3話「人間亡き世界」
「ごちそうさまでした! 凄くおいしかったです」
晩御飯にと用意してくれたじゃがいもが溶け込んだスープと2切れのパンは予想していた以上に美味しかった。 特別な材料を扱っているのだろうかと、ミナに尋ねてみたところ、芋とか材料のほとんどは自分の畑で育てていたやつよと言われた。
あとはとにかく塩にこだわりがあるのだと力説された。どうやらこの塩は私が予想していた海で採れる塩とは違って山で採れる岩塩らしい。
へえーとミナの剣幕に若干退きながら相槌を打っていると、興味を示していると思われたのか、棚にあったものを見せてくれた。
棚に飾られていたビンの中には淡いピンク色のさらさらした砂粒のようなものが入っていた。 この結晶が岩塩だという。
ミナ曰くこの辺では獲れるものではないらしく、奮発して買ってきた貴重品だと言ってくれた。貴重品、と聞いてもう一度そのビンを見る。
ビンの中の岩塩は見てもわかるくらい量が少なくなってきている。
大事なものを私なんかに使ってくれたのかと思うと、なんだか胸の奥がじんわりとしてきて、ぎゅっとビンを握りしめてありがとうございます、とお礼を述べた。
ミナは目を見開いて私を見ていたが、ひとつ息を吐いてからほほ笑んで
「いいのよ別に。だって結局は消耗品なんだから、ここぞって時には使わなくちゃね。」
そういって優しく私の頭を撫でてくれた。
ハリーのことを聞くと、「今自分の部屋にこもって真剣に本読んでたわ。あれじゃあ明日まで出てこないわねぇ」といわれてしまった。
*
食べ終わって食器を片付けているときに、ずっと気になったことを訪ねてみた
「あの、ミナとハリーは姉弟なんですか?」
タイミングが悪かったのか、ちょうどその時ミナが食後のルーティンなのよと言っていた紅茶を飲んでいたところで、ブーッと盛大に噴き出した。か、かからなくてよかった…。 ゲホッゴホッとかなりミナは咽ていたが、
「ちが…全然違うわよ…ゴフッ…ンン"ッ。第一髪の毛も目の色も違うじゃない。どうしてそう思ったの?」
「あっそうか…いや、仲良さそうだったからてっきり…」
「別にハリーはただ居候しているだけよ。それにあいつは元々遠い国のデミだしね。」
「あ、あの!…ずっと気になっていたデミとか人間とかってどういうことなんですか?私、記憶がないせいでデミって単語に覚えがなくて…教えてほしいんですけど」
「…その話、詳しく聞いてもいい?」
*
「なるほどねぇ…まさか柳ちゃんが人間とは」
「えっあの…信じてくれるんですか?」
「いや、正直なところ信じるか信じないかって言われたら難しいところだわ。…でも種族のことを知らないのに人間について知っているのはびっくり。ふつう逆なのよ?最近じゃ知らない子も多いし。 記憶もないわけだから疑うにもどこからどう疑うべきなのか…」
「……。」
「とにかく、私は柳ちゃんは嘘をついているようには見えなかったしとりあえずは信じましょう。 なら、なおさらちゃんと説明しなくちゃだめね。」
そういうとミナは立ち上がって先程のベッドのある部屋へ戻り、すぐもまた戻ってきた。手には一冊の分厚い本を抱えている。
テーブルの中央でその本を広げるとミナはここ、と指をさした。示した先には謎の生物が描かれている。
「これ、なんだかわかる?」 今までとは違う真剣みを帯びたミナの口調に思わず開こうとした口をつぐんでしまう
「わ…かんないです」
「これが人間なの。 正確に言い換えるなら私たちの常識の中でのね。」
ぎょっとしてもう一度人間と呼ばれた生き物を見る。 手足は8本くらいあり、ライオンのような頭をしていて何かを食べているようだった。 随分と抽象的に描かれてはいるが、とてもこれが人間とは思えない。
「本当に大昔の話になるんだけど、ここから海で何千キロも先にある大地にいたのがこの人間なんですって。…ほらここ『人間は8足の手足と獅子のような顔を持ち、豚のような貪欲さで常に何かに飢えている』」
「ぶ、豚…」
「冷静になると結構ひどいこと言ってるわねこれ…じゃなくて、人間は見た目はアレだけどこれでも知能とかはすごく高かったらしくて滅茶苦茶に高度な文明を築いていたんだけど…ある日突然消えたの。」
