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そして彼は【悪】になる  作者: 徹夜明け午後3時半の憂鬱
序章 【悪】が生まれた時
8/22

人の街で過ごす1日

 魔族の国を出てはや1日、見渡す限り広がる人の波を見て、思わず溜息をこぼす。


「人混みは嫌いだ」


 右を見ても左を見ても人、人、人。お祭りのように人がごった返している。

 歩くのが億劫になってくる。


「一応神のお膝元ですから、諦めて歩いてください」


 独り言だったのだが、同行者にはしっかりと聞こえてしまったらしく思いっきり注意された。

 俺たちは今、エピク山の麓にある街、公商都市ルーシュアに来ている。もともと美の女神である女神ルチアは、芸術家の信仰の対象であり、また、彼らの作品を売る商人にとっても信仰の対象なのだ。


「リリアは人の多いところ慣れてるの?」


 ちなみに、リリアとはタメ口で話す様になった。敬語はやめてほしいと言われたからタメ口になった。


「慣れてはいませんが、これまで見たこともないほど人が多くてちょっと新鮮な感じですね」


 普段いる暗き土地シューオルに純粋な人型の生命体は少ない。魔族はみんな巨大だったり、流動系だったりと多種多様な姿を持っているからだ。


「それにほら、あっちでは魔術書、そっちでは魔道具と色々なものが売り出されてますし。イツキ様も好きですよね、魔術書」


 魔術書、この世界で魔術を覚えるために使う教科書のようなものだ。これは魔術師の適性と才能を開花させてくれるものらしく、素人でも読むだけで簡単な魔術を使えるのだそう。当然魔術を嗜む者としてはまるごと買って調べ尽くしたいが、あいにく金の持ち合わせも無く、それが出来ない。旅の金は全てリリアが管理してるしな。


「そんな哀しそうな顔をしないで下さい。後で私が持っているものをお貸ししますから、今は取り敢えず任務に集中してください」


 女神ルチアが降臨したという話はまだ出ていない。神が降臨した時は必ず降り立った地に光の柱が立つそうで、今のところそのような話は聞こえてこない。


「では後で見せてね。俺は一回神殿に行ってみるよ」


 意識を切り替える。

 下見は大事だ。特にエピク山の神殿はアイツらの本拠地だ。必ず潜入する機会はある。幸いなことに神殿は一般開放されている。向かってみてもバチは当たらないだろう。


「私は宿を取っておきますね。宿屋が並んでいるのは東の地区らしいので終わり次第そちらに向かって下さい」

「了解した」


 さて、神殿に向かうとしよう。


 ***


「なんでこうなっちゃうかなぁ」


 身体から血を流している20代くらいの鎧姿の女性の傷を癒しながらぼやいた。

 神殿に行ってみたは良いものの、神殿内で迷子になった、もとい内部の位置把握をしていたら彼女が運ばれてきた。肩からパックリと斬られひどい怪我だった。なんでも模擬戦をしていたら真剣で傷付けられたらしい。


「おお、神の奇跡だ…」

「癒しの神の様なお方だ」

「なんとも神々しいお姿をされている」


 神じゃなくて、魔王の刺客です。そう言ったらどんな反応をするのだろうか?少しきになるな。


「…ここは?私は何を…」


 女性が目を覚ました。


「お目覚めですか?それは良かった。貴方は実に運がいい。俺がここに来てすぐにこの神殿に運ばれてきたのだから」

「貴殿は何者だ」

「イツキです。しがない治癒魔術者です」


 治癒魔術者は一応神殿やそこに使える神父や司教、修道士達が使える。だからまたの名を神聖魔術。だけど100パーセント秘匿されているわけではなく、医者や、治癒魔術を使うのに適性が高い奴は使えるらしい。


「それはありがたい。私はルージュ、ルージュ・フォン・ルーシュアだ。一応この都市を管理する貴族という訳になる。イツキ殿には礼をせねばならん。今度私の邸宅に来てくれ」


 なんと、この国は貴族制だったらしい。絶対王政なんだろうか?


「いえいえ、癒した方が元気なのが俺にとって何にも変えられない礼品です。なのでどうぞお気になさらず」


 この街の貴族とか絶対に争いになる予感しかしない。俺はこれから女神ルチアに会いに行く。そして場合によってはそのまま殺し合いになるかもしれない。そんな奴に感謝をする必要なんてどこにも無いのだ。


「おお、貴殿は本物の聖人であるか。ならば私の礼など不要であろうな。だが、それでは私の面子に関わる。だから貴殿にはこれを渡そう」


 そう行って渡されたのは小さなメダルだった。家紋の様なものが描かれている。


「貴族がらみで困った時はそれを見せると良い。貴殿の腕なら抱え込もうとして馬鹿なことをしでかす貴族が多いだろうからな。それがあれば安心だ。…ああ、後、それがあれば神殿の奥にも入れる。今、勇者様が深手を追っているらしいので是非見てもらいたい」


 最後の部分は俺にしか聞こえない様に言っていたが、なるほど、勇者も治せと、なかなか抜け目がないな。いや、治さないけど、というか治せないけど、だって普通に寝てるだけだし。


「では、俺はこれで失礼します。御礼の品ありがたく頂戴いたしました。今後数日は安静にするように」


 それだけを言って神殿を出て行く。人目につき過ぎた。だがまあいくつか収穫もあったし、結果としてはプラスだろう。

 俺は軽い足取りで宿屋街に向かった。


 ***


「申し訳ありません‼︎」


 宿屋の一室で俺はリリアに頭を下げられていた。


「部屋が『一室』しか空いてなくて、私も同室にさせてしまうとは…」


 俺はむしろウェルカムなので、謝られるいわれはない。というか過去に何回も異性と同じ場所で寝ているので、今更自分を見失うこともない。

 それにベットは2つあるのだからどこにも問題を感じられない。

 旅人がいちいちそんな事を気にしていてはいつかどこかで躓く。


「俺は別に気にしないけど、逆にリリアは気にしないのか?」

「私は夢魔なので、寝ている人の近くにいるとほぼ無意識的に精気を吸い取ってしまうんです。私も、起きてる間は抑えられるのですが、寝ている時だと流石に…」


 精気を吸い取り、俺が疲労する事を怖れているのか?だとしたら無駄な心配だ。


「ルチアの降臨に備えて、少し封印を弱めるつもりだったから、多少精気を吸われたところで弱ったりしない。だから安心しろ」


 対神秘用秘術、《奈落の鳥籠》母の血族の秘術の1つだ。全ての生物が持つ、霊的エネルギーを、抑え込む魔術で、本来は幻獣などの巨大な霊的エネルギーのみしか対象にできない。だが、神族なら幻獣を大きく超える力を持っている筈だ。だからこそ《奈落の鳥籠》は使える状態にしなくてはならない。

 そして、それは普段の俺では使えない。せめて普段の100倍程度、10パーセントは力を解放しなくてはならない。


「第1の戒め、煉獄の焔の鎖を取り除かん《開錠せよ、我に集まれ》」


 力が溢れ出るのを感じる。


「では今日は休むとする。力が完全に馴染むまで少し時間がかかるからな」


 呆けているリリアに背を向け、俺はベットに飛び込んだ。

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