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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter4:伝説の幕開け
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生と死の狭間にて

 ギアを上げた両者はにらみ合って動かない。攻め時を伺う鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)、それを迎え撃つべく身構えるペルセース。


 150センチほどの身長の少年と、その倍は大きい蜘蛛の間に流れる時間はさながら停止しているかのよう。微細な動きはあれども大きな変化は見られない。


(こっちからは攻めれない。どう攻めてくるか、それを見極めることにだけ集中しろ!)


 じっと動かない敵を前に、ペルセースは全身の汗腺という汗腺から大量の汗を拭きだしている。極限の集中状態、1ミリの動きであろうと見逃すわけにはいかない。


 対して鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は攻めあぐねていた。数度見ただけであるが、確実に目の前の少年は弱者なんかではないと分かった。彼の技はこちらの攻撃をいなす技であるということも。


 故に下手な攻撃をすれば、たちまち敵の反撃を受け、一気に不利になってしまう。かといって、攻めなければ敵の援軍が割って入るやもしれない。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。これについては鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は知る由もない言葉だが、ともかくまさに(ことわざ)の通りの覚悟を蜘蛛は抱いた。


「来る!」


 蜘蛛の脚が動いた。それすなわち、戦いの再会を意味する。ペルセースは警戒を最大に引き上げ、一挙一動に注視する。


 脚の動きは恐らく跳躍の前兆。あの巨体がジャンプするのかと驚きたいところであったが、それはぐっと抑えて目の前の出来事に集中する。


 そして腹部の動きも確認。これは糸を使用する前触れに違いない。予想はこうだ。鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は思いっきり跳躍して、そのまま空中で糸の鞭を使用、そのままペルセースを捕縛する。


 そうと分かれば、しのぐのは造作もないこと。鞭による攻撃が横薙ぎか縦薙ぎか、どちらにせよ先ほど失敗に終わった水剣流・渦潮封月(かちょうふうげつ)で躱すことができる。


 そのまま着地の瞬間を狙って、魔法攻撃で撹乱しつつ接近戦に持ち込めばいい。接近戦であれば厄介な蜘蛛の糸による攻撃は飛んでこない。


 勝った、そう思った瞬間だった。ペルセースの眼が違和感を捕らえた。


「腹部の動きが、俺に向けて攻撃してくる感じじゃない!?」


 予想だにしない行動をとろうとする鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)。しかし、ペルセースはこれに対応するだけの時間がなかった。


 再予測を試みたときには、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は上空へと跳躍し、その臀部をペルセースの側面辺りの樹木に向けていた。そこから糸を射出。地面を覆うほどの巨大な樹木は、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の巨躯を支える。


 振り子のようにして鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)はペルセースの真上にまで一気に詰め寄った。あとはもう簡単だ。このまま質量兵器足り得る己が肉体をぶつけるだけ。


 ペルセースの顔は真っ青になった。死が迫っている、いやそうではなく予想が外れたことに対するショックが最大の原因だ。


 自分の最大にして最高の武器、観察眼。これを信用できないとなったら、何を信じればいいんだ。切り札が通じなかったことは、そのまま有効打がないことを証明したかのようであった。


「頭を回せ俺!」


 しかし諦めない。こんなところで倒れてるようでは、英雄になるなんぞ夢のまた夢。たまたま通じなかっただけ。あくまで予想に過ぎない。過信しすぎるな。一つの手段に留めておけ、勝手に切り札にするな。


 己への戒めをたっぷりと味わい、ペルセースはすぐさま行動に出る。今から完全回避は難しい。なら、少しでもダメージを抑えるために行動すべきだ。


 鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)はすぐ上まで迫っている。もうコンマ一秒もしないうちに押しつぶされる。手を打たなければ。


水魔法(アクーラ)!」


 呪文が唱えられた瞬間、凄まじい爆音と共に、辺り一帯を土埃が覆った。とてつもない衝撃がペルセースを襲ったのは言うまでもない。


「ぐうぁぁ」


 苦悶に顔が歪む。しかし致命傷ではなかった。骨の3~4本は折れている気がする、だが戦闘不能というほどではない。まだ戦える。


 寸でのところで作った水の壁が多少なりとも、質量弾の威力を弱めてくれたが故だ。水王の剣(ディクテュス)がなければ恐らく命を落としていただろう。


 この剣で魔法の威力が上がっていなければ、今頃は全身の骨が砕けて鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の餌になっていたに違いない。


 その事実を噛み締め、この武器を創ってくれたドワーフの名匠アダスに心からの感謝をこめる。


「帰ったら、飯でも奢ってやろう……いや、威光(ポース)さんに武器を壊さないよう注意したほうが喜びそうだな」


 そうしたときのことを考えると、アダスが満面の笑みを浮かべている姿が容易に想像できた。その未来を実現させるためにも、今やらなきゃいけないことがある。


「こいつを倒して、無事に帰らなきゃなぁ!」


 ペルセースは骨折による痛みを必死にこらえ、剣を握り締めて煙の中心に目を向ける。そこには仰向けになっていた鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)が起き上がる姿があった。