「消えた…?」
「そう。戦争とか大きな戦いももちろんあったんだけどそれでも一日で何億って人間がいなくなっちゃったのよ。これはずっと研究されているんだけど、どうやら未だに原因が不明らしくて死体もなにも残っていないのよね」
「あの…じゃあデミは?」
「デミはつまり私たちのことよ。曰くデミも大昔は人間に奴隷として仕えていたらしいんだけど、人間が滅んでからその大地を離れてここにきて以来文明を作り上げたとされている…正直昔の話過ぎて本当なのかは不明なんだけども」
「つまり何がいいたいかというと、もしかしたら柳ちゃんは過去から来たんじゃないのかなって」
「過去ですか?」
「これは私の仮説でしかないんだけど、魔法的な何かでこう…過去からひょいって飛ばされてきちゃったりなんてなかったり…しないか。ごめんね、真剣に聞いてくれているのに」
「いいえそんな!…?あの、この絵だけなんか違うような」
ふととある絵が気になってミナに示した。その絵だけ他とは違う不気味な姿をしておらず、髪の長い老いた男性のようで頭には冠のようなものをかぶっていた。
「あーこの人、この人も実は人間なのよ。確かえっと…そうアルス王だ。この人の時代が人間の文明の最盛期だったそうよ。 透き通るようなブロンドに稲穂のような瞳だったって…あら、」
「?どうかしましたか」
「いや、なんか柳ちゃんもそういえば金色の目だったわよね。…それにブロンドと栗毛って意外と似ているような」
そこでゆっくりとミナがこちらを見る。 ドクドクと途端に私の鼓動が加速して手先に血が巡り熱くなる。
「なんてことあるわけないかー!流石にこれは私の思い過ごしね」
「そ、そうですよね!私女ですし! 王様なんてとても…!」
そういって二人ともどこか変な汗をかきながら笑っていた。
そんなわけないと頭ではわかっている。
じゃあなぜあの時すごく心臓がどきどきしたのだろう。
*
「あら、もうこんな時間。そろそろ寝なくちゃね」
それから二人で本をぺらぺらとめくりながらあーでもないこーでもないと色々話していたが、ふとミナが壁に掛けてあった時計(だと思うが、数字は見たことない形をしていた)をみてそうつぶやいた。
結局、記憶の核心に触れそうなものは見つからなかったが、得たものは大きかった。
人間が滅んだ世界…。目の前にいるミナもハリーも恐らくだが、人間ではないのだろう。いやそもそもこの異世界では私の想像している人間とは根本から違っているのだろうか?なんだか途方もなくややこしい話で考えれば考えるだけ頭が混乱してくる。
「この本、少し借りててもいいですか?…色々とみたいこととかあるし」
「ええ、ええ!全然いいわよ。字が読めなかったときは私かハリーに教えてくれればいくらでも教えるから」
「!…ありがとうございます!」
じゃあ私はまだちょっとやることあるから、柳ちゃんはもう先に寝てて頂戴ね。と念を押されてミナとは別れた。
することもないので、ベッドへと転がり込む。 貸してもらった本をぺらぺらとめくって何か気になるものはないか探していた。
ふとあるページに掲載されていた一つの絵が引っ掛かった。
それは一本の木のようだった。普通の木ではないんだろうなと思えたのが、その絵の中の木はとにかく大きく描かれていたことだ。葉っぱのあたりに雲のようなところが描かれていたり、根っこのほうは山や町が小さく描かれていた。
ただ、大きい以外は特に変わった様子のないその木に、なぜか強い興味をひかれた。
口元に指を当てながら考える。
もしやこの絵と私の記憶に何か関わりがあるのだろうか…。
うーんうーんとしばらく考え込んでいたが、いつまでたっても答えは出そうになかった。むしろ考えれば考えるだけ混乱してきてる気がする…。
はぁ~~~と大きなため息を吐いてから、パタンと本を閉じた。 こういうときは寝るに限る。
グーっと背伸びをすると、シーツをかぶって横になった。
するとすぐに眠気が襲ってきて、瞼を開けているのが億劫になる。 焦っていて気が付かなかったが、中々自分はつかれていたらしい。
部屋の明かりをやっとの思いで消すと、ゆっくりと目を閉じた。