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Phase.5 差し迫る直感

 さて一日がかりだったが、出張した。

 シモンズが入っているのは、イーグルレイク湖畔の山の中にある介護施設だ。いわゆる資産のある人が入るグループホームで、入居者は比較的軽度の介護レベルの人間に限られている。シモンズはそこで、悠々自適の老後を送っているのだそうな。

 受付で名刺を出すと、すぐに面会が設定された。家族以外の面会は難しいとのことだったが、ヴェルデの名前で一発だ。やはり持つべきは、方々にコネを持た狸の知り合いである。


「よく来たな。私のことなど、すっかり忘れたと思っていたが」

 山羊のシモンズは縦長の鋭い瞳で、私をぎろりと見つめた。この老人の癖で、怒っているわけではない。顔は笑っていないが、むしろ機嫌はいい方だ。たぶん。

「忘れてないさ。何しろ過去で食いつないでいく、因果な商売でね」

 私は途中で買ってきた葉巻のセットを、シモンズに贈った。私の記憶が確かなら、シモンズの趣味だ。老人はすぐに小さなナイフを取り出すと葉巻をフラットカットにして吸った。大分久しぶりだったらしく、礼を言われた。クレアにぶつくさ言われながら散財した価値があると言うものだ。

「実は今、仕事でジェイムズの事故死の件を調べてる。亡くなったとき、彼は新しい秘書と一緒だったとか」

 私が口火を切ると、山羊は深いそうに鼻を鳴らした。

「あの雌猫か。…御曹司は、乗せられやすくてね。それで私が困ると言うわけじゃなかったが、随分冷や冷やさせられたもんだ」

「冷や冷やさせられた?」

 山羊は紫煙をくゆらせながら、肩をすくめた。

「御曹司は新しい刺激を求めていた。私と先代の枠の中でする仕事に、ずっと不満を持っていたわけだな。コストのわりに、もうけも少なくなっていた。それで新しい世界に目覚めた」

「ネットビジネスの話は、知ってるよ。上手くいかなかったんだろ?」

「ある意味では。だが、あれも中々悪いもんとは言えん。沢山の出会いを、提供してくれるからね」

 内心、私は首を傾げた。どうもシモンズの言うことが要領を得ない。

「正直なことを言うと、私はせいせいしている。私も見ての通りの骨董品だし、がらくたの山に捨てられるよりは、居場所があった方がいい。御曹司の選択は、間違ってはいないよ」

「選択?さっきから、あんた何を言ってる?」

 ついに、私はその疑問を口に出した。

「ジェイムズは、死んだんじゃなかったのか?」

「そうだ。ふふ、確かにそうだったな」

 老人は美味そうに葉巻を吸いながら、嬉しそうに笑った。むせていた。もしかしてじいさん、やっぱりまともじゃなかったのか。

「スクワーロウ、驚くべきことが起こるよ。ずうっと誰かにこの話がしたかったのだ。よく、ドアを開けてくれた。ありがとう、私を訪ねてくれて」

「あっ、ああ、シモンズ。私もあえて嬉しかったよ」

 昔は笑ったのをみたことない老人だ。正直、薄気味悪くなってきた。


『ジェイムズ・ダーヴァニーは生きている?本当ですか!?』

 クレアは、私の直感を聞いてやはり驚いたようだ。

「もちろん、確証をつかんだわけじゃない。…じいさんがぼけてないかどうかも心配だが、どうもあの口ぶりではジェイムズが死んだ、と言うニュースは怪しい」

「えっ!と言うことは、どう言うことなんでしょうか?」

「つまり事故は計画的になされた可能性がある、と言うことだよ。恐らくはあの老人も一枚噛んでいる。…悠々自適な老後はその報酬だろう。もともと、抜け目ないじいさんだったからな」

 しかしなぜ、今まで怪しまなかったのか。ヴェルデが先代からのビジネスから手を引き、ジェイムズが裏の仕事から、完全に離れたからか。私たちの目は、ジェイムズの消息から長い間、離れていた。だがあの老人の話が本当なら、彼は見つけたのだ。自分が活躍できる新しい世界を。それがネットビジネスでないことは、はっきりしたが、何しろ不穏な匂いがする。

 私の直感が正しければやつは、捨てた。ジェイムズ・ダーヴァニーであることすら。そして時を置いて今、サラへのアプローチがあった。自らは姿を消しておいて、過去からの突然の贈り物だ。

(これはどうも、きな臭い匂いがしてきたぞ)

 私はのどかな湖畔の風を浴びながら、しばし考えた。景勝地のナッツはとびきり美味しいが、そろそろ地元のナッツが食べたくなってきた。

「クレア、夜にはベガスへ帰る。君は、ジェイムズの失踪直後の動きについて調べてくれ。出来る限りでいい。分かったね?」

 私はクレアへ簡潔にすべきことを告げると、電話を切った。思ったより、事態は急を要する。どこかで見えないジェイムズが、サラに迫っている危険性があるのだ。サラにはあれから何度も着信したが、まだ折り返しがない。

 私は急いでハイウェイを飛ばした。

(困ったものだ)

 もう昼過ぎだ。この分だと、ベガスに着く頃には陽が暮れてしまうだろう。じりじりしながらアクセルを踏みしめていると、ラジオではちょうど、サラの新曲が掛かっていた。ヴェルデのホテルで夕方、コンサートが行われるらしい。クレアが行きたがっていた。大がかりな野外ステージだ。

 余計なことは考えたくないが、歌姫に何かあったら。

(間に合ってくれ)

 私は頬袋を膨らませた。





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