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11/少年剣士と本職騎士

「……これって、普通の手合わせなの……?」

「いやー。ハイレベルな方だと思いますよ」


 流れで、ギラン、エルガー兄弟の手合わせを観戦することになった私は、思わずその激しさに疑問を抱いた。

 呆然とする私に、ローウェンは笑いながら答えてくれるけど、その雰囲気は余裕だ。ハイレベルだって言ってる割りに、そう思ってないような。

 私の方がおかしいんだろうか、と思ってメアの方を見たら、意外なことにメアもいつもの取り繕ったような表情のままだった。


 ……私の方がおかしいのかもしれない。


「兄貴と手合わせ、久しぶりで嬉しいなーっと!」

「……あまり気を散らすな。怪我をするぞ」

「この程度で怪我なんてするはずないだろっ」


 どうやら真剣で手合わせをしているようなのに、エルガーはニコニコとこぼれんばかりの笑顔を浮かべている。ギランはムスッと不満そうで、私はこの状況をどう受け止めたら良いのか分からない。


 キンキン、と剣同士がぶつかり合う音が響いたと思ったら、時折噛み合って押し合う。そして、隙ありと見れば足払いをかけたりと軽い手合わせのようにはまったく見えない。

 そもそも、剣の動きが最早帯のように見えた直後には、思ったのと全然違うところから剣先が飛んでいくのは、やっぱりハイレベルとかそういう問題じゃない気がする。私がおかしい訳じゃないでしょ。これ。


「……これって、エルガーの方が有利?」

「あれ。お嬢さん良く分かりますね」

「いや、全然分からないけど……何かエルガーの方が余裕みたいだから」

「ですねー。マジでやったら俺でも危ないかもしれません」


 良く見ると、ローウェンの目も興味深そうにエルガーを見つめている。

 もしかして、ローウェンも結構戦闘狂なところがあるんだろうか。ゲームに登場してた訳でもないのに、そんなキャラ付け要らないよ……。

 ついジトッとした視線を向けていると、ローウェンはそれに気づいたのか、私を見て優しく目を細めた。


「ご安心を、お嬢様。もし万が一エルガーがお嬢様に刃を向けたとしても、傷一つ付けずにお守りさせて頂きますから」

「……そんな心配してないよ」

「そーでしたか? 何だか不安そうに見えたもんで」


 こうして偶に真面目な口調で話されると、調子が狂ってしまう。

 私は不満に思って口元をへの字に引き結ぶけど、ローウェンの視線は既に兄弟の手合わせに戻っていた。


『ふむ。そなた、あれ程激しき戦闘風景を前にしてそのような顔をするとは……恋か? 愛いのぅ。愛いのぅ!』

「ちがっ!!」


 パトラが、ニヤニヤした顔で私の目の前に現れると、そんなバカげたことを言うものだから、私は反射的に大声を上げてしまった。

 その場にいた全員の視線が私に集まる。兄弟の剣がぶつかり合う音も、既にやんでいた。ハッとした私は、顔が赤くなるのを感じた。


 う、うぅぅー! パトラのせいだー!!


『なんじゃ。そのように涙目で睨みつけるのは、慕わしき殿方相手と相場は決まっておろうに』

「ごめんなさい、皆! 何でもないの!!」

「……ちょっと怒ってます?」


 パトラは更にからかいの言葉を口にするし、苛立ち混じりに何でもないと言えばローウェンからドン引いた表情を頂いた。

 ある意味ローウェンも悪いからね!? ……いや、これは八つ当たりだ。別に、パトラの言葉は図星って訳じゃないのに、これじゃあ認めてるみたいだ。

 違うから。全然恋とかしてないから。それどころじゃないから。


「あービックリした。もしかして剣とか苦手だったのか、オマエ。先に言えよな」


 駆け寄って来たエルガーは、不満そうに茶色の目を細めて私を見た。

 楽しい手合わせに水を差したのは私だ。少々複雑な思いがないではないけど、私は素直に謝った。


「そういう訳じゃないんだけど……邪魔してごめんね」

「ん、分かってくれればヨシ!」


 ニカッと無邪気な笑みを浮かべたエルガーは、後は気にしている様子もなくなっていた。ちょっとホッとした私に、ふと影が差す。

 何だろうと思って顔を上げると、いつの間にやら距離を詰めていたギランが、唐突に私の頭に手を置いた。そして、そのままグリグリと撫で始める。


「え? あの、ギランさん?」

「……すまない。エルガーと遊びたくてわざわざこんなところまで来ていたんだろ? 俺は邪魔をしてしまったな」

「そ、それは良いんですが……」

「……ああ、いや、そうか。俺が怖いんだな?」

「えっと……」


 頭を撫でる手がピタリと止まって、ギランはどこかしょんぼりしたような顔で数歩離れた。


「昨日、まさか女の子が一緒だとは思わなくて……気にせず斬りかかってしまったから、怯えさせてしまったみたいだな。……本当にすまなかった」

「あははー。どっちかと言えば斬りかかられた俺に謝って欲しいんだけどよ」

「……意にも介してない人間には謝らん」

「何でだよ!?」


 心底申し訳なく思っているようで、言葉尻がどんどん下がっていく。そんなギランに、ローウェンは気にする様子もなく厭味を言う。すると、私に謝る腰の低い感じとは打って変わって、ギランは喧嘩腰なコメントを返す。ローウェンはツッコミを入れるけど、本気で怒っている訳ではないようだ。


