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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter4:伝説の幕開け
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森の奥にて

 深い森。枝葉に覆われた空からは、ほとんど光が届かない。木々の背は高く、だいたい10メートルかそこら。この森に自生する木のほぼ全てが、常緑広葉樹。ようはそこまで高くならない木々だ。


 そんな種であるにも関わらずここまで背が高いのは、この森が人の手が及んでいないという何よりの証拠である。


 そして、人の領域でないのであれば、そこに魔が潜むは当然であり、現在もこの森はモンスターの住処となっていた。


 ここから南に下ってすぐのところには、人の住む村があるのだが、モンスターらは決してその村を襲おうとはしなかった。


 それもそのはず、この森に生息するモンスターは弱く、そして村に訪れる冒険者らは強いからだ。


 だが、そんな常識はつい先日崩れった。鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の出現によって。


 奴らは突然、音もたてずに森に現れた。現れたと思ったら、瞬く間に森のモンスターらを己が手先へと変えた。


 抵抗する者も居たには居たが、なにぶん実力に差がありすぎた。抗う意思すら湧かないほどの威圧感。それを放つだけで森中のモンスターが白旗を挙げた。


 森を制圧している最中に、人間の冒険者が偵察に来たが、それも赤子の手をひねるかのように撃退した。人間も剣だの魔法だのを繰り出して戦いはしたが、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の外骨格は魔素を多く含んだ耐魔法仕様である。斬撃は骨格の強度の前に歯が立たない。


 もとより冒険者らに攻撃をするという権利は与えられていなかったのだ。その圧倒的な防御力にたじろいだ彼らを、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)は力で圧倒した。


 だが決して屠りはしなかった。五体満足で逃がしたのだ。それは一種の警告、次に何者であろうと近づいたやつは殺すぞ、という。


 また、仮に討伐隊が組まれようと負けはしないという絶対的自身の表れでもあった。B級モンスター、そのレッテルに恥じぬ佇まい。森中のモンスターが鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)に心酔していた。



----------



 威光ポース率いる【トロイの木馬】一行は、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)を討つべく農村北部にある森に足を踏み入れた。


 木々が月光を遮る。ほの暗さが不気味さをより強調しているかのようだ。


 先頭を歩くのはペルセース。持ち前の観察眼で敵の先手を見切る役割を担っている。


 次に歩くは威光ポースだ。彼は前後左右、どこからの攻撃にも備え、他のメンバーのカバーも担っている。


 後方には戦華アントス幻刃プセマ戦華アントスは遠距離を狙える魔法での支援が期待されている。その砲撃手を守るための幻刃プセマ


 この布陣で一行は森を突き進む。


「なんか静かですね……」


 あまりの静けさにペルセースの口から洩れた一言。それに、威光ポースだけが食い気味に答えた。


「やめてくれペルセース君。なにかフラグ臭い台詞だよ」


 ペルセースの放った一言、それが威光ポースにはどうも不吉に感じた。この後暗殺者にでも出くわして、雑に殺されてしまうかのように。


「一応、探知魔法(プサクフ)をかけるよ。僕の嫌な予感が的中するかもだし」


 威光ポース探知魔法プサクフは、どちらかといえば索敵には適していない。周囲の生命体の位置、動きが詳細に把握できる反面、索敵距離は十数メートルと狭い。


 一般的な魔術師が用いる探知魔法プサクフの索敵範囲は三十メートルほどであり、ある程度の敵の位置が分かるくらいの精度だ。


「あれ……何も反応がない」


 だが、威光ポースの予感に反して敵の襲撃はなかった。それはあまりに異常な状況である。モンスターの住処とも言えるこの森の中において、周囲十メートルに生命反応がないというのは妙な話である。


 雑兵程度のモンスターであれば、森に入ったとたんに襲ってきそうなものだが、それすらもなかった。まるで、侵入者を決して逃すまいと、森の奥へと誘いこまれているかのように。


 あまりに不気味だ。進む先は罠にあふれているに違いない。いかにペルセースが若いといえども、一月あまりを英雄級冒険者と共に過ごしてきた経験が、危険信号を送ってくる。


「これは何かあるかもね。私、蜘蛛の巣に引っかかって凌辱されるの嫌なんだけど……」


 冗談交じりに身震いしながら、戦華アントスは苦笑いする。まあ、そんなことにはならないという確固たる自信が彼女にはある。


 そもそも彼女の得意とする魔法は虫系のモンスターには有効だ。そこからくる余裕なのだろう。だが、ペルセースは疑問に思う。


「魔法って鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)には効きにくいんじゃないんですか?」


 そう、魔法が容易に通るのであればB級のモンスターには指定されていない。ペルセースは前情報で聞いていた、敵の持つ魔法耐性について危惧していた。


 だが、その疑問に対して彼女はため息をつきながら笑う。やれやれと言わんばかりの、お手上げ状態の仕草を交えながら。


「私の魔法をその辺の魔術師と同レベルにしないでくれるー?確かにアンタには火と氷の(ウル)級しか見せたことないし、そこまでのレベルしか使えないけどさ」


 不満げに答える戦華アントスだが、ペルセースだって食い下がれない。(ウル)級しか使えないとなると尚更だ。


 これまでの戦闘では、彼女が補助魔法を行使している様しか見てこなかった。だが、炎獄(フォティア)と攻撃魔法で言い争っていることから、神撃(メシア)級の魔法が使えるのだろうと思っていた。


