第62話 二つ目の村に到着
甲野は早朝に《亜空間》から出た。陽はまだ完全には昇ってはいなく、行商人やタリタス達もまだ起きてはいない。甲野が抱えているバステトもまだ眠っている。《亜空間》での地図を見ると、辺りにはキマリスの使い魔が甲野達の周りを囲むように配置されている。つまり、昨日の強制鍛錬は現在もまだ続いているのd。この時、既に16時間以上は続いている。
地図の表示範囲を広げてみると、辺りに魔物一匹も居ない。ゴブリンやホーンラビットの一匹すら居なかった。
甲野は眠っているバステトを幌馬車に置き、薄手の毛布を上から掛ける。すると、むにゃむにゃと毛布を巻き込みながら、抱き枕のように毛布を抱きしめる。甲野はその様子に苦笑しながら、バステトの頭を軽く撫でると、その場から離れた。数分程歩くと街道がある場所に出た。
「おぉ、綺麗な朝焼けだな」
甲野は遠く見える森の方から見える朝日を見て言う。少し肌寒いくらいの気温だったのが、太陽のお陰で丁度良く暖かくなる。陽を浴びながらググッと背伸びをする。肩や背中がボキボキと音を鳴らす。
「……ふぅ」
流石に地面で眠ってたから身体が固まってるな。けど、あそこは中々良かったな。王都に着いてから、色々とやってみるか。
甲野はそんな事を考えながら辺りを見渡すと昨日は気が付かなかった、とても大きな岩が街道を跨いだ向こう側にあるのをを見付けた。
「……ちょっと登ってみよ」
甲野は散歩がてら大岩の方へと歩き始め、数分程で大岩の近くまで着いた。大岩を見上げると、恐らく高さ10m以上は優にあるだろう。大岩には苔が生え茂り、更に小さな木が生えていた。
甲野はそんな大岩の周りを歩きながら、登れそうな場所を探す。甲野のステータスならわざわざそんな事をせずとも、魔法で足場を作り、跳んで行けるのだが、そんな気分では無かった。
反対側に回ると、凹凸が激しくなっている箇所があるのを見つけた。試しに足を掛け、力を入れてみるが崩れる気配は無い。甲野はそのまま、ロッククライミングの要領で大岩を登ってゆく。
ちなみに甲野はロッククライミングの経験など無い。精々、小さい頃に木登りや傾斜のきつい山を登ったりした程度のものだ。しかし、高ステータスのおかげで難無く登る事が出来る。チート様様である。
ゆっくりと登っていたが、ものの10分で大岩の頂上へ到達した。大岩の頂上からかは、辺りの景色を一望でき、朝日が大地を照らしており、大変な絶景であった。甲野はその絶景を眺めながら、その場に座り、ゆっくりと息を吐く。
「絶景かなぁ、絶景かなぁ」
やっぱり、こういう景色の時に言うべきなよな。後は季節が真冬であっついブラックコーヒーさえあれば完璧なんだけどなぁ。
甲野が一人、そんな事を思っていると突然、いきなり辺りが真冬の深夜のように凍えた。吐く息は一気に白くなる。
「さぶっ!」
甲野は突然の寒気に思わず身震いをする。すると、今度は甲野の側に湯気の出ている、熱そうなコーヒーが入ったマグカップが現れた。
「……」
マグカップを持ってみると、見た目同様にとても熱かった。飲むと、中々に苦く、酸味のある、とても美味しかった。
「……ゴリアテ、心読んだろ」
『何でしたら、甘い物でも出しましょうか』
甲野の言葉に、何も無い空間から声がした。その声は勿論、甲野の使い魔で、いつの間にか執事的役割になっているゴリアテだった。
「……頼む」
すると、マグカップが置かれていた側に細長い、陶器の皿が置かれる。その皿には小さなパンが5個置かれている。甲野はその小さなパンを手に取り、二つに割って見ると中に入っていたのは餡子だった。
「餡子なんて売ってたか?」