 気持ちの悪い視線を感じる。まるで顔を舐めまわされているかのような不快感。ああ、どれほど弱ったか、食い時かどうかを計っているのだろう。


 だがあいにくとこちらはまだ戦意十分。そして決めたのだ、次の攻防で最後にしようと。ペルセースは覚悟を決める。


「この技が決まらなきゃ死ぬ。決めれば勝てる。ここで決めなけりゃ、英雄なんか絶対になれっこない!」


 決死の覚悟を抱いて敵を睨む。さらに眼光は鋭くなり、眉間にしわが寄る。次に放つ技はそれだけの覚悟がいるのだ。


 なにせ、今まで一度たりとも上手くいったことのない技だ。それをぶっつけ本番で、しかも生死のかかった大一番で成功させなければならない。


 だがどうしてか、自身だけはあった。果たしてそれが確信しているからなのか、そう信じたいだけなのか。どちらにせよ、この攻防で決着をつけなければ、骨の折れたペルセースには勝ち目がない。


 体力は残り僅か、ここで決めなきゃ次の攻撃をいなせないのは明白であった。極限まで集中力を高める。思いっきり鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)を睨みつつもゆっくりを深呼吸をする。


 その姿を見て、敵の体力が残りわずかであることを鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は察知する。か弱い人間のことだ、さすがにあれを食らって無傷でいるわけがない。


 そして攻めてくるタイプでないことも分かっている。ならば、このまま丁寧に攻め続ければ自ずと勝利は見えてくる。


 さっさと倒して、夜食として背に載せてここから逃げなければ。先ほどここに残った仲間のどちらもが殺された。


 このままここにいては殺されるのは確実。しかし幸いにも今のところこちらに攻めてくる気配はない。それなら目の前のこいつを倒して逃げるだけの余裕はある。


 蜘蛛は自身の勝利を信じてやまない。受けに特化した敵、しかし手負いであるならば楽勝である。だがそれこそがペルセースの唯一の勝機であり、それに彼は気づいていた。


「うおおおおおおおおお!」


 突如として斬りかかるペルセース。その突拍子もない行動に鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は驚かずにはいられなかった。


 なにせ絶対攻めてこないと踏んでいた敵がこうして吶喊してきたのだから。だが美味しい展開だ。やけくそで攻撃してきたのだろうが、その程度であれば軽くひねるだけで終わる。


 懐に入り込んだところを毒牙の餌食とするだけだ。目の前に迫ったペルセースを前に完全に勝利を確信した。餌にありつけた、と。


「水剣流奥義・青龍翔斬!」


 鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)が牙を振り下ろした瞬間、待ってましたと言わんばかりにペルセースが剣を振り上げる。


 振り上げた剣は激流を宿し、その剣閃の勢いを凄まじいものへと昇華させる。刃が牙と牙の間の硬い外骨格に触れる。あまりの硬さから、剣が微動だにしない。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」


 牙から滴る毒がペルセースの頬をわずかに掠め、激痛が走る。唇を噛み締めてそれを耐えるものだから、口から血がにじみ出てきている。


 だが剣の勢いは衰えない。硬い外骨格と剣とが火花を散らす。鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)も負けじと、振り下ろす頭に力を込める。牙の勢いを増そうと。


 それが悪手であった。衝突の勢いが増加したその瞬間、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の顔が下から上に向かって裂けた。


「ギュルアァアァァァァァ!!!!」


 それは断末魔であった。頭部を深々と切り裂かれて死なない生き物は存在しないであろう。ペルセースは完全に鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の頭殻を斬ったのだ。


 振り上げていた剣が半周して己が腰の位置に戻ったころには、ペルセースの膝は自然と崩れていた。途方もない疲労感がペルセースを襲う。だが、それを塗り潰すほどの、人生最大の達成感がやってきた。


「か、勝った。成功したんだ……」


 どうも技を成功させた実感が湧かないが、倒したということはそういうことだ。水剣流の奥義を成功させた、その事実が何よりうれしい。


 青龍翔斬、水剣流の技の中で唯一自身から攻める技。敵が自身に打ち込んでくる攻撃に合わせて、水流で加速させた剣撃でカウンターを決める技だ。


 自分から懐に入ることで敵の攻撃を誘発させる。敵の攻撃を完全に見切ったうえで、最も効果的に敵の攻撃の威力を利用できるかを計る。この二つの関門を突破して初めて成功する。


 これまではどちらか成功させても、どちらかが上手くいかなかった。初めの難所を突破したところで観察眼の精度が落ち、温存しようとしたらそもそも懐に潜り込めない。


 だが、生死の狭間という極限状態に置かれたことで、観察眼を維持するために最も必要な集中力が研ぎ澄まされた。それにより、ついにペルセースは水剣流を極めることに成功したのだ。


「おぉぉぉぉぉい、ペルセース君!」


 少し離れたところから威光(ポース)の声が聞こえてくる。


「よくやったわね、遂に成功させたのね!」


 おんなじように戦華(アントス)の誉め言葉も耳に入ってくる。


 幻刃(プセマ)の声は当然聞こえないが、当然無事なのだろう。仲間たちが駆けつけてきていることを確認したペルセースはどこか安心した顔をして眠りについた。


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