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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter4:伝説の幕開け
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魔人の国

 カルデア王国某所。日の光の届かないこの場所は日陰を生きるものたちにとって格好の住処であった。法も秩序も存在しないこの場所はカルデア王国の全都市を繋ぐ地下水路。いつからかそこは無法者たちが住み着いて一つの町として完成されていた。


 知る人ぞ知る裏のカルデア、その名もシンバ。大昔より存在したこの地下に広がるスラム街だが、ここ数年は特に発展を見せている。


 その中核を担うのが【魔人商会】だ。「隻眼の魔人」率いる彼らは独自技術で製作した武具を、表社会に売りさばくことでその財布を潤沢させている。財布に入りきらずにこぼれた金はスラムの住民を潤し、今ではすっかり飢えとは無縁の生活を誰もが遅れるようになっていた。


 シンバはもはやただのスラム街ではない。【魔人商会】の統べる都市国家へと発展していた。数年前まで朽ちた木材で作られたあばら家しかなかった町並みは、石造りの立派な街並みへと変貌している。


 真っ暗ですぐ目の前ですらも見えず、手持ちのランタンが必需品であったはずが、今では町中を魔道具(マジックアイテム)の照明器具が余すことなく照らしている。


 町人の多くを占めていた、無職の乞食や盗人、薬物売人といった者たちは、いつしか【魔人商会】の抱える雇用者へと転職し、今では武器や魔道具(マジックアイテム)の製作員や商会の私兵となっていた。


 そんな地下に広がる国家、シンバの中心部はカルデア王国の首都、バロンの真下にある。そこにひときわ大きな建物、石造りの城のようなものがある。それこそが商会の本部である。


「会長、聞いてくれよ。ティタンのやつが勝手に闘技大会に応募しやがったんだ」


 城の中、その中でも特に豪華な場所、玉座の置かれたその場所で慌てふためく声が響いている。その声の主は細身の青年で、容姿は優れている。長い赤髪を後ろでくくっているその男は背丈が高く、190㎝はゆうにある。下がり眉でどこか困ったような彼の顔は生まれついてのものだ。


「いいじゃねぇか、エクバ。おめえも出ろよ、いい加減白黒つけようぜ!」


 そう煽って返す男は赤髪の男をも超える大男。2mはあるその体は異常に発達した筋肉を纏い、鎧のようである。真っ白な髪の毛は逆立っており、男の気性の荒さを物語っている。男の握り締める拳は他人の2倍はあり、見るからに人を殴るのに特化している。


「そういうわけにもいかんでしょ。特にティタンは身が割れてるんだからもっと慎重に行動しろよ!ねぇ、会長」


 エクバが同意を求める視線の先、そこには玉座があった。そこには一人の男がいた。そこには異形な存在があった。そこには禍々しい何かがあった。


「……いいんじゃない?」


 会長と呼ばれたその男は静かにそう呟いた。


 会長、彼こそが【魔人商会】を統べる地下の支配者、「隻眼の魔人」その人である。その姿は表世界の噂と寸分たがわない。

白黒の逆転した魔人の瞳、もう片方の右の目は失われたのか閉じている。にしては左目のほうに深い傷跡があり、右目のほうは至って無傷。それが彼の目を襲ったのが病の類ではないかと予想させる。


 また彼は黒い外套を見に纏っており、そこからは常に漆黒の右腕のみ出している。決して左腕は出さない、まるで腕もかけているかのように。

 唯一の腕も完全に真っ黒で人のものとは思えない見た目をしている。


 背丈は175cmといったところか。同じく黒い髪は短く切り揃えてあり、彼の顔が傷だらけとはいえ整っていることを際立たせている。


「会長!そんなんじゃ俺らのことが敵にばれちまうよ!」


「……いいじゃないか、エクバ。そのときは少し早いが行動に移すまで、だ。それにこの大会の優勝賞品は必要だ。」


「ほ、ほらなぁ、そこまで計算の内でエントリーしたんだよ!」


 その動揺っぷりから嘘だと分かるが、どうしても勝ちを譲りたくなかったティタンは嘘を貫こうとする。勿論そんなことはエクバには筒抜けであり、ハァ、と短くため息をつかれるのであった。