『作りましたので』
「あ、そうですか」
甲野はそれ以上何も言わず、ミニアンパンを食べた。餡子はこしあんだった。とても滑らかな舌触りで品の良い甘さで、酸味のあるコーヒーと良く合った。
「……美味いな」
『それはどうも。何でしたら雰囲気造りに雪でも降らせましょうか?辺り一面に積もるくらいに』
「……雪は自然に降ってるのを見たいからいいわ」
『際ですか』
甲野もゴーレムのゴリアテもサラッと言ってはいるが、辺り一面、およそ数km以上はある範囲に積もる程の雪を降らせるなど、高位の魔法使いとて一人で行うのは不可能に近い。しかも、それを行うのがゴーレムというのだから、ますます不可能である。ただ、それが甲野のゴーレムならば可能である。やはり規格外だ。
「さて、もう少し、のんびりするか。タリタス達もまだ起きてないみたいだしな」
甲野はそこそこの距離がある、野営地を見て言う。それにゴリアテも同意する。
『えぇ。あの様子ですと、あと20分程は起きないでしょうから』
「そう言えば、餡子を作ったって言ってたが、小豆なんてあったか?」
『えぇ。エルヴィンの街に売っていました。店主も試しに仕入れたようなので、格安で売っていました』
「そうなのか。人型の身体でも造ったのか」
『いえ、キマリスから部下を借りました』
「あぁ、成程。そう言えば蛇退治の時に見たけど、キマリスの部下は殆ど、人と同じ姿をしてたもんな」
甲野は倉庫の《亜空間》から煙草の入った小さな木箱を取り出し、中から煙草を一本摘み、口に咥えた。
そう言えば、何かこういう雰囲気で煙草咥えると、ヤクザの組長が煙草を咥えてすぐに若頭が火を付ける雰囲気があるよな。
そんな独り言に近い妄想をしていると、突然目の前に小さな火が灯った。それこそオイルライターの火と同じ程の大きさの火だった。
「……」
『どうぞ、組長』
「……また読んだな」
甲野は少し呆れながら、煙草を咥えながら火を付けた。
『何でしたら、桜でも咲かせましょうか?辺り一面に』
「……桜はまた別の時に頼むわ」
『了解しました。コーノ組長』
「組長は止めろよ」
「今日は二つ目の村まで行くみたいだな」
「そうらしいのぉ。順調に行けばの話じゃが」
甲野は幌馬車の中でのんびりと寝っ転がっていた。あの後、起きたタリタス達と軽く朝食を取り、そのまま今日の護衛の打ち合わせをしてから、すぐに出発をした。行商人曰く、順調に行けば昼頃には二つ目の村に着くらしい。
タリタス達は人数は先頭の荷馬車に二人、後ろの荷馬車に二人と人数の配置は昨日と同じだが、今日は先頭にセンボとコリー、後ろにタリタスとロシックと逆である。そして、甲野の幌馬車は最後尾という配置になっている。タリタス曰く、なるべく色んな状況に対応できるようしたいらしい。とても向上心があって良い事である。
「ところで、今回の訓練はどうだったんだ?」
「……思い出さんといてくれ」
甲野の質問にブエルは溜め息混じりに俯いた。
「まぁ、それで何となく分かったわ」
「にゃにゃ」
甲野の真似をして、バステトは器用に直立で前足を組み、うんうんと頷く。甲野は自分の真似をするバステトを、寝っ転がりながら撫でる。撫でられたバステトも嬉しそうにわちゃわちゃと撫でられに行く。
「ところで今日はどうするんじゃ?また《亜空間》の中に遊びに行くんかい?」
「いや、今日は馬車の中でのんびりする予定だ。《亜空間》は王都についてから、ゆっくりとやる」
「そうかい。という事はのんびり昼寝かのぉ。儂もそうしようかのぉ」
ブエルはのんびりお茶を飲みながら言う。
「ブエルが寝てたら、もろ死体みたいだな」
