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Phase.3 蘇る醜聞

 さしあたり事務所に帰ると、私は資料調査から始めた。何しろとっくの昔に過去になってしまった男だ。凋落(ちょうらく)してしまった富豪の面影をとどめておけるほど、リス・ベガスは寛容じゃない。何も調べず闇雲に外へ出ても、迷子になるだけだ。

「わっ!なんですかスクワーロウさん、これ…ダイヤモンド!?」

 私がサラから預かってきた大粒の団栗ダイヤをころりと投げると、クレアは肉球が火傷しそうな顔でそれを受け止めた。

「ただの骨董品(こっとうひん)だよ。その宝石以上の価値は、もうない。今のサラにとっては、欲しければチョコレートを買うみたいにいくらでも手に入るものだ。ダイヤは値崩れしてるしね」

 と言っても売れば、数十万ドルにはなるだろう。これが本当にジェイムズ・ダーヴァニーのものだと仮定しての話だが。

「ウェブで情報を漁ってくれ。どんなものでもいい。ダーヴァニー家の話を」

「あ、はい!スクワーロウさん、あのサラ・ヴェスプッチのところへ行ってたんですよね?このダイヤはサラのですか?」

「さあな。欲しければ、くれるとさ」

「えっ、冗談ですよね今の!?」

 まだ話を飲み込みかけていないクレアをしり目に、私は地下の資料庫に降りた。クレアが処分してなければだが、ジェイムズに関する案件は、ひとまとめのファイルにしてあるはずだ。

 あの男からは、凶悪な密輸業者やギャングがらみの危険な仕事がいくつも、持ち込まれた。ジェイムズ自身、狙われたことだって幾度となくあった。そんな自他ともに認める危険な富豪が、歌姫の卵に惚れたのだ。公になっていないが、当時の一大スキャンダルである。

 ファイルはすぐに見つかった。まあ、これだけ重要のシールが貼ってあれば、クレアもまさか棄てたりはしない。にしても付箋や書類を飲み込んだファイルは、不格好なハンバーガーのようだ。ジェイムズに関する案件だけで、どれだけ仕事があったかが偲ばれる。当時はこのファイルに、不眠不休で首ったけ、などと言うこともあったのだ。

 目当ての写真はすぐに見つかった。

 ジェイムズは、房の大きな尻尾を持った堂々のキタリスだ。毛並みとルックスの良さは折り紙付きで、なびかない女性はいなかった。サラ・ヴェスプッチは、貴重すぎる例外だ。


 サラからジェイムズを引き離すのには、苦労した。人の色恋沙汰にくちばしを挟むのはもちろんハードボイルドとしては趣味じゃないが、仕事なら仕方ない。ノワール・タッソはジェイムズが闇の仕事を滞らせるのではないかと、やきもきしていたのだ。

「分かったよスクワーロウ。みっともない真似だけはやめる。それでいいだろ?」

 確かジェイムズは最後にはこう言った。

「僕は贅沢(ぜいたく)を言っている。手に入らないものが、欲しくなる。そしてそれはサラじゃなくてもいい。手に入らなければ。君はたぶん、そう思っている」

 私はそれに反論しなかった。誰もが思っていたことだ。この富豪の気まぐれは、いつか取り返しのつかない悲劇を呼ぶ。ともかく身を退いてもらう以外の選択肢はないのだ。

「でも、僕は本気だ。君は信じてくれないだろうがね。だから、待つことにした。五年でも、十年でも。幸い彼女は先の読めないエンターテイメントの世界の住人だ。近い将来、彼女が何か困るようなことがあれば僕は全力で手を貸すし、それによって僕の気持ちも伝わる、と言うことは、あるだろう」

「どうかな」

 私は言ったが、この時点では、ありえないとは言えなかった。サラはビアンカの経営するバーで働きながら、歌のレッスンに通ったり、各社のオーディションやコンペに応募しては落ちる、を繰り返していたからだ。しかし結末はジェイムズの思い通りにはならなかった。

 サラのスターダムは、驚異的な速さで確立された。

 成功するにつれて、サラはジェイムズの接近をますます恐れるようになった。業界に顔が利きだしてきて、ジェイムズが持つ暗黒の部分の巨大さに、目がいくようになったのかも知れない。サラがこの街に来るたび、私を呼び出すようになったのは、それからのことだ。私との約束を守ってジェイムズは、積極的な行動には二度と出てはこなかった。サラの警戒心はずっと、取り越し苦労で終わったのだ。そのうちジェイムズの死が伝わり、この件はすっかり終わった、そう思っていたはずなのに。

 ファイルの終わりには、ジェイムズの死亡記事がきちんと挟んであった。日付は三年前だ。なんと自動車事故で亡くなっている。

(ジェイムズは病死じゃなかったのか…)

 どうやら、最初に手をつけるべき場所は決まったようだ。



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