転換期の幕開け
月明かりが闇夜に包まれた大地をほんのりと照らす。
淡い緑色だけが延々と広がる草原の中、幾度となく剣身が重なり火花が飛び散る。
側から見れば、それは戦闘というよりは舞に近いものに見えるほど周りを魅了させる剣と剣の交わり。
これは所詮普通の人が抱く感想……いや、そうではない。
その剣の舞に魅惑されているのは、かの英雄級冒険者、戦華と炎獄なのだから。
「思った通り……いや、それ以上だよペルセース君!!」
舞の演者二人のうち片方を担う男、威光が嬉々とした声色で喋りながら再び剣を振りかざす。
対するもう片方の剣を握る男は息を切らし、目を細め、極限まで集中している。
それもそのはず、少しでも気を緩めれば負ける。
いや、負けるだけならまだ良い。
斬り殺される可能性が無いとは言えない、むしろほぼ確実にそうなるであろうことが予測できる。
一見互角に見えるこの剣の舞、しかし実際には両者には天と地の差があるのだから。
自身に投げかけられる言葉に反応する余裕など皆無、そんな余力があるならば少しでもこの男と対峙するために用いる……それがペルセースの固い意志であった。
「あ゛ぁぁぁぁ」
威光が振り下ろす剣に、雄叫びを上げて立ち向かうペルセース。
その瞳には威光が一挙一動逃すことなく写っている。
常軌を逸した速度で下される刃、それを常識の範囲内の速度で間一髪、ペルセースは躱す。
そして、ほんの僅かだが威光が体勢を崩したその一瞬を逃すことなくペルセースは蹴りを入れる。
突き出されるペルセースの脚、威光はその軌道を左手一本で少しばかり逸らし蹴りを不発に終わらせる。
ーーーーーーやっぱり、ペルセース君は……
圧倒的なまでに実力に差があるはずの2人、その差をこうも見事に埋めるペルセースに威光は一つの確信を得ていた。
「観察眼、か」
威光は僅かに口角をあげ、そう小さく呟いた。
「ここまでだペルセース君、君の実力はだいたい分かったよ」
威光の口から告げられる模擬戦終了の知らせ、それとともにペルセースは身体中の力が失われているのを実感し、膝が崩れゆくのに抗えず倒れ伏した。
薄れゆく意識の最中、ペルセースはどことなく心が満たされたような気がした。
「さて威光、ペルセースと戦ってみて感想は?」
「間違いない、予言の内容に合致してるよ」
どこか優しげな口調な戦華の問いかけに、戦闘中とは一変、余りにも落ち着いた声で威光は答えた。
「そうじゃない、そうじゃないよぉ!楽しかったかって聞いてんの!!」
自身の意図した質問と異なる内容への威光の返答に不満だったのか、少々不機嫌そうな口ぶりだ。
「あぁ、ごめん。凄く楽しかったよ」
「剣の才能は?」
「そこはやっぱり無いに等しいね……でも、それを補うに十分すぎる力を持ってるのもまた事実みたいだ」
「そう、剣の才能はなくてもある程度までは上達できるし……そこまで剣が上達したら楽しみね」
威光はその言葉に優しく笑いかけることで返答する。
その表情には喜びや期待、そして安堵がこもっていた。
「ところで、あいつを仲間にすればホントにボクたちのしたいことができるの?」
突如として炎獄が違う話題を挙げた。
それを聞きほんの一瞬、威光の表情が暗くなるもすぐにそれは希望に満ちた笑みに変わった。
「あぁ、彼がいれば僕たちの目標に大きく近づくのは間違いない。僕たちの目標……そう、平和を取り戻すっていう勇者としての役割の達成に……」
満点の笑顔、それとは裏腹に威光の声は固い決意を含んでいた。
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威光とペルセースの初の模擬戦から過ぎること早1ヶ月。
あれからというもの、ペルセースは【トロイの木馬】の一員としてさまざまな依頼をこなして来た。
迷子の捜索という簡単な仕事と思いきや、黒幕が人攫いの一団で、その一団との戦いに身を投じる羽目になったり。
逆に、死霊の群れが墓場に夜な夜な現れるから退治してくれという依頼だったのに、その正体は子どもたちのイタズラだったり。
今度はふつうに大きな仕事で、なんの気まぐれか街の付近まで訪れた飛龍の討伐依頼だったり。