「儂は骨じゃからな。なら、死体のフリをして奇襲とかも出来るのぉ」
ブエルは楽しそうにカラカラと笑う。
「不死王の奇襲か。凄そうだな」
「中々、面白そうじゃろ」
「面白そうではあるけど、それをやる存在が規格外過ぎるだろ」
「それが面白いんじゃよ」
「まぁ、それもそうだけどな。まさか、それに引っかかった奴もスケルトンじゃなくて、不死王とは思わんだろうな」
甲野はそんな事を言いながら、ゴロゴロと転がりながら幌馬車の入口の方へと移動する。勿論、バステトも甲野の真似をして、転がりながら移動をしている。
「着くまで暇だし、魔法で遊ぶか」
「にゃ!」
バステトは、自分もやる!と前足を上げた。
「魔法の暇つぶしか。それなら儂もやろうかのぉ」
「ん?ブエルもやるのか?」
「あぁ。昔は魔法で色々と試したもんじゃからのぉ。ちょいと、久しぶりにと思ってのぉ」
「どんな事してたんだ?」
甲野は興味深々に訊く。甲野の質問に少し考えながら、ブエルは答える。
「大した事はしてなかったがのぉ。精々、召喚魔法や死霊術をやっとったくらいじゃの。後、錬金術も少しかじっとったのぉ」
「死霊術か。そう言えば、死霊術ってどんな事するんだ?」
「そうじゃのぉ……色々あるが、簡単に言えば死体に魂を定着させるんじゃよ。例えば、人の死体に魔物の魂を定着させると、人の姿をした魔物の完成じゃよ。死後すぐの死体なら、腐敗も無いから中々使い勝手が良いんじゃよ」
「それって、死ぬのか?」
「術者が未熟なら定着させた死体が多少損壊しただけで、魂が離れるが、儂くらいじゃと死体が完全に消滅せん限りは死なんよ」
「中々、凶悪だな」
甲野の言葉にブエルは愉快そうに笑う。
「ほっほっほ、お褒めに預かり光栄じゃな」
「けど、それって攻撃されたところって治るのか?死体だから治癒の魔法は効かんだろ?」
「そこは錬金術じゃよ。他の死体を一緒に錬金すれば、元通りじゃよ」
「便利だな」
「便利じゃよ。ただ、その代わり未熟な術者じゃと、逆に召喚した魂に取り込まれる危険もあるからのぉ。使い手は少ないぞ」
「成程な。やっぱり不死王って凄いんだな」
「にゃにゃ」
甲野が腕組みをしながら言っているのを見て、バステトの器用に二足歩行で前足を組み、真似をしている。
「ほっほっほ、コーノ様に言われると嫌味にしか感じんがのぉ。まぁ、一応、不死族の中では一応トップクラスの力はもっとるよ」
「キマリスはどうなんだ?」
「どっこいどっこいじゃのぉ」
「そうなのか」
「儂は上位不死者を幾らでも召喚出来るが、キマリスも上級魔法や使い魔を多く使うからのぉ。勝負は中々付かんのぉ」
「ちょっと見てみたい気もするな」
甲野は二人の戦いを想像する。
「特訓でよくやっとるからのぉ」
「周りの被害が凄そうだな」
「そこは大丈夫じゃよ。荒野と化しても、ザガン様が部下に訓練の名目で直させとるから。実際、かなりの魔力を消耗するから、良い訓練になるようじゃよ」
「一体、何を想定した訓練だよ……」
「さぁのぉ?儂にも分からんのぉ」
「そのうち、ブエルもやらされるんじゃないか?特訓終わりの追い込みの名目で」
「止めてくれ!なんかやらされそうで怖いわい!」
「はっはっは!」
「にゃっにゃっにゃっ!」
バステトが甲野の笑う真似をする。その後は引き続き、他愛もない話や魔法での暇つぶしをしながら、到着までの時間を過ごした。
そして、昼前。
「おーい!村が見えたぞぉ!!」
先頭の荷馬車の行商人が大きな声で後続の人間に知らせる。甲野も幌馬車から顔を出すと、遠くの方に微かだが、幾つもの建物が立っている場所が見える。
二つ目の村に到着である。




