Pr. 魔王を倒した勇者
「あぁ……、貴様の様な勇者に殺されるのも悪くない」
たった今、俺が斬り伏せた"魔王"が満足気な顔で呟いた。魔王を象徴するような黒いローブに身を包んだ、悪魔の様な相貌をした男。ソイツが俺に手を伸ばしながら言葉を続けた。
「そして、そんなお前の絶望に満ちた顔を見れて私は満足____
言葉を言い終える前に、魔王の首が跳んだ。俺が、斬り飛ばした。
"魔軍"に属する者の特徴である黒い血を、剣を振り払い周囲に散らしていく。赤色の血液と、黒い血液が混じった景色。
無言で空を見上げる俺を、真っ赤な夕日が照らしている。周りの俺が殺した敵。
そして、死んだ俺の仲間達の躯を。
全部終わった。勇者としての使命を受けて、約十二年。苦楽を共にしてきた味方。
俺と、一生の愛を誓ってくれた"シルフィ"。俺が好きな彼女の銀色の髪が、倒れ伏した為に赤と黒で染まるのが目に入って来る。
ゆっくりと近付いて、俺のポケットから出したハンカチで彼女の髪をぬぐい始める。
「……なんで、なんで綺麗にならないんだよ」
どれだけ拭っても、彼女の髪は元の色には戻らなかった。魔王を殺す為に枯渇した魔力では、浄化する為の魔法すらも唱えられない。
なにより、俺の身体が黒く染まっていた。百を超える魔軍を殺した俺の身体は、黒い血液により染め上げられている。当然のように、ポケットから出したハンカチも汚れていて。
俺が、彼女の髪を更に汚している事実に慟哭した。
細い彼女の両腕は、力を象徴していた魔軍の幹部に消し飛ばされたままだ。その顔の一部は、地面で何度も吹き飛ばされ転がされた影響か抉れている。
眼球も、片方がこぼれ掛けていた。戻らない、綺麗な彼女の姿に。
叫んだ、俺は一体何をしているのかと。
泣いた、俺は何を守りたかったのだと。
俺は、彼女の躯を抱きかかえ。使命を果たした剣を捨て、ゆっくりと歩き出した。
半刻もの間、歩き続けた俺は海の見える崖へと辿り着いた。
魔軍が占拠していたこの島に辿り着いたのは数時間前。
その時はまだシルフィも生きて、他の仲間も生きていて。俺達は笑い合っていた。
バカな事を言い合って、俺は、俺は_____
「俺もそっちへ、行くからな」
魔力を使い果たした俺の身体は一般人と変わらない。
彼女の躯を抱きかかえたまま、俺は崖から脚を踏み出し。そのまま遥か下方へと見える海へと____