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クリスマス掌編集

孤独と愛情、ときどきクリスマス

作者: 和泉あや子


 街行く人はみな浮き足だっていた。

 とりわけ若いカップルが手をつないだり腕を組んだりして歩いているのが多かった。家族づれや親子づれも同じくらい多く、幼い子どもが親に手を引かれて無邪気に笑っていた。

 昨夜ほどのにぎわいの波はないものの、二十五日もそれなりに恋人や家族が街に繰り出していた。

 それも午後を過ぎると、だいぶ落ち着いてきた。


 行き交う人たちに「クリスマスケーキ残りわずかとなりました!」と実際はそれほどわずかでもない在庫を売り払うためにすこしばかり誇張して、嗄れてきた声をはりあげる。

「いまなら三〇パーセントオフです!」と疲れも誤魔化しきれなくなった顔と声で宣伝した。

 もうケーキなど、みな昨日の夜かせいぜい今日の昼にでも食べているだろうに、と内心では毒づいた。繁忙期とあってアルバイト代が弾むとはいえ、想像以上にハードだった。クリスマス前からイヴにかけての販売の忙しさと、今日の売れ残りを限りなく出さないための呼び込み、そしてそれ以上に、寂しくなるほど人の「幸せ」なクリスマス像が浮き彫りにされるバイトだった。


 駅ナカの通路に出張しているとあって足下から冷えるうえに、ケーキを痛ませないためにヒーターも無い。低温ヤケドを覚悟で貼ったカイロもそろそろぬるくなってきた。


 どこのお店も人もクリスマスムードで飽和していた。隣に誰かいることがクリスマスの「幸せ」と考えているような、そんなムードであった。それほど仲が深くもなさそうなカップルや、いわゆる“クリぼっち”を避けるために寄り集まったかのような、わたしと同年代と思しき若者たちがケーキを買いに来ていた。


「そんなに独りが嫌なもんかねぇ」

 人の波がひと段落したところで思わず本音がこぼれた。どちらかといえばこういう時期こそ孤独の中にいたいわたしは世間からすれば変わり者の部類かもしれない。もっとも、“母”の命日に浮かれたい気になるほうが変わっていると思う。


 五歳の時に両親が彼岸にいって、叔母さんが第二の“親”になった。“母”の愛情のお陰で、孤独に悲しみを感じることはなかったけれど、それでも孤独を好みがちなのはそんな子どもの頃の経験も大きかったのだろう。



「二つばかり、いただこうか」

 客の声で思考が中断した。中年から初老の過渡期だろうか、すこし白髪交じりの男性がショーケースの前で足を止めた。目じりと口元のしわが柔らかい微笑みを作っていた。上質そうな黒のロングコートに身を包んで、同じく黒の中折れ帽をこなれた感じでかぶっている。ぼんやりとした考え事を頭の隅に追いやると、愛想をふりしぼって対応モードに切り替えた。

「ありがとうございます。どちらのケーキがよろしいでしょうか」

「そうだねぇ」と男性は商品を見つめていた。ふっと顔をあげると、わたしをニコニコと見てきた。

「クリスマスに働いて大変そうだね。きみはアルバイトかい」

 唐突な言葉がけに戸惑いつつそうです、と答えると、「大学生?」とまた質問された。にわかに警戒心がわいたのを察したのか、客はあわてて

「いや、娘もね、きみぐらいの歳なんだよ」

 と言った。目のまえに娘がいるかのように、愛しむような表情をして

「パティシエを目指して学校に通っていてね。一人暮らしなんだけど、年末もアルバイトで帰らないんだよ」

 すこし寂し気に笑いかけられた。こういうときに、なんと返せばいいのかわからない。ケーキに目を戻した男性はいくつか商品を見て「一番多く売れ残っているケーキ、あるかい?」と客としては珍しすぎる質問をした。

「娘もケーキ屋でバイトしているらしくてね。今日もどこかでケーキ売っていると思うと、きみみたいな娘を見ても“娘”のように思えてね」

 そうなんですか、とうなずいて売れ行きの良い商品のなかからわずかに数が多いショートケーキを示した。「それを二つ」と言って長財布をとり出した。


 手早くショーケースからケーキをとり出して包み作業をした。

「本場に留学したいって言って、そのために働いているみたいでね。まったく、夢ばっかり追うのは誰に似たんだか」

 言葉からにじみでているあたたかさに、愛想ではない笑みが自然とこぼれた。

「応援しているんですね、娘さんのこと」

 そう相づちを打ったら照れたように首の後ろをかいた。


「もとは兄さんの娘だったんだけどね……こんな私でも“お父さん”って慕ってくれてね。世界一の娘だと思っている私は親馬鹿ですよ」

 その言葉にレジを打つ手が止まった。胸の奥がきゅっと締めつけられた。このあたたかさを感じる感情は懐かしい。ああ、“お母さん”もこんな風にわたしを想っていたのだろうか。


「素敵だと思います。とても。わたしが言うのも変ですけど、娘さんも素敵な“親”だって感じてくれていると思います」

 泣きたくなるのをこらえて、笑顔で伝えた。客に言っているのか、(そら)に向かって言ったのかわからなかった。


「良いクリスマスを」

 男性は笑って去っていった。


――完――


最後までお読み下さり有難うございます。

クリスマスに何か書きたい! という勢いのまま執筆して投稿してしまいましたので誤字脱字が怖いです(苦笑)。

……日付変わってクリスマス投稿にはなりませんでしたが(笑)


お楽しみいただければ幸いです。


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