Phase.7 ダイヤの送り主は
「そのダイヤはオークションに出てるわねえ。二か月前、五万ドルで落札されてる」
かたかたと我が事務所で自前のモバイルを操るアネット・モンテローズ。サイバーに強いスパイは、これだから話が早い。
「誰が買ったのか、分かるかい?」
「一般人よ。クレジットカードの記録から、特定してみる」
「違法行為なんじゃないですか、スクワーロウさん…」
コーヒーを持ってきたクレアが心配そうにこぼすが、これぞスパイと言うものだ。開けているのはうちのパソコンじゃないし、大丈夫だろう。
「…なんか危ないやつね。こいつ、仮想通貨で違法武器も買ってるわよ」
シャム猫は途端に眉をひそめて声を上げた。
「いかれたやつだ。僕のダイヤで、何をするつもりなんだ?」
「名前は分かるか。犯罪者か何かかな」
「お安い御用。すぐに教えてあげる」
シャム猫は、青い目をきらめかせた。
「名前はオークリー・ゴードン。ありふれた名前ね」
私もクレアも、名前だけでは気づかなかった。顔と名前が上手く、つながらなかったのだ。
「SNSにアカウントがある。顔が出るわよ」
シャム猫は、そのサイトにつなげた。男の顔が出た瞬間、私とクレアは、思わず声を上げた。
「あの会計士だ…!」
少し前、バーニーと酒場で飲んだあの観光客である。三か月前、引退したと聞いていたが、ベガスには本当に観光で来ていたのだろうか。あの様子から見ても、彼が不穏な動機をもって現れたとは到底思えない。
「なんだよ、知り合いか?」
「少しね。…連絡先を聞いておくんだったよ」
アネットが出してくれたリストをみるにつけ、彼はすでに武器を手にしているはずだ。ありえないと思いつつ私は念のため、聞いてみた。
「まさか、居場所は…?分からないよな」
「分かるわよ。スマホが変わってなきゃね」
アネットはあっさりと、スマホのGPSをハッキングしてみせた。
「ホテルね。この近くだと思う」
私は所在を確かめた。ゴールデンビーバー。サラのステージがある会場のすぐ近くのホテルだ。
ホテルへ向かうと同時に、私はダド・フレンジーに緊急手配を頼んだ。
『オークリー・ゴードンは、失踪届が出ていたぞ』
大量の武器を所持していると聞いて、ダドも声色が上ずっていた。
『三か月前、ニャーヨークの自宅から急にいなくなったそうだ』
通報したのは、様子をみにきた娘だと言う。すでに妻に先立たれ、一人暮らしが長かった、と言うのだ。
「仕事を辞めた日に、退職したんだな」
「彼もまた、新しい人生か」
ジェイムズは肩をすくめたが、笑い事じゃない。
「そうだな。笑ってられないな。アニーによると、武器はこのベガスで受け渡しを行っている」
春先の冷たい風が吹きすさぶ中、ゴールデンビーバー周辺は、コンサートの客でごった返している。
「果たしてパトカーが間に合うでしょうか?」
ホテルにたどり着く前、クレアはフロントに電話して急ぎ、該当客を探してもらっている。
「恐らく、サラのコンサートで何かする気だ」
ダイヤの贈り物を無視された腹いせだ。つくづく思うが、なぜ気づかなかったのか。
「まさか電話を置いて、もう会場に入ってるってことはないよな?」
ジェイムズの言葉に、私は一瞬固まった。コンサートテロなら、最悪の事態を想定しなくちゃならない。
「コンサート会場には、武装で入れないわ。同時多発テロ事件以降、セキュリティが強化されたから」
アネットの推理は正しい。オークリーが買った銃火器は、ハンドガンだけじゃない。身体に身に着けて隠しおおせる類のものではなかったのだ。
「…ライフルには、銃身を固定するサイドパーツの注文もあったな」
そこで私はぴんと来た。射程距離から考えても、銃撃を行うのはコンサート会場ではなくて、どこか近隣の建物からだ。
「スクワーロウさん、部屋が分かりました!何日も前から、大きな荷物を持ち込んだ、オークリーらしい客が逗留しているらしいです」
私は部屋割りを聞いた。どんぴしゃだった。その部屋からなら、コンサート会場すべてが見渡せる。
「サラが出るぞ」
ジェイムズがワンセグの映像を、見せてくる。サラがステージに立つ。もう一刻の余裕もない。
「私が責任を持つ。警察を待たずに乗り込もう」