Lv.3
少し遠くから微かに声が聞こえる。もしかしたらこの先で説明とかやっているのかも?
それなら私はなんと運のいい人間だ。雑な言い訳でも貼り付けて行こう、動きやすい服装でよかったと思う。さっきとは真逆の考えだ。
声は段々近づいてくる。あと少し進めば会話の内容が聞こえそうだ、早く行こうと歩みを速めていく。
……あ、あれ? 説明だと思ったんだけどなあ。戸の向こうから聞こえるのは避けたかった内の一つ。こっそり聞き耳を立ててやろうか。戸にそっと耳を寄せると、はっきりと聞こえた。
「こんな餓鬼に立場を奪われるとは思ってもいなかった、お前らもそうだろう?」
「全くだ。陛下は一体何を考えているのか……こんな経験も何も無い奴が戦に貢献できる訳がない」
「ただでさえ今の国内は不安定だと言うのになあ」
唯の悪口陰口だったらガン無視を決め込んでいたかもしれない。けれど、問題はそこに混じっている不自然な音だった。
どう言い表せばいいのか分からない。何かを殴ったり、蹴っているような音……踏みつけたりもしてるのか本当に分からないけれど――。
――駄目だこれやばいやつかもしれない。聴覚ばかりに頼っていたが、落ち着いてみれば微かに臭う鉄の不味い臭い。
「消したらこれはどうするんだ? 桜の樹の下にでも埋めてやるか?」
「そりゃあいい! ……だが、それはこの整った顔を潰してからにしよう」
え、私はどうするべき? 別に上の立場に就いている訳でもない、というか今さっき内定が決まったんだ。権力はかす程もない。けど、けど……うん。
戸に手をかけて、思い切り開ける。そこには3人の顔面偏差値合計80くらいの男達と、一人血塗れで浅い息を繰り返している人。
「な、にをしているんですか、こんな所で」
あまりの酷い臭いと光景に息ができなかった。天使の元に帰りたい、癒されたい、従者が欲しい……でも、これでいい感じにできたら人も助けられるし皇宮にいたと証明できる。人命第一だけど。
違う、今はそういうことを考える時間ではない。脳内整理をしなくては。
「何とは? もしかしてコレを知らないのか? なんだ、新しく入った女官か?」
吐き気がするほど下品な視線が私にかかる。ここの女性はどんな気持ちで生きているのやら。
というか、早く終わらせないと人一人死にかけてんだ。助けないと私の人間性が疑われかねない。
「片付けですか……後でまた会いますから、今は後ろの方を預けてはくれませんか? その方に用があるので」
「ちっ……仕方ねえ。ただ、このことは黙っていろ、他言するなよ」
そう言うと足早にどこかへ行ってしまった。埋まってくれと叫びたいけれども耐える。
倒れていたその人に近づく。ヒューヒューと、まだ息はあるようだがいつどうなるか分からない。どうすれば……家に行って、医者呼んで、そうだ、金ならいくらでもあるんだから。
力はあるし抱っこくらいならできるでしょ。背後に注意しながら手を添えようとすると、その人は目線だけを私に向けた。
「……さ……い、でく……さ……」
「え? いや、あの」
「ころ、さ……な、いで……くださ……い…………ま、だ、わたし……」
私に殺されると思ったのか、軽く吐血をしながら殺さないでくれと縋ってきたのだ。
「大丈夫。殺す訳ないでしょう? それにしても……まだ仕えて1日も経っていないのにこんなことやったら間違いなく追い出されるかもですね」
「……な……ん、で…………そこ、まで……」
言い終わる前に、そっとお姫様抱っこの様な形で抱き上げた。力が入らないのか、随分ぐったりしている……そりゃあそうか。
それにしても想像したより軽かった。ろくにご飯も食べられていないのか? あいつらが官職を奪われたと言っていた割には着ているものも薄いし、何より裸足だ。
もしかしたら、結構長い期間続いていたのかもしれないな……。後で偉そうな雰囲気の人に報告しておこう。
「私の家近くてよかったって初めて思えたかも」
あと力持ちでよかった。ありがとう私をつくった神様、そこそこ感謝してます。いや、この状況に関してはしてないかも。
女官とか知ったこっちゃねえ精神で門へ走る。幸い、外に門番以外の人はいない。門番には口止め料でも渡せばいい。
ずんずんと近づいて、驚いた顔をしている門番に畳み掛けるように言う。
「あの! 私ここ出るけど、誰かから私のこと聞かれても何も言わないで下さいね! 黙ってくれた分だけ金あげるから!!」
「えっ、それは――」
話している暇なんぞ無いんだ私には。徒歩で一分かからないんだから走ったら秒で着くでしょ?
いつもに増して賑やかだった皇宮に民は漸く興味を示さなくなったのか、大通りは空いていた。お陰でいつもより視線が痛くない。
結葉がいるにも関わらず、勢いよく戸を開けて中へ入った。寝台なんて人数分しか用意してない、客人なんて予想もしてない……清潔だから私の寝台でいいよね?
「結葉! 何か薬とかってどこだっけ!」
「……へ? ねえさまがさいごにつかったんでしょう?」
「嘘、覚えてない……あとで好きなもの買っていいから探してくれない?」
「ほんと? さがしてくる」
ちょろい所もまた可愛いよ天使。だけど、今はこのボロボロの人を助けなければならないからまた後で愛でてあげるね。
長い廊下が短く感じるくらいに速く、自分の部屋へ向かった……は、いいものの。辺りには怠惰で片付けなかった紙くずとか自分で作ったよく分からない成分の薬が散乱していた。
――とりあえず、毎日寝台の毛布や敷布等の布は替えているし今日も替えてから一度も寝ていないから清潔だし、寝かせるか。