16/真実のひと欠片
「ミリアム。話があるから来なさい」
「……はい。今参りますわ、お父様」
エルガー暴走事件から、一夜が明けた。と言っても、窓の外は相変わらず暗いままで、時計を見ないと時間は分からないんだけど。そんなくだらないことを考えながら、私は宿屋の自室から出て、無言で歩くお父様に従って階下へ向かう。
エルガーと向き合った恐怖からか、それとも向き合って来なかった罪悪感からか、エルガーが元に戻った安心感からか、私は昨日そのまま意識を失ってしまった。
それでも、疲れがピークに達していたせいだろう。眠りは逆に浅く、深夜に一度目覚めた。ベッドの中で薄目を開けた私に、付き添ってくれていたララとおばあさんが、簡単に私が意識を失った後のことを話してくれた。
エルガーが倒れ伏したのを確認して、おばあさんは改めてエルガーの中の邪神と思われるものを封印しようとした。けれど、どんなに確認しても、もうエルガーの中にその気配一つさえもなく、封印はかなわなかった。
エルガーの姿が戻ったこともそうだし、何か伝え聞いている話と違うと思ったおばあさんは、お父様たちに協力を仰いで、祠に立ち入った。
おばあさんの認識では、そもそも祠の外側には結界が張られていて、中には邪神を封じた骨壺に似た壺が一つ置いてあるはずだった。封印の保持を生業とするおばあさんは封印の張り直しの為に祠へ立ち入ったことがあるから、それを実際に知っていた。
そのはずだったのに、そもそも祠の周囲の封印は破られていて、骨壺の蓋は開き、そこに邪神らしきものは入っていなかった。
よもや、封印は解かれ、既にエルガーの肉体すら必要なくなった為に、この場を去ったのでは。一瞬そう思ったそうだが、それならばとっくに世界中で騒ぎになっていてもおかしくないはず。しかし、周囲は静寂に満ちていて、とても邪神による侵攻が開始したようには見えない。
そこで、エルガーの顔を思い切りブン殴った際、私が封印の一段階上とも言える力を発揮していたように見受けられ、もしかすると、倒すことが出来たのではないか、と考えたおばあさんは、お父様と話し合って、私が目覚めたら事情をひとまず確認しよう、ということで話が付いたのだ。
そうした説明を一気にしたおばあさんは、目は覚めたものの未だ朦朧とする私を気遣って、時間も時間だからもうしばらく眠るように言ってくれた。ララも、泣きそうな顔で私の手を握って、どうか休んで欲しいと切々と伝えてくれた。
嬉しい以上に、とにかく眠かった私は、その辺りで再び舟をこぎ始めた。今考えてみれば、ララは起きていて良かったのだろうか。まだ8歳のはずだけど。
(それにしても、改めて考えないといけないことが増えたな……)
前を行くお父様に気付かれないように、小さく溜息をつく。昨日は、混乱していたからあまり考えてなかったけど、色々初出の情報があった気がする。
まず、昨日も聞いたけど、封印守って何?
急を要していたから掘り下げなかったけど、これかなり重要ワードだよね。
ゲームでの説明が一切なかったのも気になる。
だけど、昨日考えてた通り、やっぱりこれが村が襲われた要因だったように思えてならない。多分、ゲームでも同じだったんだろう。要確認だ。
次に、エルガーの側によると聞こえた、あの不気味な声。
私自身は聞き覚えがないけど、聞いた瞬間に、パトラが怒りを一層強めた。
怒りだ。憎しみと言い換えても良い。本人は理由が分からないと言っていたけど、あれは相当な理由がないと起こり得ない感情だったと思う。
ゲームで見た分では、あそこには邪神自身ではなくて、その力の一端が封じられていたようだと判断されていたけど……本当なのかな? 実際には、あの声が封じられていたのではないだろうか。でも、だとしたら、アタシの知る声と違ったのが気になる。あれは、邪神の声ではない。それは確かだ。じゃあ、誰?
