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Phase.2 歌姫からの依頼

「いつもの依頼よ、スクワーロウ。…五年ぶりね」

 ホテルビアンカ、プレミアムスウィート。パームストリートが一望、一泊一万五千ドルなり。

 ほどなく私は、VIP待遇の依頼主を迎えた。まさかとは思ったがサラ・ヴェスプッチは、私のことを忘れていなかった。電話は紛れもない本人であり、話し方も笑い声も昔とまるで変わっていなかった。

 無論、流れるべき時間は流れ、サラは劇的に進化し続けている。デジタルモニターに映る全米一の歌姫は、鍛え上げられたエンターテイナーのボディに、セレブのオーラをまとっていた。彼女は今や、世界で最も稼ぐシマリス。もちろん冬眠は無しだ。

「時間は誰にも平等だ、とは、言わないがねサラ」

 私は、コートについた雨粒を気にしながら、答えた。

「君にとっては、差し当たって満足な結果が続いているはずだ。今さら街のけちな探偵を雇う必要はないんじゃないのか」

「いいえ、駄目よスクワーロウ。それは、あなたでなくてはならない。あなたとわたし。そして彼の問題だった。それは永遠によ。その約束のはずだったでしょう?」

 ダイニングバーにいたサラは手慣れた手つきでマッカランの水割りを作ると、私の目の前にグラスを置く。バーテンも大スターなら、マッカランもただものじゃない。なんと八十年物。こんなもの飲まされたら、値段を聞く前に心臓が停まってしまう。

「贈り物が来た」

 サラは苛立たしげにため息をつくと、自分の話を続けた。

「このホテルに、宛名もなくね。彼らしい気障なやり方でしょう?」

 サラは私の手に何かを握らせた。何かころころなもの。団栗(どんぐり)にしては、温かみがなさすぎる。それはマカダミアナッツ型にカットしたダイヤモンドだった。私は頬袋を膨らませて、軽く口笛を吹いた。

「これは懐かしいな。すでに、骨董品の範ちゅうだよ」

「ダーヴァニーの名前はすでに聞かなくなったと、あなたは言った」

 詰問するサラに、私は噛んで含める口調で、答えた。

「ダーヴァニーの名は、過去の遺物だ。ノワール・タッソも死に、息子のヴェルデが、一家を束ねるようになって久しい。ダイヤモンドのルートは、壊滅したんだ」

「じゃあ、このダイアモンドは?」

 サラ・ヴェスプッチは怪訝そうに眉をひそめた。

「さっきも言った。ただの骨董品。それ以上でも以下でもない」

 私は肉球で、食べられないナッツをもてあそんだ。

 ジェイムズ・ダーヴァニー。ある時代は、黒い貿易商と呼ばれた。そもそもは植民地の時代から続く、古き良き闇のビジネスだ。

 ジェイムズの先代からダーヴァニー家はノワール・タッソはじめギャングたちと結びつき、莫大な財を蓄えてきた。取引の主な材料はダイヤモンドと砂糖であり、ジェイムズがまだ若い頃、取引は最盛期になった。彼の父親が、ノワールと作り上げたブラックマネーのロンダリング機能が、フル稼働していたのだ。

 不動の財閥を作り上げたかに見えたダーヴァニー家だったが、時流とともに崩落した。ノワール・タッソ投獄による失脚がやはり、大きかった。まだ若き当主のジェイムズは、岐路に立たされ、流行りのインターネットビジネスに大きく(かじ)を切ったのである。

 そこから先は説明するまでもないだろう。ジェイムズは代表を解任され、ほどなく入院した。長年の無理が祟ったらしい。そして不幸にもそのまま亡くなったと聞くが、ニュースはほとんどそれを報じなかった。なので単純な病死か、自殺なのかすらも伝わっていない。かつてのリス・ベガス財界のプリンスにも、時の流れは無情だ。

「ジェイムズは本当に死んだの、スクワーロウ?」

「『地獄の果てまで君に、付きまとってやる』と言われた君が穏やかでいられないのも分かるが、ジェイムズは死んでいる。今頃、君の唄声も届かない場所にいるはずだ」

「じゃあこのダイヤを、わたし宛に送ってきたのは?」

 私は黙って、肩をすくめた。

「なるほど、説明がつかない。だが探偵を呼ぶような事案じゃない。ジェイムズの死は、ニュースでも検索すれば誰にでも、確かめられる」

「ニュースでは教えてくれないことを、知りたいのよ。この街のことなら、あなたはネットニュース以上でしょう?」

「仕事と言うなら、引き受けるしかないよ。だが、私が与えられる以上のものを、期待されても困る」

「その心配はいらないわ。あなたはいつも、期待以上のものをわたしにくれたじゃない」

 そんな覚えはない。私は黙って、肩をすくめた。

「変わってないのね、スクワーロウ。そんなあなたに、また会えて嬉しかった」

 サラ・ヴェスプッチは、百万ドルに価値が上がった微笑をたたえた。






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