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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter4:伝説の幕開け
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鬼蜘蛛の許へ

 空は黒く染まり、空気は冷え切っている。日中聞こえた鳥のさえずりはいつしか消え失せ、代わりに聞こえるフクロウの声が不気味さを漂わせる。


 町はずれの街道は、昼間と打って変わってすっかり人気ひとけが無くなっている。たまにすれ違う馬車は、どこも屈強な用心棒を雇っているようだ。


 英雄級冒険者のパーティ、【トロイの木馬】が目指すは、カルデア王国三大都市のひとつ、タロスの外れにある農村。あと一つほど森を抜けた先だ。


 彼らはそこに出現したという鬼蜘蛛ドラコス・アラフニを討つべく、馬車に揺られている。時間にしてあと30分といったところだろう。


 森の中に敷かれた路は、平原のそれとは違い、どうも道が悪い。そのため馬車が揺れる揺れる。中の乗客も揺れる揺れる。


「うぅ、気持ち悪い……」


 そう言って口元に手を宛がう炎獄フォティアの顔はすっかり真っ青になっている。しかしだ、何も顔面蒼白になっているのは彼女のみならず。


「げぇ、これは流石に……きついところがあるね」


「わ、私ももうヤバい、かも……」


「……」


 幻刃(プセマ)はともかく、威光ポース戦華アントスも今にも吐き出しそうな顔いろの悪さだ。


「もう、なんで毎回馬車に乗るたびにひどい目にあうのよ!」


「今回は、大急ぎで走ってもらってるのも大きいけどね……」


 あまりの不快さに戦華アントスは怒りまで顕わにするが、こんなときでも威光ポースはなだめようとする辺りお人よしだ。


「てかなんで、ペルセースはなんともないのよ!」


 戦華アントスの怒りはもっともだった。これほど激しく揺れているというのに、ペルセースは一切その顔に苦悶の表情を浮かべていないのだから。


 そのペルセースはというと、小刻みに身体を上下に何度も揺らしている。馬車が揺れるタイミングと寸分違わずに。ごくごく自然に、己が体を馬車の揺れに任せる。


「なによあれ。ズルじゃん!私もしたいんだけど!うげぇ……」


「そんなに喋るから……それに、あれはペルセース君だからこそできるんだ」


観察眼、その特殊な眼が常人離れの技を実現させる。馬車の僅かな動きを瞬時に見抜き、刹那の内に身を動かす。


 この一カ月、ペルセースはいついかなる時でもこの観察眼を発動できるように、日々意識し、そして維持し続けた。


 その結果、常時この眼を発動させていることを可能とした。あとは戦闘中にどこまで活かせるか、それを確かめるだけだ。


 馬車に揺られながら、ペルセースは自分に何度も言い聞かせる。「俺は戦える」と。その自信を少しでも強く、保てるように彼はイメージトレーニングをひたすら行った。


「も、もうすぐ着きますよ」


 この地獄の終焉が間もないことを御者が告げる。


 やっと終わる、地獄からの解放に威光ポースら馬車酔い組は安堵した。ギリギリだ。あと少しで胃の内容物を全て吐き出してしまうところだった。


 特に炎獄(フォティア)戦華(アントス)に関しては、女性としての何かが終わる、それを避けられたがためか心底ホッとしているようだ。


 森を抜けた。


 数分ぶりに月明かりに照らされる。それほどまでに森は深く、暗がりであった。その月明かりこそが到着の合図である。


「到着です」


 5人は到着の知らせを受け、下車し、困難な道のりにも関わらず馬車を走らせてくれた御者の男へと感謝を述べる。


 それを聞くと、御者は馬車を再び走らせた。こんな夜更けに護衛もなく動くのは危険だ。それゆえ、この農村から10分ほどのタロスで一泊していくらしい。


 馬車との別れを済ませた【トロイの木馬】一行はさっそく農村へと足を踏み入れる。村全体を囲う2mほどの木の柵は外敵の侵入を阻むためのものだろう。


 唯一の村の入口である木製のアーチには、村の若手の男が警備に置かれている。よほど平和なところなのか欠伸をしていて眠そうだ。


 タロスの食糧基地のひとつということもあり、農村といえどその規模はなかなかのものだ。数多くの家が立ち並んでいる。


