Phase.9 残されたロマンス
オークリーは、重罪になるらしい。テロに敏感な時節柄だ。初犯の未遂であることを考慮しても大量の銃火器を不正に取得した罪の重さは拭い難いらしい。
「僕らが救いの手を差し伸べるよ」
と、言い出したのはジェイムズだ。
「元はと言えば、かつての僕のダイヤのせいだ。判事と掛け合って、司法取引に持っていく。ちょうど人が必要だったところだ。会計知識も経験もあるならば、申し分ない。僕たちの組織で頂くよ」
「存在感のない男は、スパイにはうってつけよ。アレンの方が最高だけど」
私はほっとした。今回はこのスパイのバカップルに助けられることばかりだ。
「ところでスクワーロウ、ダイヤはサラの手に渡してやってくれよ」
別れ際、ジェイムズは私の手に取り戻したダイヤを手渡した。
「これ押収されたはずじゃ…」
「おい、声が大きい」
ジェイムズは人差し指を鼻の前に立てた。
「面倒な手続きは、こっちでやっとく。サラには上手く渡してくれ、もともと君のものになるはずのものだ、とか言ってな。僕の名前は出さないでくれよ。誓って言うが下心あってのことじゃない」
「そんなこと言われてもな」
ジェイムズはじろりと私をみると、これみよがしなため息をついた。
「分かってやれよ探偵。サラが本当に想っているのは、昔も今もお前だけなんだから」
「え…」
私は思わず、凍りついた。
「いっ、いい加減なことを言うんじゃない」
「嘘だと思うか?僕は、彼女の口から直接聞いたんだ。逃げられないからな。あの子はお前に会いたいから、今でも僕の件で君に電話をするに違いないぜ。…いいか、お前の手で直接。この街にいるうちに渡してやれよ」
「むっ、むむう…」
私はすぐにはそれに、返事が出来なかった。
こうしてスパイになった男は、潔く自分の痕跡を後始末して去っていった。そして私の手元には、団栗型のダイヤが残った。振り出しに戻る、と言うやつだ。さて、どうしようか。
それから数日後だ。春の嵐が去ると同時に、サラ・ヴェスプッチはベガスを去った。私はベガスを留守にしていた。しばらく西海岸で、ある仕事を手掛けていたのだ。
「クレア、サラの件で報酬が振り込まれていただろう。これも、どこかに仕舞っておいてくれないか」
私はクレアの肉球の上に、ころりとダイヤモンドを乗せた。クレアは、火傷しそうな手つきになった。
「ええっ!?スクワーロウさん、これ、もしかして返さなかったんですか!?」
「預かるだけさ。事務所の会計には入れないでくれよ。いずれは、返すんだ」
サラには、ジェイムズの名前は出さずにダイヤは持ち主のもとへ返して二度としないことを誓ってもらったと報告した。
「…ジェイムズじゃなかったのね」
「そうだ、彼は確かに死んだ。だから君も、心配しないでいい」
「そうなの」
サラの反応は心なしか、気が抜けたような感じだった。
「でもまた、こんなことが起こったら怖いわ」
「そのときはいつでも呼んでくれ。ベガスに関することなら、変わらずなんでも頼ってくれて構わない」
「本当!?嬉しいわ、スクワーロウ、絶対よ!?」
私は無言でうなずいた。頬袋が熱い。
かつてのウェイトレスと貧乏探偵ならいざ知らず。私がしゃしゃり出ていい存在じゃない。真相を告げてダイヤを返すのは、私が探偵を辞め、この街で死ぬときでいいだろう。言わぬが花と言うこともある。それがハードボイルドと言うものだ。
やがて、うららかな春がやってくる。眠りの季節を越え、私はまだまだ、この街で生きられる。この街が停まることはないように、私も留まる過去はないのだ。
「そう言えばスクワーロウさん、今年はくしゃみしませんね…?」
「何を馬鹿なクレア、私はハードボイルドだふぉ…ってふえええっくしッ!!」