「……文句があるなら、もう一度剣を交えよう」

「いや、本当に何でそうなるんだよ、お前。というか俺はこのお嬢さんの護衛だから。手離せないんだよ」


 キリッとした顔での提案は、明らかに何かが間違っている。

 親指でクイと護衛対象である私を指すローウェンもなかなかに常識知らずだけど、比較にならない。


「じゃー、兄貴がミリアムを見ててくれよ! その間、オレとローウェンで戦う!」

「……俺が戦いたい」

「だからおかしいだろ!?」


 ……この兄弟がおかしいのかもしれない。

 そんな結論に至った私は、とりあえず事態を収拾すべく、口を挟んだ。


「あの……ギランさん」

「ああ。何だ?」

「私、ギランさんのこと怖くないですよ。だから、謝らないでください」

「……しかし」


 ギランは、納得がいっていないようで唸り始める。

 ……こうして見ると、本当にゲームに登場したギランのイメージとは全然違う。

 昨日、突然襲い掛かって来た時は本気で殺しに来たのかもと思ったくらいだったから、そこまでイメージと離れてなかったんだけど、今こうして困ったように私を見つめる姿は本当にかけ離れている。


(ゲームのギランは、本当にキチガイだったからな……)


 ――俺はなぁ、エルガー! 昔からお前と本気で殺し合いたかったんだよぉ!! さぁ、もっと本気で来い! 本気を見せろ! お前の本気を、もっと! もっともっともっとモットモットモットモットモットモットモット!! ヒャハ!! ヒャハハ!! ヒャハハハハハハハ!!!!


(……今思い返してもエグい……)


 正常時の性格が登場していなかったから、正直なところ、このセリフのイメージが強かった。基本的には糸目だけど、このセリフの時には微妙に開眼してて、でもその焦点が合ってない感じがとにかく不気味で……。

 箱推ししてたアタシは、そんなギランもスキーと言っていたけど、私からすればちょっと微妙だった。昔の兄貴は優しかった、というエルガーの発言はあったとは言っても、ある程度キチガイな人とかかわる覚悟は決めていた。

 そう考えれば、今目の前にいるギランは、全然マシだ。


「本当に、怖くないです。ローウェンと戦いたいのなら、他の護衛の人を呼んで来ますから、それからなら大丈夫ですよ」

「えっ」

「ちょ、お嬢さん!?」


 ギランは、ポカンと口を開いて目を瞬く。

 遠目に見たら糸目だったギランの目は、こうして至近距離で見ると細いだけで、しっかりとその茶色が見て取れた。


 ……少し変わっている人だけど、あんな風に残虐な人ではないのだ。

 思わず微笑む私に、ギランは慌てた様子で目を逸らして、ローウェンとエルガーからは文句が飛んで来た。


「何でギランには優しいんです、お嬢さん! 俺、やりませんよ!」

「そーだそーだ! 兄貴が良いなら、オレだって良いじゃん!」

「そうね。ローウェン、代理を呼んで来たら、エルガーとも手合わせしてくれる?」

「やったー!」

「お嬢さん!」


 エルガーはピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる。

 この頃は、本当に無邪気に戦うことが好きみたいだ。ゲームでは違ったから。

 私は、そんな些細で、結構な違いに少しばかり胸を痛めながら、じっと待機していたメアに声をかける。


「メア。悪いんだけど、宿で待機してる誰かを呼んで来てくれる?」

「か、かしこまりました。しばらくお待ちを……」

「あっ、オレも行くー!!」


 メアはおずおずと頭を下げると、急いで宿に向かって踵を返した。

 その小さな背中を追いかけて、エルガーも地面に置きっぱなしになっていた上着を拾い上げて袖を通しながら追いかけていく。そんな2人の姿は、すぐに見えなくなった。


「……お嬢さん。本当にやるんですか?」


 意外なことに、ローウェンはかなり不服そうな声を漏らした。珍しい。いつも余裕しゃくしゃくな感じなのに。驚いて首を傾げると、ローウェンは眉をしかめた。


「俺は、ルナリス家の騎士ではありますが、今はお嬢さんの護衛なんですよ? あまり軽々しく剣を振るもんじゃないんです」

「そんなに職務に忠実だったなんて、驚いたわ」

「いつになく意地悪ですねー」


 いつも意地悪を言っているのはどっちだ。

 べ、と悪戯っぽく舌を出してみたら、ローウェンは目を大きく見開くと、やがて仕方ないなぁと呟いて笑った。


「ま。貴族のお嬢さんのささやかなワガママくらい、叶えてあげますよ」

「ふふ、ありがとう」


 私たちのそんな言葉のやり取りの最中、少しぼうっとした様子で視線を落としていたギランが、そこでふと私を見た。


「……少々良いか?」

「はい。何でしょう?」

「……俺には、負けたくない男がいる。滞在している間の、ほんの僅かな時間だけで構わないから、彼を借りられないか? 修行の相手になってもらいたいんだ。今だけじゃなく」


