華と冒険者
一輪の花が咲いている。
直径にして10m、その花というにはあまりにも巨大すぎるそれは一面緑の草原の真ん中に突如として現れた。
蒼華、3年ほど前に何もないことが取り柄のこの平原に出没した巨大な花はそう名付けられた。
当初こそ、ここの近辺に住む誰もがその存在を怪しがっていたものの、今となってはここら一帯の観光地といっても過言ではない。
3年前から朽ちることなくその美しさを保つ花、時折この蒼華は赤いマダラ模様が浮かび上がることでも有名となっている。
一部の人間には、そのあまりにも不思議な蒼華の存在を神聖視するものすらいた。
その蒼華を神聖視するものたちの抵抗もあり、未だ嘗てこの蒼華に触れたものはいない……
恐らくその禁忌とされる接触を試みたのであろうものたちはことごとく行方不明となっている。
誰もが口にする、「蒼華信徒に攫われたのだろう」と……
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月明かりが照らすとある林道をかける馬車。
お世辞にも綺麗とは言えないその車体から、その持ち主が富んでいないことが察知できる。
少しばかり荒れた道ゆえ車体は常に上下に揺れ動いている。
「お客さん、そろそろつきまっせ」
そう語ったのは馬にまたがり手綱を握る馬車の持ち主だ。
齢にして40近いであろうその厳つい髭面、身体を覆う堅固な筋肉から相当この稼業を営んできたのであろう。
その彼の呼びかけに応じるのは、この馬車唯一の乗客であった。
「……あぁ、そ……そうですかぁ……ウプッ」
覇気のない返事、その声はいかにも若々しい少年のものだ。
月が照らす彼の髪は銀色に輝いている。
ツーブロックのオールバック、一房だけ顔に垂らしそれ以外の短い髪をかきあげているのが特徴的だ。
大きな目は若干つり目だが幼さを残しており威圧感にはかけている……何より虚ろげである。
背丈は150と少しで身は細い、歳は13である。
布製の服の上にちょっとした鉄製の防具を装備している。
彼の名はペルセース、カルデア王国12級冒険者にして王国きってのソロ冒険家である。
「お、お客さん!車内で吐かないでくだせぇ……」
「は、はい……ヴォエェェェェェェ」
その青ざめた冒険者らしからぬ間抜けな顔、それを月は優しく包むのであった……
「ふぅ……」
安堵のため息、それが古ぼけた小さな小部屋に響く。
木で作られた小さな宿、そこの一室に設置されたこれまた古いベッドの上、そこに腰かけたペルセースは此度の旅路を振り返る。
カルデア王国三大都市の一つミノス、そこからただひたすらに東へ進むこと4日、そのど田舎にペルセースは来ていた。
旅路はひたすら揺れる馬車による吐き気との戦い……これまでのどの戦闘よりも厳しいものだった。
強さ降順A〜G級までに分類される魔物たち(一部例外もある)、その中でも以前彼の戦った毒蝙蝠やメガロカンピアは相当な強さであった、しかしそのどれにもまさる辛さをこの旅路で味わった。
(毒蝙蝠、メガロカンピアいずれもF級)
「その苦しみからようやく解放され、一息つこうにもこの宿じゃなあ……窓から見えるすぐ隣には超高級宿あるし……」
何から何までペルセースの疲れを増大させている、そう感じ取らずにはいられなかった。
しばらく呆けて天井を見上げたのち、突如両ほほを手のひらで軽く2、3回叩く。
ペルセースなりの気持ちの入れ替え方法だ。
「よし、うじうじしてても仕方ない。明日からは依頼に取り掛からなくちゃならないからな」
5日前のことを思い出す。
ミノスの冒険者ギルド、そこの掲示板に張り出された一枚の紙、それを最初に見つけたのがペルセースであった。
ーーーーーー冒険者求む 蒼華関連の行方不明者の調査を依頼する 報酬は金20万
ペルセースは知っていた、蒼華とは近年ミノスでも噂になっている観光スポットだということを。