その他様々な依頼をこなし、着々と経験を積み上げていた。
そんなあくる日のことだ、ペルセースは宿で留守を頼まれゆっくりくつろいでいた。
「さすがは英雄級冒険者のパーティだ。たったの1ヶ月でこんなにも波乱万丈だとは……」
疲れた、とても疲れたのだ……だがそれ以上に楽しかった。
自分があの高名な英雄たちと肩を並べて冒険者稼業を務めていることが誇らしかった。
さらにはここ1ヶ月で剣の腕もだいぶ上がったと自負できるほどには上達している。
これが人生の転機というものだろう。
ついひと月前まで最下層の人間だったのに、今となってはこの昇進ぶりだ。
ペルセースは嬉しさのあまり、1人になるたびにいつもニヤニヤと笑顔を浮かべ独り言を呟いていた。
そして今日もいつものようにニヤニヤと独り言に耽るはずだった。
しかし、1人の時間は突如として終わりを告げる。
バタンと大きな音を立てて部屋の扉が開く。
何事かとペルセースは部屋の扉の方へと視線を移すと、そこには威光の姿があった。
急いで来たのだろう、額に汗が浮かんでいる。
「ペ、ペルセース君……仕事だ、とてつもなく大きな仕事が転がり込んで来たぞ!」
それはペルセースの心を鷲掴みにするには十分すぎるフレーズだった。
ここまで1ヶ月、様々な依頼をこなしてきた。
それこそ他人から見ればとてつもなく大きな仕事だ。
それでもこの【トロイの木馬】では大きな仕事だという気は一切なかった。
そんな【トロイの木馬】のリーダーたる威光が大きな仕事と言い張るのだ、よっぽど凄い仕事が来たに違いない。
ペルセースの胸は、仕事の内容を聞く前から高鳴りを始めていた。
「そ、それで威光さん、その仕事って一体?」
ペルセースの疑問を受け、威光は胸を張る。
その自信満々な態度からもさぞ凄い依頼が来るのだろうとペルセースはワクワクする。
「よくぞ聞いてくれた、僕たちが今回受ける依頼はこれだ!」
そう言うと、威光は依頼の張り紙を目の前に掲げた。
「なになに、地下闇商人組織【魔人商会】の実態調査?」
正直なところペルセースにはあまりその凄さが分からない。
だが、あの威光がこれほど嬉々としているのだ、ものすごい依頼であることには違いないのだろう。
「【魔人商会】ってのは何ですか?」
「そうか、ペルセース君は知らなくても無理ないな。【魔人商会】って言うのはだな……」
そこから威光の説明が延々と続いた。
その説明の内容を端的にまとめるとこうだ。
【魔人商会】とはその名の通り魔人が経営する商会で、主に武器や魔導具を販売している所謂死の商人というものである。
その勢力は日に日に拡大しており、今ではこの大陸中に支部があるとまで言われているらしい。
【魔人商会】は反悪魔神教であり、各地でレジスタンスに武器を販売しているらしい。
そして、【魔人商会】の長たる会長は近年新たに冒険者ギルドに災害級認定された「隻眼の魔人」である。
これらの説明を聞き終えた後、ペルセースは燃えずにはいられなかった。
特に最後の説明である。
最後に至っては断言されているのだ、敵のボスは災害級であると。
災害級なんて、真の英雄でないと倒すことができない化け物だ。
そんなものと対峙できるだなんて、夢物語のようだ。
「威光さん、早速討伐しに出かけましょう!」
だが、意気揚々としたペルセースの言葉に予想外の返答がなされる。
「いや、今回は調査だ。絶対に討伐なんてしないよ?」
「な、なんで!?倒すべきだ、そんな悪党。倒して名声を得るべきだ!!」
荒ぶるペルセースに威光は一度深呼吸する。
「いいかい、【魔人商会】は僕たちの味方になり得る存在なんだ。下手に敵に回すのも賢くない……ここは一旦様子見だよ」
あまり聡くないペルセースにはその意図が全く掴めない、だが自分よりはるかに賢い威光の言うことだ、間違いはないのだろう。
「……わかりました。」
納得、ではなく妥協ではあるもののペルセースは折れた。
それを見計らうと、威光は戦華と炎獄、幻刃の3人を招集した。
今まさに、英雄級冒険者パーティ【トロイの木馬】と死の商人【魔人商会】との邂逅がなされようとしていた。
これが世界にとって、悪魔神教にとって大きな転換期とはまだだれも知らない……いや、一部を除いて……




