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Phase.8 孤独な男の末路

 私は口にナッツを含んだ。相手は、アサルトライフルで武装している。場合によっては、殺すしか手はなくなる。

「援護は任せてください」

「いつでもいいわ」

 クレアとアネットは、頼もしく銃を構える。

「で、僕はどこにいたらいい?」

「ジェイムズ、君はいいからオークリーを刺激しないでくれ」

 安手のマジシャンみたいなジェイムズを、私は押しのけた。

「入るぞ」

 私はスペアのカードキーを通した。ロイヤルスイート。こんな場所で銃撃戦する羽目になるなんて。

 意を決して、私は飛び込んだ。中からはなんの反応もない。大型のスクリーンがつけっぱなしになっているだけだ。サラがステージに登場して、大歓声を浴びているところである。

「オークリー、私だ!スクワーロウだ!私を憶えているか、早まるなッ!」

 私は頬袋をしまらせつつ、あらん限りの声を絞った。出来れば撃ちたくない。短い時間だったが、彼は決して悪い人間ではなかった。どんな理由があるにせよ、まだ。まだ、間に合うはずだ。

「スクワーロウ…!?」

 うめき声のようなものが、返ってきたのはそのときだった。銃を構えたクレアとアネットが窓際を注視している。

 十五階の窓が開いている。春先の身の切れるような夜風が、侵入していた。なんとそこに、重機関銃が設置されていた。装甲車のドアもぶちぬくようなやつだ。引き金を絞ったら最後、コンサート会場には死の雨が降り注ぐところだった。その前の椅子に、オークリーがもたれかかっていた。銃に触れていたが、引き金に手がかかっていない。彼は、大粒の涙を流していた。

「あんたか…まさか、来てくれたのか」

「そうだ!私を忘れてないだろ、オークリー!」

 私は必死で話しかけた。

「忘れてない。来てくれて嬉しいよ、スクワーロウ」

 すると、オークリーは涙で顔をぐしょぐしょにしていた。

「お願いがあるんだ。…頼むよ、私を止めてくれ」

 オークリー・ゴードンが警察に保護されたのは、それから、間もなくのことだった。彼は一発の銃弾も放っていない。こうして最悪の悲劇は未然に防がれたのだ。


「どうしてこんなことになったのか、自分でも分からない。ただただ、寂しかったんだ」

 警察の聴取に、オークリーは淡々と応じた。私に会ったことで我に返り、どうにか理性を取り戻せたようだった。

「三か月前に仕事を辞めた。そしたら、その日から私はこの世界に存在しないような気がしたんだ」

 失踪は、衝動的だったと言う。現金として持ち出せるものをすべて持ち出し、あてのない放浪の旅に出た。しかし目的のない旅はかえって、孤独を募らせる結果になった。

「そんなとき、旅のモーテルで、サラの歌を初めて聞いて感動してね」

 ファンレターを贈ったが、一度も反応は返ってこなかった。あまりに寂しくてSNSのアカウントを設置したり、掲示板に同じ趣味の人のためのスレッドを立てたのだが、不思議なことに全く食いついてくる人がいなかった。

「昔から存在感のない男、と言われていてね。客を択ばず仕事をやるから、会計士としては、重宝されたんだが」

 プライベートでは災難である。気づいてもらえない男は、社員証が電子化されたとき一人だけ認証漏れになっていてオフィスに入れなかったり、パーティに招待されたのにちょくちょく顧客リストから漏れていたりした。

「極めつけは長年連れ添った妻だ。最後に手紙を残してくれたんだが、私の名前を間違ってた。まったく何十年勘違いしてたんだ」

 その手紙の末尾には、ありがとうオースチン、と書かれていた。

「私はオークリーだ!」

 そう怒鳴りたくても、もう肝心の相手がいないのだからしょうがない。

 無視し続けられた男は次第に、自暴自棄になったと言う。

「もう、滅茶苦茶やってやろうと思った」

 まさに一大決心で、サラへの贈り物を買った。ファンとは言え、よくまあ、一度も逢ったことのない人に。五万ドルのダイヤモンドをぽんとプレゼントしたのだ。

「だがそれも無視された」

 当然である。と、言うか大騒ぎにはなっていたのだ。サラはそれで、泡を食って私に連絡を取ってきたのだから。

 そこでオークリーはついに、キレた。

「サラのコンサートでテロ予告を書き込んでやったんだ」

 驚くべきことにそれも、ほとんど反応がなかった。「釣り乙」と「通報しますた」が一件ずつ。

 て言うか、そこまでやって炎上しないスレっていったい。

「私だってやりたくなかった。でも、ここまでいったらやるしかないだろ!?」

 釣りではなかったが、まったく乙としか言いようがない。





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