「まあ大将、オラァちょっくら出かけてくるぜ。腕が鈍っちゃぁ大変だからよ」


「……好きにしろ」


 快諾を得たティタンは心を弾ませながら玉座の間を後にし、すぐ前の階段を下って城の外へと足を運ぶ。その子供のような姿を見ながらエクバはあきれ返る。


「13歳の元同僚よりも子供っぽいや、あのおっさん……」


「エクバはいいのか?」


 魔人は善意からそう告げるも、彼からすればたまったものではなかった。「あんな脳筋野郎と一緒にされるほど俺は落ちぶれていない。」そう訴える強い視線を魔人に向けることで返事をした。


「すまない。だが、あいつも言うほど馬鹿じゃない。そもそも馬鹿なら国家転覆手前までいかないだろ……」


「まあ。あいつ自身強くてもアンタや教会の化け物ほどイカレてはねぇからな。」


「そこまで言わなくてもいいだろ……」


 魔人があまり露骨にショックそうな顔をするものだからエクバは流石に申し訳なく思った。というかこの魔人があんな顔するほうがよほど衝撃的だった。


「あんたにゃ血も涙もないって印象だったんだがな」


「昔はそうだったさ」


「そうだな。あんたから勧誘されたときには、ホントに噂に名高いあの冷徹漢かと疑ったもんだ」


 エクバは3年前の出来事を思い出す。心無い冷たい少年として有名であった魔人から商会のメンバーへの勧誘を受けたときに、そのあまりの噂との違いに驚いたものだ。


「昔話はそれくらいで、なんで闘技大会の優勝賞品が必要なんだ?」


「今回の優勝賞品はどうも天下十剣の一本らしい……」


 それを聞いてエクバの顔が急に強張る。それもそのはず、その名を聞いた瞬間に平常運転から仕事用に切り替わったのだから。


「会長が集めてる、あの名匠ハットゥシャの傑作十本……」


「ああ、そうだ」


 天下十剣、それは北はサルディス神帝国、さらにその先に位置する暗黒の島に住む名匠ハットゥシャが生み出した最強の剣たちのことである。生み出されたのは今から数千年も前だというが定かではない。


ただ言えるのは伝説に残るような英雄たちの誰しもがこの天下十剣の内のどれかを使っていたとのことだ。


「世にある名剣の類の八割はハットゥシャの作品だというが……会長的にはどう思う?」


「俺はあながち間違っていないと思う……」


「気が合うね、俺もだ」


エクバは自身の経験からそう断言する。彼の見てきた名剣は殆どといっていいほど、かの名匠の作品だった。天下十剣に限らず、妖剣オベロンや呪剣カストール、祈剣ポルックスなど挙げればきりがない。


そこで謎なのはなぜそれを魔人が集めるのかだ。彼はすでにいくつかの天下十剣を所有している。それを売って資金にするでもなければ使うわけでもない。使ったとしても一本だ。ではなぜそれを集めるのかが分からなかった。


「……エクバ、知ってるか?」


 唐突な質問だった。それに何も情報が与えられていない。故にエクバの返事は決まっていた。


「何を?」


「名匠ハットゥシャの言葉だ。これほど刀鍛冶として名をはせた彼の言葉で唯一、今に至るまで残されたものだそうだ」



 天下十剣は布石に過ぎず

 我が求むは超越せし剣

 十本各々が持てる力を振るえども

 至高の前には塵芥に等しい

 我至高を世に残す

 全てを降す神なる(けん)

 全てを分かつ光の刃を

 全てを繋ぐ勇なる(つるぎ)


「ひっでぇポエムだな。中身に関しても眉唾物だぜ?」


「だが名匠の数千年越しの伝言が妄言とも思いたくないからな」


 エクバは少し想像してみた。伝説の鍛冶師が妄想でこんなポエムを綴る姿を。そんなの想像したくない、絵本や騎士の教科書にも載ってるような人物が妄言を吐くような人物なんて夢を壊すにもほどがある。


「分かった分かった、俺も会長の言う通り信じるよ、てか信じたい。」


「……だろ?」


 静かに魔人が返した後に二人はどっと笑いだした。妄言癖の鍛冶師のイメージを吹き飛ばすような勢いで。それから少ししてだ、魔人が笑うのをやめて、口を開いたのは。


「……俺も出るか」


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