 真剣な面持ちで私を見つめるギラン。

 きっと、その言葉に嘘や茶化すような気持ちはないのだろう。私は息をのんだ。


「何故負けたくないか聞いても?」

「……答えたくない」


 一瞬だけ視線が逸れたけれど、すぐにまた合う。

 私は、その視線を真正面から受け止めながら、悩んだ。

 ギランが負けたくない相手というのは、十中八九エルガーのことだろう。

 ゲームから感じ取った感情が、この現実でも同じなのなら、弟なのに優秀で強いエルガーを超えたいと、そう思っているはずだ。


(……これって、どうするのが正解かしら?)


 まさか、そんな提案をされるとは思わなかった。こうして会話をし始めて、それほど経っていない時点で。それだけ切羽詰まっているのだろうか。私が打ち解けられるだけの何かを提供出来たとも思えないもの。それに、負けたくない理由を答えたくないと言っているのだから、打ち解けられたと思うのもおかしいはずだ。


『ミリアムや。あまり、男の沽券に関わるような答えづらい問いをかけるでないぞ』

「…………」


 パトラが、少し可哀想がる感じでギランを見た。

 沽券って……プライド的な? それって、打ち解けたかどうかは関係なく、他の人には言えないってことだろうか。

 あるいは、そうなのかもしれない。でも、私には判断がつかない。


(とにかく、エルガーに対して抱いてる劣等感を消せれば良いのよね)


 エルガーに敵わない、と思っている一番が戦闘のセンス。強さだ。

 兄であるギランの方がずっと長く剣術を嗜んでいるのに、圧倒的なスピードで迫り来る弟。この時点では、勝てなくなっている判断しても良さそうだし……そりゃあ、病んじゃってもおかしくない。まぁ、病んじゃうのは邪神の影響だろうけど。


「……頼む」


 私がいつまでも黙っているからか、ギランがもう一度頼んで来た。

 その表情は真摯だけど、それ以上はうかがい知れない。


「いやいや。だから、何でお嬢さんに聞くんだよ」

「彼女が主なんだろう?」

「ま、まぁ……そうなんだけどな」


 業を煮やしたのか、ローウェンが口を挟んで来た。

 口を挟むと言うか……当事者だからその権利はあるだろうけど。

 不思議そうに首を傾げるギランによって論破されてしまったローウェンは、口をもごもごさせている。

 別に、どうとでも返して断ることは出来るだろうに、ローウェンは私に気を遣っているのかもしれない。私は小さく息を吐くと、頷いた。


「構いませんよ。あまり長時間は無理でしょうけど」

「……本当か! ありがとう」

「お嬢さーん」


 色々悩みどころではあるけれど、きっとギランにとって、強くなるのは良いことのはずだ。そう考えた私は、笑顔でギランの頼みを了承した。ローウェンはげんなりとしているようだけど、私は敢えて無視をした。

 ……こう見えても私はローウェンの腕を信じている。きっと、良いようにしてくれるだろう。


「だって、ローウェンなら問題ないでしょう?」

「うわ。なかなか面白いこと言いますね」


 そう言うとローウェンは、心底面白そうな笑顔を浮かべた。

 そんな笑顔もまた、山賊っぽさに拍車をかけているのは何でだろう。

 攻略対象者じゃないけど、その兄であるギランにも、涼やかなイケメン度では負けてるよローウェン。

 失礼なことを考える私を見て、ギランは少しだけ不思議そうな顔をして呟いた。


「しかし、色々な女の子がいるものなんだな」

「え?」

「妹だったら、きっと了承してくれなかっただろう。俺としてはありがたいが……お前は本当に剣を握る者が怖くないんだな」

「怖くない訳じゃないけど……」

「けど?」


 私はそれこそ意外なギランの呟きに、本心を返した。


「私、ローウェンやギランさんのことは信じているので」

「……俺なんて、ほぼ初対面なのにか?」

「はい。ギランさんは優しい人です」

「…………」


 とうとうギランは、呆気にとられたような表情で固まってしまった。

 それに対して、ローウェンは俺は俺はと騒いで、パトラは恋なのじゃと騒いでうるさかった。

 そんなに深い意味はないから! 乙女ゲーマーのアタシとしての勘だから!


 しばらく騒がしくしている内に、メアとエルガーは騎士を1人連れて来て、言っていた通り手合わせを行った。

 面倒だからと言ってローウェンは2人を同時に相手すると主張し、その通り、こてんぱんに叩きのめした。

 それを見ていた私は、隣にいた騎士に尋ねた。これって、普通の手合わせですか、と。そうしたら、思っていた通りの答えが返って来た。


「そうですね。隊長にしてみれば、普通じゃないですか? 世間一般で言えば、うちの隊長は人外分類ですけど」


 ……ですよねー。

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