……これは、パトラが記憶を取り戻さない限り、確認しようもないか。もしくは……いや、今はやめておこう。
もう一つエルガー関係で気になるのが、意識だ。
ゲームでのギランについては、姿を見せるのは本編の頃だけだから、最初に狂った時の姿かたちはアタシには分からない。だから、あんな化け物みたいになるのは、ある程度想定内だと言えるけど、明らかに言動がゲームとは違った。
ゲームでの狂ったギランは、それなりに会話は出来ていた。話は通じないけど、そこそこ人間的なセリフが表示されていたのだ。でも、昨日のエルガーは、明らかに発言もたどたどしくて、それこそ化け物寄りに見えた。
あれは、どういうことだったんだろう。抗っていたからなのか、それとも、ギランとエルガーでは、何か狂わされる条件が違うのか。
……これも、今のところの確認しようもないかな。気になるんだけど。
他にも色々気になることは出て来た。
ただ、敢えて上げるのなら最後はやっぱり……お父様についてだ。
昨日おばあさんと話していた。
――その為に、我々はこちらへ赴いたのですから。すべては、我らが誓いの為に。
――……感謝を、同志よ。
あの言葉は、何だったのだろうか。
普通に考えれば、元々繋がりがあったと捉えるべきだ。そして、ああしてエルガーが人じゃない姿になることも、考えていたということ。
それってつまり、この里の……封印守と似たような何かを、お父様が背負っているということになるのではないか。
(そんなの、ゲームでは全然出てなかったけど……)
そもそもルナリス家の登場は、主にセリスルートになる。
そこで「家族愛」とテーマにしたイザコザがあるだけで、ある意味本筋の邪神とは関係がないと言える。セリス自身には、邪神と戦うだけの理由はあるんだけど、ルナリス家としては皆無だ。
勿論、家族が危険に晒されるから協力するとか、そういうのはあると思うけど。
……いや、アタシがそう思っていただけで、本当は違ったのではないだろうか。
そう考えて、ゾッとする。あのゲームは、ちょこちょこ回収していない伏線とか、説明しきっていない設定とかがあった。
そもそも、セリスルートの決着は、どうついた? 忘れていない。確か、ルナリス家の玄関に刻まれていた紋章。
――あれが、邪神を封じる為の魔法陣だったのではなかったか。
その存在を、ゲーム中で、お父様は知らないと言って……いた?
違う。思い込んでいただけだ。お父様たちに、その話については聞いていない。
あの時は、別の用事で王都に戻ったシャーナたちが、ルナリス家が襲撃を受けていると聞いて駆けつけると、既にルナリス邸は混乱の最中だった。
そこで神学者のインディゴが紋章に目を付けて一人そこに残った。家族の安否で頭がいっぱいになったセリスを追いかけて、シャーナたちは襲われているお父様たちの加勢に入ったんだ。
何故襲われているのかなんて、聞いていない。自然と、邪神に対抗する勢力のシャーナたちを阻害する為に送られた刺客なのだと判断してなかった?
封印の魔法陣だと解明して、それを使うように言ったのもインディゴで、お父様ではなかった。――そんな余裕は、なかった。
(つまり、ゲームでは説明しきってないだけで、やっぱりあの世界とこの世界は、完全に一致している!!)
勿論、昨日理解した通り、この世に生きる人々にはみんな感情がある。
私が守りたいのも、この世界に生きる彼らだ。ゲームのキャラクターじゃない。
だけど、彼らを取り巻く環境は、状況は、物事は……すべて、ゲームの通りなのではないか。
アタシはやり込んではいたけど、細かい設定に興味はなかった。
だから、あまり覚えていないところも多い。そう考えると、絶望的だ。
この世界には、まだまだ私の思いもよらない伏線が張り巡らされているのかもしれないのだから。
けれど、一方でこうも思う。それはチャンスだと。
(アタシの記憶があれば、危険なフラグは折れるってことだ!)
