【夢】と傷痕
語彙力が足りない。
【忘れるな】
声が聞こえた。ブラッホールみたいに黒く、深い処から俺に忠告する声。どこか懐かしさを感じさせられる声。
【お前を望んだものはお前を置いて消えていく】
知ってる。何回もそうだった。父さんも母さんも師匠だった老人も、俺を置いて先に死んでいった。
【お前は生涯孤独であるのだ】
知ってる。それでも変わらず俺のそばにいてくれた人たちに手を伸ばす。それしか知らないから。
【救えども助けども、お前が報われることはない。されど、足掻かねば責められるのはお前だ】
知ってるよ。もう、何回も聞いた。何回も見た。大切な人が目の前で死ぬのも、護るべき友が目の前で殺されるのも、数え切れないくらい見てきた。それに、お前は何度も俺に言うじゃないか。忘れるなと。鎖のように俺を縛める。
【足掻き続けろ!もがき続けろ‼︎お前の苦しみは永劫であり、それこそがお前の根源である‼︎】
もう聞き飽きたよ。お前は何時も同じ事しか言わない。代わり映えのないつまらない存在だ。
だからもうやめてくれ。わかってるから、聞き飽きるほど聞いてきたから、この後に起こることなんて無くなってしまえばいい。
【夢忘れるな。貴様が望んだ人間は必ず不幸になる】
パッと光景が切り替わる。この夢と同じように何度も見た光景、嫌になるほどの哀しみの記憶。
装甲を施された車とそれに乗り、ライフルを構える男たち、逃げようと必死に足掻く12〜15歳の子供達。そして植物で作られた様な異形の怪物。
守りたかったもの、守れなかった友人、ああ、お前は本当に悪趣味だよな。俺を苦しめて楽しんでいる。
ライフルで撃たれ、苦痛を顔を歪める少女、怪物に捕まり、涙目でもがく少年。
そしてそれを見て俺はーー
【お前はもう、人では無いのだから】
大層愉快だと言わんばかりの笑い声が聞こえた。
***
嫌な夢を見た。
自分が人とかけ離れたモノになったと理解したのは、中東の内戦に巻き込まれた時だった。俺はそこに魔物と呼ばれる異形を使役する、魔物使いと呼ばれる人間を探しに行った。
当時まだ13だった俺は多くのものを知った。初めて知る戦争。相容れない思想の成り果て、初めて知った本物の飢え。鼻から離れない血と硝煙と腐肉の匂い。
俺はそこで数人の少年少女と出会った。彼らは地獄の様な世界で銃を握って戦っていた。生きるために、家族を守る為に。俺は彼らと行動を共にした。誰かを守る為に戦うのは俺の願うところだったから。
そして彼らと過ごして1週間が経った時、彼らは死んだ。
夢で見た様に魔物使いの魔物に襲われたり、敵対勢力の奴に殺されたりと過程は色々だったが、最後にはみんな死んだ。俺の目の前で。俺は1人だけ死ななかった。死ねなかった。
鉛玉を心臓にたらふく食らわせられ、魔物に半身を喰われたのに、俺は無事だった。
俺が敵を殺しきるまで、俺は殺され続けていたのにだ。
「イツキ様?」
隣のベッドで寝ていたリリアが目を覚ました。
「泣いているのですか?」
この夢を見た後は必ず俺は泣いている。痛みや傷を思い出してか、それとも彼等の死を慈しんでかは俺自身分からない。ただ、そうなるのが自然だとでも言うように涙が流れるのだ。
「ちょっと嫌な夢を見ただけだ」
懐かしい、哀しい夢だ。救えなかった友、彼らは最後まで気高く美しかった。
「我々は」
リリアさんが唐突に口を開いた。どこか決意を感じさせる瞳だ。
「私はイツキ様の側に居ます。もしも世界が貴方を殺そうとしても、私は貴方の側に居ます。今決めました」
ああ、そうか彼女は夢魔だった。俺の夢を見せてしまったのかもしれない。どこまでも暗い場所で、何処までも地獄の様な場所で、確かに生きていた友と俺。
最期には死に別れてしまったが、俺たちは確かにそこにいて、確かに家族だった。
「私だけではありません。これから生まれてくる神造女神、それにバルトフェルド卿に魔王様。彼等も貴方の事を大切だと思うことでしょう」
随分と心配させてしまった。
「ありがとう」
なんで魔王配下はクズが居ないのだろうか、これじゃあこっちに肩入れしたくなるに決まっているじゃないか。
「それでは朝食に向かいましょうか。確か宿の隣で食堂が経営されていたはずです」
平常運転に戻ったリリアが部屋を出た。俺も身体に力が馴染んだのを確認し、その後を追いかけ、宿屋を後にした。