 その予想に反して、(ウル)級しか使えないという発言だ。彼が不安になるのも仕方がなかった。


「それじゃあ全く効かないじゃないですか!」


 ペルセースは声を荒げる。(ウル)級程度の魔法なんかで鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)が倒せるわけがない。にも関わらず、自身に満ちた様子だと命を落としかねない。


 それなら、今まで通り補助魔法に全力を費やしてほしい。それが彼女含め、全パーティメンバーが安全に攻略できる手段だ。


 だがペルセースの思惑通りにはならない。戦華アントスはペルセースの考えを真っ向から否定する。


「分かってないわね、私の実力の本質は攻撃魔法よ!補助魔法じゃない」


 それは今世紀最大のどや顔だった。自身に満ち溢れていた。そしてそれがペルセースには理解できなかった。


 これほどまでに否定的である自分を前に、どうしてそこまで自信たっぷりに答えられるのか。なのにその自信を裏付ける証拠は提示してこない、不思議だ。


「まあまあ、彼女の実力は僕が保障するからさ、ペルセース君は他人の心配よりも自分の心配をしとかなきゃ」


 2人の言い合いに威光(ポース)が割って入った。さすがは平和主義者である。戦華(アントス)が得意げになり、ペルセースが疑問に頭を埋め尽くされている、その一瞬の隙を見計らって諫める。


 そうこうしているときであった、突如として幻刃(プセマ)が腰に下げた剣に手をかける。合図だ。


 彼女が柄を握った瞬間に、その場にいた【トロイの木馬】全員が厳戒態勢に移行する。


 目の前には、音もなく表れた大量のモンスター。威光(ポース)探知魔法(プサクフ)すら潜り抜けて出現したモンスターたち、そしてその群れの奥から目を光らせる者が三体。


 雑兵のほとんどは、もともと森にすむ、緑の肌をした小鬼(ゴブリン)(F級)や3メートルほどの体をした邪悪な獣、魔狼(リュコス)(D級)で構成されている。


 F級のゴブリンはともかく、D級のリュコスとなると4級冒険者が討伐隊を組んで倒すような相手だ。それが数にして二十は下らない。


 だが、それ以上に危険なのはこの魔物たちを統率する親玉三体の存在だ。存在感からして他と一線を画している。


 赤く光る複眼を多数備えた巨躯からは、実に八本もの足が伸びている。口から顔を出す鋭い牙、その先から滴る液体は、地面に落ちるたびに大地を溶かす。猛毒の牙、あんなものに噛みつかれたらイチコロであろう。


 鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)だ。ついに一行の前に姿を現した奴らは、忠告したのに縄張りを荒らされたと激昂している。


「やってやりますか!」


 ここまで来たら、もう逃げようはない。ペルセースは自身を鼓舞する意味も込めて、声を挙げる。それが開戦の火蓋を切った。


「僕が雑兵の一掃をする。他三人は各自鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の対処を!」


「「了解!」」


 威光(ポース)の指示に返答ないし、首を小さく縦に振ることで理解を示す。すぐさま全員散り散りになって、各自動き出した。


「まずは君たちを一掃しないとね。君らには申し訳ないけど、蜘蛛退治の邪魔になっちゃうから」


 威光(ポース)は顔を歪める。それは苦悶の表情。傷つけたくない、苦しませたくないという彼の苦悩の表れだ。


 だが、やらねば被害が出るやもしれない、故にここは決意を固めて攻撃を行う。あくまで殺さないように、少し傷をつけて追い払う程度に。


 彼は少しでも早く、この戦いを終わらせようと両手を前に広げる。一撃で撃退するために。


探知魔法(プサクフ)展開!ゴブリン30、リュコス20。計50体の座標確認。発射時座標予測開始。3、2、1……座標予測完了!」


 威光(ポース)の周りに無数の魔法陣が展開される。そのどれもが黄金に輝き、暗闇の森に光をもたらす。魔法陣からは金の銃口が顔をのぞかせている。


光魔法(シャイーラ)術式展開完了。火力を撃退可能最低限度に調整。中級光魔法(マシャイーラ)装填。発射まで10カウント」


 敵を追い払うための魔法、その発動までのカウントが始まった。長々としたこの詠唱は、魔法の精度を高めるためのものだ。少しでも精度が落ちれば敵の命を落としかねない。


 精巧な魔法を成立させるために必要なプロセスだ。故に彼は一瞬たりとも気を緩めない。たとえそれが偽善であろうとも、彼は不殺を貫く。


「……2、1。同時多発的神罰(マルチプル・バースト)、発射!」


 威光(ポース)の号令と同時に、数多に展開された金色の銃から光が放たれる。そのどれもがゴブリンの肩や腰の一部、リュコスの背の一部を貫く。


 あくまで致命傷や重症は避ける。しかしその技量と、魔法の強大さは掠めただけでも彼らには伝わった。


 このままでは命が危ない。そう察知した雑兵たちは一目散に森の奥へと逃げ帰った。もう人を襲うことはないであろう。こんなにも恐ろしい人間が存在するのであれば、返り討ちにされるだけだ。


 大将を置いて逃げ惑う様は、如何にも情けを持たないモンスターといったところだ。そんな怪物でも殺したくないと思う威光(ポース)は、逃げる彼らを見て安堵した。


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