私の頑張りによって、幸せに出来る人が増える。
それは、喜ばしいことだ。私は、グッと拳を握る。
間違いは、人間誰しもあるだろう。ただ、ここで立ち止まっている場合じゃない。反省はした。次に生かす。それで良いのだと、信じた。
(必ず私が……今度こそ、誰にも辛い思いをさせたりしない。私が、幸せにする!)
まずは、アタシの記憶をもっと取り戻すこと。
読み飛ばしていたところを思い出すなんて、無茶も良いところだけど、やる。
そして、わたくしの目線も取り入れて、それを確認し直す。どこに落とし穴があるか分からない。でも、確認しきれれば、私の夢は叶うのだ。
「さぁ、ミリアム。座りなさい」
「はい」
お父様の呼びかけにハッとする。気付けば、既に階下のサロンと言うには手狭な小部屋に到着していた。田舎の村には珍しい、完全防音処理が施されているとは、滞在初日に説明を受けただろうか。
何の為にあるんだろうと思ってたけど、色々秘匿する情報を持っていたことを考えると、寧ろあるのは自然なことだった。
「ここにいるのは、限りなく信用に値する数人だけだ。分かっているとは思うが、皆外部に話を漏らすことのないように頼むよ」
「承知しておりますよ、ツェルト様」
お父様の深刻な声音にも、ローウェンは気軽に応える。いつもの調子で笑ってるけど、良く見れば目が真剣だ。茶化す気はないのだろう。
ルナリス家ご一行からは、お父様、ローウェン、私の3人だけだった。
メアは、一晩中私の世話をしてくれていたというし、参加させてあげたかったけど、お父様的にアウトだったそうだ。口が軽い訳でもないのに、どうしてなのだろうと思ったけど、聞いても答えてくれなさそうだったので諦めた。ただ、心には留めておこう。
テッキ村からは、村長、おばあさん、ギラン、ララ、そしてエルガーだ。
意外なことに、ギランたちのお父さんお母さんの参加はなかった。
事情は知っているそうだけど、単純に人数がオーバーになるから省かれたそうな。……次期村長のはずなのに。
『まぁ、妥当な人選かの。ちと多過ぎる気がせんでもないがの』
パトラは今朝目が覚めてからずっと無口だったけど、ぽつりと呟いた。
その目は、どこか剣呑だ。思うところがあるのだろう。或いは、記憶が戻ったのだろうか。
『ふむー……妾の記憶が戻ればイッパツなんじゃがの! 口惜しや』
どうやら、違うようだ。
唇を子どもみたいに尖らせるパトラを見て、私は苦笑を漏らす。
パトラのこういうところは、私にとってとても得難いものだ。内心だけでお礼を言っておいた。
「さて。まずは、状況を良く分かっていないミリアム。そしてエルガーの為に、簡単に説明をしよう」
ややあって、お父様が話を切り出す。
本当に状況を良く分かっていないのか、それとも昨日のことは覚えていないのか、エルガーは珍しく怯えたような顔をしている。
もしかして、既に怒られているのだろうか。もしそうなら、仕方ないことなのかもしれないけど、あまり責めないであげて欲しい。そう思うのは、甘いだろうか。
「2人は、神話を知っているかな?」
「神話?」
エルガーが、小さく呟くと不思議そうに首を傾げた。
特に信仰心が篤い様子もないエルガーだ。無理もない。
「はい、お父様。存じております」
「そうだね。では、エルガーに説明してあげてくれるかな?」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げると、私はエルガーの方を向く。
目が合うと、すぐに逸らされた。昨日のことを、覚えていない訳ではないらしい。だけど、私が気にしすぎても話が進まない。ひとまず無視して話し始めた。
「昔、ひと柱の神様がいました。彼はこの世界を創り、次に子どもの神様たちを創ると、彼らにこの世界を任せて別の場所へと旅立ちました。この世界は、子どもの神様たちによって長く平和な時を過ごしました」
因みに、その創造神を崇める教会からは、この説明では怒られる。