ペルセースは知っていた、金20万もあれば数年は生活に困らないということを。
瞬く間にこの依頼を受注したペルセースは大急ぎで支度をしてミノスを飛び出したのであった。
「正直、超有名な観光スポット関連の調査とか楽勝すぎる」
その簡単な仕事で大金がもらえるのだから尚更だ。
ペルセースの顔にはいいようもないほど気持ちの悪いニヤケ顔が浮かんでいる。
「これであの剣やその盾やらが買える……買えるぞ!!」
そう言って自身の現在の装備を見つめる。
木でできた壁に立てかけられているのは鉄製の小さな胸当て、明らかに切れ味の鈍そうな銅剣、そして鉄のフレームの木の盾だ。
冒険者稼業としてはいかんせん心許ない装備であることには間違いない。
この弱小装備からの脱却が叶うのだ、自然と笑みもこぼれよう。
「しかしそれも依頼を成功させてからの話、万一の事態で体力がなくては困るゆえ早く寝なければならないのだ!」
腰かけていたベッド、それにそのまま倒れる。
背中には柔らかい……ではなく、少しばかり固い感覚が広がる。
興奮冷めやらぬ中、ペルセースは必死に眠りにつこうと羊を数えていたのであった……
ーーーーーーそして夜が明けてゆく
昨晩、なんとか眠りにつけたペルセースは窓から差し込む朝日を浴びて目覚めた。
「朝か……」
閉じていた瞼をゆっくり開き、腕を上げて背を伸ばす、それと同時に大きな欠伸が一つ溢れる。
次は顔を洗いたいところ、しかしこの格安宿には洗面所らしきものがないらしく断念せざるおえなかった。
朝食は事前に購入しておいたパンがあり、それを口にくわえる。
その間に着替え等の身支度を整え、すぐさま調査に向かえるよう準備を整える。
頬張っていたパンを噛みちぎりそして一気に呑み込む。
「んっ、よし準備万端!早速蒼華のとこに行ってみますかねぇ」
そう高らかに述べたペルセースは、意気揚々とオンボロ宿屋を後にした。
一面緑一色、その光景が延々と続いていく……かと思いきや、突如としてそれはペルセースの視界に入ってきた。
草原の真っ只中、すべての緑をかき消すほどにアクセントが強すぎる蒼が一つ。
例えるのなら雲一つない快晴の空の色といったところだろう、そんな美しく優雅な青色に包まれし巨大な華が悠然と咲いている。
そのあまりの優美さ、神秘さにペルセースはただただ呆然と立ち尽くしてしまった。
開いた口が塞がらない、そんな経験は生まれて初めてのことだった。
「魅入る」とはまさにこのようなことを言うのであろう、その美しさは目をそらすことを許さない、言葉を発することを許可しない……ただひたすらに自分を見つめろと強制してくる。
一体どれほどの時間が経ったのだろうか、魅了されていたペルセースは何とか華の誘惑を振り払い本来の目的を思い出す。
「ふぇぇ、ただの観光で終わっちまうところだった……」
自身の行いに少しばかりの恐怖を覚え、額から滴る汗を手で拭う。
「さて……と、早いとこ調査しますかねぇ!」
自分の冒険家稼業を飛躍させるかもしれない大仕事、それを果たすべく意気揚々と蒼華の元に足を踏み入れた……
……その瞬間、ペルセースは何とも言えない不快感に襲われた。
体が言うことを聞かない、足に力を入れても大地を踏みしめる感触もない。
「お……おわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
驚きのあまりに叫ぶペルセース、その叫び声はいたくみっともないものであったが当の本人はそんなことはどうでもよかった。
何故なら……ペルセースの足には太い植物のツタのようなものが絡まり、彼の身体を宙で振り回していたのだから。
蒼華、その正体は……
「しょ、食人植物だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ペルセースの叫びが再び無人の平原に響き渡った……。