 そのすべてが木造建築であり、村に広がる畑や牧場との親和性も高く、風景として非常に美しいものとなっている。


 家の数からして、住民は数百人といったところであろう。こんな村が街の外に点在しているというのがこの世界のスタンダードだ。


 村の家々からは淡い光が漏れ出している。住民が平和に暮らしている何よりの証拠だ。


 ひとまず、現時点では鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の襲撃はなさそうだ。


「よかった。もし今夜に襲撃が在ったらどうしようかと心配してたとこだったんだ」


 村が無事と分かり安心したのか、威光(ポース)は近くの木の柵に腰かけた。牛や羊の鳴き声が聞こえる辺り、牧場の柵のようだ。


 鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)が人里を襲うなら、まずこの牧場からだろう。家畜を食べつくし、ある程度力を得たところで人を襲って喰らう。


 家畜の声が聞こえるならば安心だ。


「んー、じゃあボクらの方から退治しにいこうよ!」


 炎獄(フォティア)は声を弾ませている。それもそうだ、彼女は一月の間、ペルセースが見た限りどうも戦いを好んでいる節があった。


 今回も鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)を相手に自身の魔法を試そうとでも思ったのであろう。魔法を放ちたくてウズウズしているのが見ていてわかる。


「そうするなら、一人は村で留守番だな。僕たちがいない間に村が襲われたりしたら大変だからさ」


「そうね、私たち全員で行くのは得策じゃないわね。じゃあひとまず、私は探索側で決定ね」


 戦華(アントス)は様々な魔法を駆使して戦う魔導士だ。だが、多くの魔法を取り扱う分、炎獄(フォティア)ほど魔法のコントロールが上手くない。


 強力な魔法を放てば、広範囲にわたって影響を及ぼす。彼女の最大威力の攻撃魔法を村で放った日には、村ごと全て消え去ってしまいかねない。


「そうだね、あとペルセース君は経験を積むためにも探索側で、そのフォローとかのために僕も確定」


「え、じゃあ幻刃(プセマ)は1人にできないから……ボクが居残りじゃないか!」


 状況を鑑みて、どうも自分が仲間外れになると悟った炎獄(フォティア)は、顔を真っ赤にして怒り出した。それを、しょうがないじゃないかと威光(ポース)がなだめる。


「もう、文句言わないでよ!私が村に残ったら村人ごと退治しちゃうからしょうがないじゃない!」


威光(ポース)が残ればいいんだ!ボクにだってペルセースのフォローくらいできらい!」


「ダメダメ。君はいつだって詰めが甘いんだから、ペルセース君のことは流石に任せられないよ」


 始まった、しょうもない言い争いが。【トロイの木馬】は普段は仲の良いアットホームなパーティなのだが、ことクエスト中においては頻繁に言い争いが勃発する。


 全員が全員実力者であって、それでいて全員我が強い。しょっちゅう意見が衝突するわけだ。特に炎獄(フォティア)戦華(アントス)。クエスト中に限って言えばこの2人はすこぶる仲が悪い。


 どうも互いを意識して、ライバル同士のように競い合っている。どちらが戦果を挙げた、どちらがより大物を倒したかなど事あるごとに喧嘩している。


 それを仲裁しようと威光(ポース)が間に入るのだが、如何せんこのときばかりは全く相手にされていない。突然2人そろって息ぴったりに「邪魔」と言い放つ。


 英雄級冒険者のリーダーの威厳とはいったい……と疑問に思うほどだ。


 だが、今回は早めに炎獄(フォティア)が折れたことで話がまとまった。彼女が論破するにはあまりに状況が不利だった。


 子供のように拗ねる彼女をなだめる威光ポース、ざまあみろと言わんばかりに笑っている戦華(アントス)


「よし、さっそく討伐しに行こうか。情報によると、この村から北に行った森の中にある洞窟で冒険者たちが遭遇したらしい」


 腕が鳴る。ペルセースは数多のイメージトレーニングを経て、今ではすっかり自信に満ちていた。はやく成果を出したい、その一心で村の北部に位置する森を睨む。


 いじけている炎獄(フォティア)をよそに、4人は村の外、鬼蜘蛛(ドラコス・アラフニ)の居城へと歩を進めるのだった。


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