もう一人の英雄
この世の人々の大半はすっかり悪魔神教という新興宗教に馴染んできた。
初めの頃こそ、かの大国、強大な聖騎士団を有するルナ・ヒスタリカ王国を攻め滅ぼしたという話からいったいどれほど野蛮な集団なのかと恐れられていた。
しかし実際に支配下に置かれたところ、教会で崇拝する対象が賢者から悪魔神に変わったこと以外には生活にほとんど変化が起こらなかった。
確かに未だに教会については謎めいた部分が多いが、それも時間が解決してくれるだろう。そういった考えが大陸の西に位置するカルデア王国では特に顕著であった。
しかしここ1,2年前からそこに一石を投じるかのように彼らが突如として現れた。全員が全員黒いマントを着用し、数々の反悪魔神教の組織に武器を売ることを生業としている。
それどころか彼ら自身もかなりの武力を有しており、幹部とされる人物らはその誰もが腕っぷしに定評のある名だたる者たちだ。
そしてそんな集団を束ねる1人の魔人。どんな姿なのかはカルデア王国に住む誰しもが知っているが、その誰しもがその姿を見たことはないという。
曰く、その魔人は片目が欠損している。曰く、もう片方の目は人の目と異なり白目と黒目が反転している。曰く、その魔人は圧倒的なまでの力を有している。
「隻眼の魔人」率いる【魔人商会】、彼らこそ世を統べる悪魔神教会に反発する者たちにとっての最後の希望、あるいは教会を受け入れ始めた一般市民にとっての悩みの種そのものである。
そんな彼らの話題は冒険者の町としても名高い、カルデア王国三大都市のひとつに数えられるミノスの冒険者ギルドでも尽きることはない。
つい先日にも教会の派遣した司祭率いる部隊と商会とで武力衝突が起きたとのことだ。
「まぁた、あのイカレ野郎どもが司祭さんらと殺りあったそうじゃねえか」
この手の話題をギルド内で切り出すのは決まってこの野太い声だ。禿げた頭に鋭くきつい眼光、体中を筋肉の鎧が覆っている厳つい男、ガルムはこの町きっての情報通。
こういったいざこざについての話もすぐ彼の耳に入ってくるし、それを議論しあって騒ぎあうのが何よりの楽しみであった。
「今回こそは教会側が勝ったんだろう?」
「いいやぁ、今度ばっかしは相手が悪かった。どうも商会側には幹部のティタンがいたみてぇだからな」
悪魔神教会の信徒の証である黒のロザリオを身に着けた、細身の青年はガルムの話を聞いて納得し、それと同時にギルド中の冒険者たちが驚愕の声を挙げた。
「ティタン!?あの最西の国、ランク王国の暴拳王ティタンかっっっ!」
「その通り!」
暴拳王ティタン、カルデア王国にいてその名を知らぬ者はいないほどの豪傑だ。
この大陸を統べる国は大きく分けて4つあった。西のカルデア王国、南の故ルナ・ヒスタリカ王国、東の故テオドア帝国、そして北のサルディス共和国だ。
今では北にサルディス神帝国が誕生し、南はその支配下にある。そして東は半分が神帝国、残り半分をロマニケア亡命政府が支配している形だ。
だがこの大陸にはこれら以外にも多数の少数国家が存在している。その一つがカルデア王国のさらに西、大陸の最も西にあるランク王国だ。
その小国家において己の拳一つで王への道を目指した男がいた、それがティタンである。もともとはただの剣奴であった彼はその拳で国内の剣奴を開放し、彼らを率いて王に反逆した。
結果としてはルナ・ヒスタリカから援軍としてやってきた当時わずか12歳の聖騎士長によって鎮圧されたが、それでも彼がランク王国に残した爪痕は大きかった。
それがもう今から15年も前の話だ。彼はその内乱の際に死んだものと思われていたが、ここ数年の【魔人商会】の台頭と共に再び歴史の表舞台へと浮かび上がってきたのだ。
最強の叛逆者から最強の用心棒にその肩書を変えて。
そんな大物の名が出ればギルドにいる冒険者らのような荒くれものらは騒ぐというもの。瞬く間にどんちゃん騒ぎへと発展していた。
そんな光景をクエスト受け付けカウンター越しに看板娘らが苦笑いしている。
「ルイジェリー、俺らに最高の一杯頼むわ!」
「まて、俺も俺も!」
「はいはい、分かりました。今日飲んだ分、明日は皆さんクエストに勤しんでくださいね」
看板娘たちの中でもひと際人気の高い少女、ルイジェリー。茶色い髪が艶やかで美しい。その髪は長く、お団子状に後頭部できれいに結んである。大きな瞳も茶色く輝き、小柄なのもそのかわいらしさに拍車をかけている。綺麗でかわいらしく、愛嬌があって仕事もできる。そんな彼女はミノスで活動する全男性冒険者たちの憧れだ。
「よう、ルイジェリー。調子はどうだい?」
「ガルムさんこそ、そろそろ噂話じゃなくてクエストを追っかけてみてはどうですか?」
「手厳しいなぁ、おい!それはまあ、ボチボチだ。それよりも俺が聞きてぇのはおめぇのことだ」
