トロイの木馬
カルデア王国三大都の一つ冒険者の街:ミノス、広大な街とそれを囲む高く厚い壁が印象深い街だ。
建物はレンガ造りのものが多く、どれも堅固に作られているのが目に見える。
街を歩けばいたるところに宿屋があり、道行く人も普通の人から重武装の冒険者や獣人、さらには妖精族と多種多様である。
しかし、この街の最大の特徴といえるのはやはりこれであろう。
街の中心部に位置する一際巨大な建物、その姿はまるで一つの城のよう。
その周りには多くの商業施設が立ち並び、ヒトモノカネが行き交って繁盛している。
そんな街を豊かたらしめている城のような建物こそ、冒険者ギルド本部だ。
普段から大勢の冒険者で賑わうギルドではあるが、この日はいつにも増して熱狂的に賑わっていた。
冒険者ギルド一階、多くの机椅子が立ち並ぶ中、壁まるまるの大きさの掲示板やカウンター越しで微笑む受付嬢が特徴の場所である依頼受注場、ここが騒ぎの中心部だ。
日頃は掲示された依頼を眺めるものや受付嬢を口説こうとするもの、酒を呑み騒ぐものと十人十色だが、この日に限ってはそうではなかった。
誰もが皆、視線を一箇所に集中させている。
掲示板……いや、その前に立ち掲示板を眺めている4人組に視線が集まっている。
観衆がその4人組に視線が釘付けになる中、1人の新米冒険者が隣に座っている大柄の男にボソリと尋ねた。
「えっとぉ……何があったんですか?」
「なんでぇお前!!世界有数の英雄級パーティのことも知らねぇのか!?」
男の図太い声、そしてその声色と表情の驚きようから一般常識クラスのことだと新米冒険者は察した。
「ったく、んなことも知らねぇで冒険者が名乗れるかよ……しゃあねぇ、俺が教えてやらぁ!」
そういうと男は小さく咳払いをし、新米に語り始める。
「【トロイの木馬】は全身を覆う黒い外套、そしてあの仮面が特徴的なパーティだ」
そう言われて、新米は【トロイの木馬】と呼ばれた4人組の顔を眺める。
全員異なるが、基本としてはヤギの頭蓋を模した仮面で長く天に伸びる角がフードを突き破っている。
みな一つだけ開いた穴から片目だけが覗けるようになっており、それ以外の生身の部分は確認できない。
「見るからに怪しい奴らだろぉ?奴らはリーダーの威光を始め、戦華、幻刃、炎獄って通り名で呼ばれてる。全く素性は掴めねぇが、実力は確か……らしい」
「らしいって……」
男の説明に不満げな新米、それを見て男は樹木の幹のように太い腕を自分の背後に回し頭をかく。
「……まぁ俺、いや此処にいる奴ら全員が詳しくは知らねぇのさ。そういやぁ先週起きた共同墓地アンデット事件は悪魔神教会の方々と奴らが協力して鎮めたって噂が出回ってたな」
「あの事件を!?」
新米が驚いたのも当然、共同墓地アンデット事件はそれほどまでにカルデア王国民を恐怖に陥れた重大事件だったのだから。
カルデア王国に住む多くの人々が利用する共同墓地、そこは晴れの日だろうと雨の日だろうと来訪者の絶えないところ。
先週、そんなところに突如としてアンデット系モンスターが大量発生した。
その多くはC級モンスターである上等骸兵であり、中にはそれを束ねるB級の骸骨将軍さえもが混じっていた。
正直、これを鎮圧するにはサルディス神帝国の大司教部隊を要請するほかになかった。
しかし、北のサルディスから応援が来るまで早くとも7日はかかる……その間にはもう都の一つや二つは陥落しているであろう。
それほどの未曾有の災害、それがたったの一夜で終息した……というのは新米も何時ぞやの号外で読んだのを覚えている。
それをたった4人で成し遂げたとなると、最早あの4人が人間であるかどうかが疑わしいほどだ。
その新米の意図を汲んでのことか、大柄の男は再び口を開き始める。
「そうだ。ここからは俺の推測でしかねぇが、奴らは教会のトップ連中じゃねぇかと俺は踏んでる。そんな活躍ぶりは『印者』じゃねぇとありえねぇ」
神妙な顔をして語る大柄の男、彼の話を聞きこれまた神妙な表情で頷く新米冒険者だったが、突如彼が再び疑問を抱える。
「『印者』って……」
「だと思った!てめぇ、見る限りよそもん……いや、よっぽどの田舎もんだからなぁ!」
本当のことを言い当てられ、新米は決まりが悪そうにして少し顔を赤らめる。
「『印者』ってのはその体に七曜の刻印を刻まれたやつのことを指す。んで、その七曜の刻印ってのは悪魔神様を由来とする人智を超えた力で、それを手に入れるには大司教様から直接授けられなきゃならねぇって話だ。」
「じゃあ、俺もそれさえあれば……」
「バカ!んな簡単なことじゃねえよ。そんな強大な力をどいつもこいつも持ってたら教会の権威が揺らぎかねねぇ、だから信用できる信徒にだけ授けて下さるんだよ!!」
男の語り口調からそれがどれほど困難かを新米は悟った。
そして、新米は羨望の眼差しを【トロイの木馬】に送ったのだった。
ーーーーーーちょっとうるさいかなぁ……
自分たちを囲うギャラリーのあまりの多さに彼こと威光は若干、苦悩していた。
そんな彼らがここに来た理由、それは……
「すみません、この依頼を受けたいんですけど!!」
威光の若々しく優しそうな声がギルド内に大きく響いた。




