


 いつも通りの姿のはずだ。でも、妙に違和感がある。頭が痛い。

 しばらく、鏡の中の自分とにらめっこしていると、やがて閃くものがあった。


「――『ミスティック・イヴ』!!」


 思わず叫んだその単語。聞き覚えのないはずのその単語を口にした瞬間、一気に目が覚めた。


 ……そうだ。思い出した。「アタシ」の記憶。高宮礼子という名前の女の人だった「アタシ」は、義弟を助けた代わりに溺れて死んだ。

 そのこと自体は、特に大げさに思う必要のないことだけど、問題はその人の記憶が、「私」の中にあることだった。

 「私」は、ミリアム・ルナリスという名前の貴族の娘だ。熱を出して寝込むまで、そんな人のことは知りもしなかった。急に記憶が入って来たんだろうけど、でも、高宮礼子もまた、「私」だ、という実感がある。これは、どういうことだろう?


「転生? 憑依? ……分かんないけど、転生っぽい?」


 鏡の自分を睨みつけると、鏡の中の自分が、へにゃっとした顔になった。お世辞にも、威厳があるようには見えない。うむむ。


「でも、「わたくし」でもあるんだよね?」


 ポツリと呟くと、しっかりとした確信を得る。

 私は、熱を出して寝込んだ日まで、「わたくし」だった。でも今目覚めた「私」は、「アタシ」でもなければ、「わたくし」でもない。適度にミックスされた状態というか……どっちでもあって、どっちでもない。

 言葉にすると難しいけど、ともかく、私は、「アタシ」であって「わたくし」であって、「アタシ」でなくて「わたくし」でない存在なのだ。


「ていうか、それってどんな冗談? あはは、笑えないし……」


 思わず一人で笑ってみるけど、虚しさしかわいてこない。

 だけど、今の私がもし「わたくし」だったら、絶望して首をつってたかもしれない気がする。何しろ「わたくし」は、繊細な女の子だったから。そう考えると、能天気だった「アタシ」が混じって良かったのかもしれない。まぁ、良かったことにしておこう。多分、理由なんて考えても分からないんだろうし、無駄だろうから。


「……さて。じゃあ、これからどうしたら良いのかな」


 鏡から視線を外して、もう一度ベッドへと戻って腰かける。ふっかりとした感触が私のお尻を跳ね返す。これは、礼子では一生味わえなかった感覚だろう。一級品だよ、これ。多分。


 そんな、どうでも良いことに思考を取られつつ、私は顎に手をやって首を捻る。

 別に、今までの「わたくし」の肉体で、記憶もあるんだから、そのまま「わたくし」の人生を歩めば良いはずだ。それは分かる。でも、礼子の記憶を精査すると、どうにも何も考えずに歩める人生ではなさそうなのだ。


 ――ミリアム・ルナリス男爵令嬢。


 それは、礼子が箱推ししていた乙女ゲーム『ミスティック・イヴ』の登場人物の名前だった。昼のない世界にある大国、アルセンシア王国に住む、ウワサ好きの明るい女の子。物怖じしない性格から、ゲームの主人公と仲良くなって、彼女にとって有益な情報を提供する便利キャラ。

 礼子の認識では、そんな感じの人物だ。


 そんなミリアムの住むこの世界。ファンタジーあるあると言えばそうなんだけど、邪神に狙われているのだ。神たちが力をあわせて封印した邪神が、丁度ゲーム本編の辺りに復活するから、それを主人公たちが倒す、と。簡単に言ってしまえばそんな話な訳だけれど、何度でも言おう。

 それは、ミリアムの……「私」の住むこの世界の話なのだ。


「主人公が失敗したらバッドエンド? ……冗談じゃない」


 グッと拳を握る。情報提供役だからか、ミリアムが特別に不幸になったり、死ぬ展開はなかった。でも、この世界が崩壊したり、地獄に落ちたりすれば、当然ミリアムだって大変な目に遭う。そんなのイヤだ。


 箱入りお嬢様の「わたくし」にとって、世界なんてこの屋敷の中くらいしかないから、難しくて良く分からないけど、お父様には不幸になって欲しくない。

 箱推ししてた「アタシ」にとって、この世界は須らく愛すべき存在だから、誰一人だって不幸になるエンディングは認められない。

 今日目覚めた「私」にとっては、これから生きるはずの世界。滅びに向かうと知っていて見ない振りは、もちろん出来ない。


「……ヨシ、決めた!」


 私は、握りしめた拳を突き上げた。


「「私」が、みんなまとめて幸せにしてやろうじゃないの!」


 確かに、ゲームの主人公が「アタシ」の知ってるよりも優秀で、ゲームのエンディング以上に素晴らしい結果をもたらしてくれる可能性もある。

 だけど、冷静な「わたくし」が、そんな可能性に縋るのは怖いことだと訴える。私だってそう思う。人に頼るのは大事なことだけど、今この状況に限って言えば、私が動くべきのはずだ。そうして、折角自分の幸せな未来の為に動くのなら、「アタシ」の大好きだった人たちの幸せを求めるのも同じようなものだ。それは簡単なことじゃないかもしれないけど、諦めるのはいつでも出来るし、やれるだけやってみたい。それは、私の願いだ。