もっとありがたいエピソードがいっぱいあるんだとか言われるのだ。
ただし、アウローラ教の人は大体こんな説明だ。創造主ではなく、その子どものアウローラを崇めているのだから当然と言えば当然だけど。
「しかし、子ども神のひと柱アウローラの皆に愛される美貌に嫉妬した姉神のクレプスクロの手によってアウローラが封印されて以来、長き夜の時代を迎えるのです」
神話で言うと、アウローラが眠りについたせいで世界からは昼がなくなり、魔物が現れるようになった、ということらしい。
ゲームではクレプスクロの登場はなかったけど、弟妹神たちの言葉でそれは否定されていた。
「うん。大体そんな感じだね、ありがとうミリアム」
「いいえ」
エルガーは、初めて聞いた様子で、目をパチパチ瞬いていたけど、話が終わったのだと分かると、小さく頷いた。
この世界の神話は、派生なんかも無視して、ひと言でまとめるなら、「全部クレプスクロが悪い」ということだ。細かい事情は知らないけど、パトラと一緒にいる私からすれば、甚だ遺憾である。
「さて、ここで一つ捕捉がある。本当は、この神話にはもう少し別の側面がある」
「別の側面……」
お父様が表情を引き締める。
別の側面というと、邪神云々の話だろう。
私の知らない話も出て来るかもしれない。私は、キュッと口を引き結んだ。
「そう。悪の女神クレプスクロは、嫉妬心からアウローラを手にかけた訳ではない」
「ならば?」
「彼女は、別世界の邪悪なる神……我々の住むこの世界を混沌へと落とさんとする、邪神の傘下に加わっていたんだ」
「!!??」
私の顔が、驚きから引きつる。お父様はそれを、邪神という恐ろしい存在を初めて知った驚き、と判断したのだろう。違うベクトルの心配をしてくれる。
いや、お父様。それ、違うから。全然違うから!!
私、良く声上げなかったな。
「驚くのも無理はない。だが、真実なんだ。この世界は、別の世界の神から狙われている。それを察したアウローラなどの神たちは、力を合わせてこの世界を守っていた。それを邪魔に思った邪神が、クレプスクロに目を付け、彼女を支配下に置いた。その為に、神たちの主力を担っていたアウローラは封じられてしまうのだ」
何だろう。惜しい。非常に惜しいところをついている。
私は、眩暈を感じそうになりながらも、何とか意識を保つ。ツッコミを入れたらダメだ。その情報のソースはどこだって話になっちゃうもの。
「だが、この世界の神もただではやられなかった。アウローラが眠りにつく直前、相打ちすることに成功した。そうして、この世界の神たちはすべて眠りについた。邪神を封印して、な」
…………。
より正確に言えば、クレプスクロが中心となって封印に成功した、だけどね。ゲームの情報からすれば。
あまりにも圧倒的な力を持つ邪神は、神たちが一丸となっても、封印するのがやっとだった。
しかも、隙あらば封印を内側から破ろうとする邪神を封印し続ける為には、神たちの存在する為に必要な最低限のエネルギー以外のエネルギーすべてを以て行わなければならなかった。
だから、神たちはそれぞれ、人の中で眠りについた。
存在する限界のエネルギーだけでは、邪神を解放しようと目論む輩から身を守れないから、守護者として人を選んだのだ。僅かばかりの自衛の力を与えて。
それ以来、守護者たちは代々その血脈に神たちを引き継ぎ、今でも守り続けている。知ると知らざるとに関わらず。
「お父様、一つよろしいでしょうか?」
「何だい?」
「何故、お父様はそのようなお話をご存知なのでしょう?」
……ただ、さっきまで考えていたことと同じで、私の知る情報がそのまますべて正しいとは限らない。もっと冷静にお父様の話を聞く必要がある。
そう思った私は、努めて落ち着くように心掛け、静かに手を挙げた。
そして口にした問いは、是非とも聞いておきたいことだ。
気になっていた問題の一つに切り込む問い。どう答えてもらえるかによって、身の振り方が変わる可能性すらある。
