終末の青森(せいしん)
大人がまたがって乗るのにちょうどいいウサギ。
ターデという。
村で、移動用に数十頭、飼われている。
鳴き声は低い。
子供のターデだとしても気は抜けない。脚力は生まれつきだ。
この辺りは海岸がまっすぐ続いて端になるといきなり曲がり、向こうの島に繋がっている。
ターデにまたがって、レゾは巨木の生い茂る森へ入った。
ターデは木の幹を蹴り、体をほとんど真横に倒して進む。
爪が太く、それを引っ掛けている。
大きな耳の裏に足を入れて、分厚い頭の皮を手でわしづかみ、操作する。
鞍なんかあっても意味はない。体が空中で真横になるんだ。
巨木から巨木へ、水の流れの跡に沿って進む。
「でかウサギ、止まれ」
「フンゴ」
「いやフンゴじゃなくて、止まれって」
レゾはターデの頭を軽く叩いた。
「フンゴ」
いきなりターデが止まり、体が前のめりになるのを、必死に腿と背の筋肉で抑えた。
ターデはセミのように木に張りつくようにして、それから地上に降り立った。
自分の体の大きさをまったく理解していない動きをする。
たまに狩をしていて、夢中になり、村の建物を壊したりする。
ターデの好物は、野ウサギとネズミだ。
だからレゾは時々、共食い馬鹿ウサギという。
水の流れがある。だが、幅が広い。川が乱れていて、一面が水に浸っている。
念の為、背中の斧を抜いた。
ターデは勝手に水を飲み始めた。
「お前、ここにいろよ。勝手に帰るなよ」
「フンガ」
巨木が折れている。
5本。
なんだ?
争った跡か。
レゾは目を細める。
誰かいる。
背中に羽がある。島の鳥人がここまで渡ってきたのか。
「おい」
レゾは大きな声を出しながら、さらに近く。
「お前、翼は」
鳥人は幹にもたれるような感じで立っていた。
見上げるほど背が高く、痩せていて、全身が抜けるように白い。
「翼? そんなのねえよ、俺は真人だ」
「真人?」
「お前は、島からきたんだろ」
レゾは来た方向を斧でさす。
「いや、私は向こうから来た」
鳥人は、森の奥をしめす。
「はあ?」
「お前は、そうか。しらないのか。それより」
鳥人の体が傾いた。
「おい、ちょっと」
鳥人はいきなりその場で前のめりに倒れた。
レゾはため息をついた。
鳥人の体をみる。怪我はしていない。息もしっかりしている。
目の下のくまがひどいな。
「ターデ、こい!」
運ぶかあ。
レゾは斧を背負い直した。
ああ、その前に、水を見てこないとな。
「フンゴ」
倒れた鳥人をターデにのせた。
自分は歩いた。森の奥へ入る。
また、巨木と巨体が倒れている。
水の流れを、邪魔していた。
レイテンシー・セプテニア・コーン。この森に住む大型の猿だ。
自分達に覆い被さるほどの巨体で、そのくせ動きはターデ並みに早い。
それが5体、転がっている。この鳥人がやったのか。
「いや、強すぎだろ、鳥人」
「フンゴ」
ターデが、後ろ脚で巨木を蹴り飛ばした。それから、レイテンシー・セプテニア・コーンの死体を口で引っ張り、どける。
水の流れが戻った。
引き返し、村へ向かう。
ターデには乗ったが、鳥人を抑えるため、地面を走らせた。
「で、こいつ向こうからきたの? 向こうって森の奥だろ?」
「フンゴ」
とことこ走りながら、ターデは答える。
「この森の奥って湖じゃん」
「フンゴ」
「で、その向こうにめっちゃ噴火してる山、あるじゃん」
「フンゴ」
「その向こうから来たってのか?」
「ああ、そうだ。あの山の向こうに、私の国がある」
「うおお!」
いきなり鳥人が体を仰け反らせて顔をあげた。
驚いてターデからレゾは落ちた。
「お前、いきなり喋んな! びっくりするだろ」
泥水で濡れた顔をぬぐい、レゾは言う。
ターデが引き返してくる。
「なんだ、この動物は。像? いや、ウサギ?」
「ターデだ。でかいウサギみたいなもんだろ」
「そうか、それより私は島へ行かなければならない。
協定が破棄されたため、我々の国はあの島に住む一族を根絶やしにする。
出て行けば、殺しはしないはずだ。それを伝えなければならない」
目をきつくつぶったまま、鳥人は言う。
「協定? 島の鳥人? それが一族? お前はじゃあ、別の種族の鳥人か」
「そう、だ。そして、お前もだ」
「いや俺らは真人だよ」
「違う。お前の先祖は、もともと背中に翼を持つ。そして、私たちの国の鳥人を起源としているんだ」
「なに言ってんの?」
「事実だ。お前は自分のことを真人と言うが、お前たちに翼がない理由は、お前たちの始祖があの国で極刑を受けたため、翼をもぎ取られたためだ」
「はあ?」
また、鳥人はぐったりとした。
「まあいいや、とりあえず、村まで連れていこう」
腹減った。
「漁も終わっただろうし」
「フンゴ」
ターデは二人を乗せて、とことこと歩き出した。
了