「よーし、やったるぞー!」


 そして、熱にうかされて奇声を上げたと判断された私は、私の声に驚いて慌てて入って来たメイドさんたちによって、再びベッドに押し込まれる羽目になった。


□□□


 ……「私」として目が覚めてから数日が経った。心配性なメイドさんたちから、ようやく許可を得た私は邸内を散策している。

 もちろん、「わたくし」の記憶もあるから、屋敷内の地図はある程度頭に入っている。でも、改めて歩いてみたら、行ったことのない場所が思ったよりも多かったから、意外と楽しい。


 散策についてはさておき、私の現状について整理しよう。

 私の名前は、ミリアム・ルナリス。年齢は、数えで10歳。この間、母親を亡くしたばかりの可哀想な女の子だ。

 「わたくし」が高熱で寝込んでいたのは、実はこれが原因だったりする。大好きな母親を亡くしてしまったことがショックで寝込んでしまったのだ。可愛い女の子なのだ。


 ただ、ゲームにおいてこの事件は、可愛いと言ってられないくらい尾を引く。

 ゲームにおけるミリアム・ルナリスという少女は、見た目こそ明るいウワサ好きだけど、中身は周囲を拒絶して悲嘆に暮れる面倒くさい子だ。特に父親が割とすぐに再婚してしまったことと、その新しい母親の連れ子が優秀な男の子たちだったことが大きかったみたいだ。わたくしなんか、誰も愛してくれない……みたいな、アイタタな感情に突き動かされてたせいで、その義兄弟たちの心にも影を落とす。

 何を隠そう、その義兄弟の弟の方がミスティック・イヴにおける攻略対象者様で、彼の物語で一番大きなポイントになっていたのが、「家族愛」だ。

 完全にミリアムが影響してますね。ご馳走様です。まぁ、お父様も大きい要素になってるんだけど。


 さてさて、まとめよう。私の現状は、つい先日愛する母親を亡くした可哀想な女の子、というところだ。年齢的に、社交界イベントはまだ大してないから、引きこもってても問題はないし、急に変な行動を取り始めたところで、まだ本気にはされない年頃だろう。つまり、今がまさに、行動を開始する絶好の機会なのだ!


 ……母親を亡くした直後に、そう簡単に気持ちを切り替えられるものなのか、と私自身思うけど、今の私はそこまで落ち込んでいない。確かに哀しいけど、私は「わたくし」よりも母親に対して思い入れが少ないのだ。ヒドイ話だとは思うけどね。

 それよりも今は、未来の為に行動をしたい。だから、これは「アタシ」の能天気さの成せる技なのかは分からないけど、良かったと考えておくのだ。


「だとして、最初に何をすべきか……」


 周囲に人がいないことを確認して、1人呟く。我が家は安全なので、10歳の御令嬢が1人で徘徊していても、誰も咎めない。いやー、素晴らしい世の中だ。是非ともこの平和を保ちたいものだ。邪神復活、ダメ絶対。


「ルオン王子も対策しておきたいけど、他の人も……最初はセリスくんたちか……?」


 正直、ゲームの知識をすべて生かし切れるとも思っていない。

 ここは何と言っても私にとっての現実だし、周囲にいる人々も、キャラクターじゃなくて、生きた人だ。当然予想外の行動を取って来る可能性もあるし、主人公の選択一つで有り得ない程、行動を転換させられるとも思えない。だから、私としては運命とでも言えば良いのか、それを少しでも平穏な方向へ軌道修正が出来れば良いな、と考えている。

 ただ、ゲームと違ってフラグ管理がシビア……と言うよりも、無理ゲーだ。相手の考えをテキストで読める訳じゃないし、好感度の数値を見ることも出来ない。ゲームに描かれていなかった裏事情で足元をすくわれる可能性だって大いにある。


「……まぁ、運命になんて負けてやんないけどね」


 ふふ、と小さく笑って、私は最終的な目的地へと足を向ける。

 ただの10歳の少女に出来ることは少ない。だからこそ、方針はすぐに決まった。


 まずは、家族問題の解決だ。本当は、義兄弟ズをさっさと何とかしたいところだけど、彼らが来るのはもう1年後くらいのこと。まだ早い。ならやることは、1つ。


「お父様? 失礼してもよろしいでしょうか?」

「? ミリアム……?」


 ――そう。お父様こと、ツェルト・ルナリス男爵の性格矯正プランである!


「……ああ、どうぞ」

「失礼いたしますわ」


 そして私は、意気揚々と書斎の扉に手をかけた。


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