私は、お父様を見つめる。お父様は、少しだけ迷うように視線を動かし、やがて真っ直ぐ目が合った。
「そう、だな。昨日の様子を見て、私も腹をくくった。ミリアムにも話そう。……覚悟は良いか?」
「……ええ、出来ておりますわ」
一つ咳ばらいをし、お父様は断頭台にかけられる直前かのような、悲痛な表情で呟いた。
「我がルナリス家は、悪の女神クレプスクロを封じる、人柱の一族なのだ……」
……言い方は悪いけど、知ってます。
「まだ子どものミリアムに聞かせるような話ではない。いや、本来は私の代で、このような因縁は終わらせるつもりだった。だが、」
不自然なところで、お父様は言葉を切った。
本当に泣きそうな顔をしていて、物凄い罪悪感がわき上がって来る。
「私では内より、かの神を打ち払う手段は見いだせなかった。それどころか、存在を感じ取ることさえ、私には出来なかった」
ブルブルと震える、机の上で組まれたお父様の両手。
悔しくて堪らないのが、良く分かる。
「そうしている内に、お前が生まれたのだ。ミリアム。そして、呪いは引き継がれてしまった。……今、その身に悪の女神を宿すのは、ミリアム……お前なんだ」
「……はい」
油断したら、「はぁ」みたいな気の抜けた返事をしてしまいそうだ。いけないいけない。深刻そうにしているお父様に申し訳ないではないか。
私は改めて気を引き締めつつ、再び問いかける。
「それ故に、お父様はそうしたお話をご存知だったのですね?」
「ああ。我が家では当主にのみ、代々伝えられる話だ」
何代続いてるか分からないけど、どこかで話は歪んでいる、と思う。
クレプスクロが、パトラが何か悪いことをするような気はしないし。
チラリと視線だけで見上げたパトラは、リンゴジュースを飲んだと思ったらオレンジジュースだった時みたいな、複雑そうな顔をしている。
仕方ない。気持ちは分かる。
「同じく神を身の内に宿す者の一族は、人知れず連絡を取り合っている。このテッキ村は特例で、邪神を祠へと封じる一族であるが故に、連絡を取っていた」
「なるほど……それでは、今回も武器の入荷が本来の目的ではなかったのですね」
「それも並行して行ったが、そうだな。今回は、代替わりが近付いた為に不安定となっている結界を確認する為に訪れた」
「お父様には、そのような特殊な力が?」
「いいや、残念ながらないよ。私は連絡の仲介役を担うことが多いんだ。もう数日後に別の一族の者も来る予定になっている」
……守護者を輩出する一族同士の、密な連携。
これは、初耳だ。私はその情報によって、ゲームの新たな見方はないかと考える。けれど、すぐに少し後回しにすることに決めた。今は、先にこの話し合いを終らせないと。
「悪の女神を封じる一族なのに、仲介役を任されているのですか?」
「意外に思うのも当然だな。これに関しては例外だ。私が、この身より悪の女神を排除せしめんと行動している中で、自然とそうなった」
オマケで聞いた話も、初耳情報のオンパレードだ。
これは、本当に油断ならない。とにかく情報を整理し続けないとならないだろう。混乱しそうだ。
「……さて、ミリアム。ここで一つ、聞きたいことがある」
「……何でしょう?」
お父様の雰囲気が変わる。
私を量るような、鋭い視線が刺さる。自然と背筋が伸びた。
「今のミリアムは……本当に、我が娘のミリアム・ルナリスか?」
広くない室内に、お父様の声が響いた。
一瞬、何を聞かれたのかが分からなかった。
頭の中を駆け巡るのは、アタシと、わたくしと、私の記憶。真っ白になる。
「答えて欲しい、ミリアム」
ミリアムと、呼びかけるのに。
どうして、本当にそうなのかと聞くの、お父様?
喉がかわく。張り付く。
何かを言わないとと思っても、何一つ出て来ない。
「わ、わたしは……」
「ミリアム。お前は、本当に、我が娘の、ミリアム・ルナリスなのか?」
不自然に言葉を切って。
積み重ねるように問いかけて。
――そんなの、私が聞きたい。
眩暈がした。