ルイジェリーの指摘は、冒険者というよりほぼ情報屋のようになっているガルムにとって耳が痛い話であったが、何食わぬ顔で強引に話を変える。
「とぼけんなって、お前さんの恋するペルセースのことだ、少しは進展したのかい?」
「ちょっ!何言ってるんですか!?」
ペルセースという名が出た瞬間に顔を赤らめるその反応、その変化を情報通のガルムが見逃すはずがない。というか誰が見ても明らかだ。
「町中、いやあるいは国中の冒険者らの憧れの的があんな冴えない小僧に恋してるってなったらみんな黙ってないぜ?」
ガルムはケタケタと笑いながらも、さもありなんと少し不安に思う。
「そもそも、ペルセース君自体と最近会ってませんから。ほら、彼ってば英雄級の冒険者パーティに所属しちゃったじゃないですか。」
「【トロイの木馬】か。まあその話を聞いたときは流石にデマだと思ったぜ。」
ペルセースといえばミノスでも有名なへっぽこ冒険者だ。いくら13歳という若さとはいえ、あまりにも剣に関しても魔法に関しても才がない。のくせしてギルドでは「俺は英雄になるんだ」と豪語してやまない。
誰も彼を冒険者として評価しておらず、誰も彼の夢が叶うと信じなかった。そして誰も彼の夢を笑うものもいなかった。彼が毎日たゆまぬ努力をしているのを知っているからだ。
だから彼の夢をその場では面白半分に笑っても、馬鹿にする者はいない。そんな愛すべき馬鹿こそがペルセースという少年の魅力であった。そして、そんな彼にルイジェリーは魅かれていった。
「お前さんが年下趣味だったとはなぁ、そりゃいくら冒険者の野郎どもから口説かれても応じねえわけだ」
「歳は関係ないです!ただ、必死になって頑張ってる姿がカッコイイし、かわいく思えるだけです」
そう、必死になってる姿が好きなのだ。だからその努力が報われて【トロイの木馬】に入ったのは喜ばしいことのはずだ。しかしなぜだろう、どうしても彼との距離が離れていくような気がしてやまないのだ。
英雄級冒険者パーティ【トロイの木馬】、ギルドの受付嬢をやっている彼女ならよく知っている。数々の高難易度クエストを毎度の如くほぼ無傷で帰還してくる異次元のパーティ。
光魔法を操るリーダーの威光、攻撃魔法、補助魔法と多彩な技を駆使する戦華、すべてを焼き尽くす炎の魔術師こと炎獄、そしてすべてを切り裂く魔法剣士の幻刃。
出自も素顔も何もかもが不明の4人から構成されるパーティ。その誰もが英雄級の化け物だ。この町で活動する冒険者の中でも1,2を争う強さであるのは間違いがない。
彼らに対抗できるとすれば……
「おい、全身鎧が来たぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」
一人の冒険者の叫び声と共にその場にいた誰もがギルドの入口のほうへと目をやった。そこに立っていたのは全身を黒色の鎧に身を固めた存在だ。兜のバイザーも下ろしており人相は確認できない。ただ二つ、そいつが何者であるかを示すものがある。
一つは腰に下げた剣。鍔がなくグリップとブレードのみの素朴な構造。その剣身は細く、幅は4㎝といったところだ。刃には黒い布がグルグルと巻かれており、それが鞘の代わりとなっている。
これぞ名高い天下十剣の一本、最軽にして最硬の剣、金剛剣だ。
そしてもう一つは、その鎧の首に下げられたネックレス。正確にはそのぶら下がっている小さな金の板だ。その板には小さくこう書かれている。「英雄級」と。
こんなものを引っさげた人間なぞこの町には一人しかいない。素性不明、声も性別すらも不明。ただ分かるのは神出鬼没であるのと神のごときその強さだけ。
この鎧こそがミノスの誇る英雄級冒険者の1人、全身鎧である。
ルイジェリーが思う【トロイの木馬】に並ぶ実力の冒険者、そのあまりに唐突な登場に驚愕した。あの全身鎧だ。
たった一人で災害級のモンスターですら軽く倒し、誰も知らない秘術を使うという。そしてその強さは英雄級冒険者、いやその枠すらも超越し教会の大司教にすら匹敵するとまで言われている。
ルイジェリーは驚愕しつつも、そこは仕事だ。瞬時に何とか切り替えて英雄級冒険者の受付業務を始める。
あれほど騒がしかったギルドも鎧の放つ圧倒的なプレッシャーによってかいつの間にか静まり返っている。
「全身鎧さん、今日はどういったご用件で?」
流石はプロ、いつもと変わらない屈託のない笑顔で鎧を迎え入れる。その笑顔に鎧は言葉を返すことはなく、無言で一枚の紙を彼女に差し出す。
「えぇ!?」
プロの仕事意識が途切れた。それほどの衝撃が彼女を襲ったのだ。その元凶ともいえる差し出された紙にはこう書かれていた。
「カルデア王国闘技大会申込状」と。




