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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter1:感情無しの強者
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掌の上で踊らされて

 ウェルギリウスは少し疑問に思っていた。


 何故この男は何度も立ち上がり、反撃の意思を絶やさないのだろうか。


 自分の剣撃は思いのほか軽いのだろうか。


 とどめの一撃となるには十分すぎるほどの攻撃を何度も叩き込んでも立ち上がるそのゲツヤの耐久性にウェルギリウスは困惑していた。


 だからといって、常に全力を尽くそうとする彼の攻撃の手は緩められることはなかった。


 一撃一撃に集中しゲツヤの意志を刈り取ろうと必死になっていた。


 ひたすら防衛に努めるゲツヤに負ける気こそしないものの、その異常なタフさに攻撃の手を緩められずにいた。


  そこでウェルギリウスは1つの仮説に行き着いた……というより、行き着く他なかった。


 ゲツヤは耐久性に秀でていて、ウェルギリウスの体力が尽きるのをひたすら待つという作戦を決行しているのでは、というものだ。


  その仮説が最も有力だという結論に至ったウェルギリウスは、ゲツヤの意識を一撃で断ち切るためにトドメを刺す方法を見出した。


 それは、顎の先端部分に攻撃を叩き入れるというものだ。


 いかに頑丈な身体を持っていようと、顎先を打たれ脳を揺さぶられて立っていられる人間がいるわけがない。


 だが相手も攻撃を仕掛ける中、相手の顎の先端を的確に狙うことは相当な手練れにとっても困難を極める作業である。


  しかし、それぐらい行われなければこの男を打ち破れないとウェルギリウスは悟った。


 そう思考している間にも、ゲツヤは様々な魔法で小細工をかけながら、精度の高い剣撃を入れてくる。


 実のところ、簡単に回避しているように見えてウェルギリウスも相当疲弊していた。


 このままではゲツヤの思惑通りに事が進んでゆくに違いない、そう確信したウェルギリウスはとどめを刺すべくゲツヤの隙を作ることに先ずは専念した。


 土魔法ガイーラを駆使し、ゲツヤの行動を妨げつつ、風剣流で着実に攻撃を積み重ねる。


 より一層精度を高め、左右への振り分けを強くしてゲツヤがバランスを崩したその瞬間、ウェルギリウスは土魔法ガイーラでゲツヤの足元を10センチほど高くした。


 顎が剥き出しになる。


 すかさずウェルギリウスは一瞬でゲツヤの懐に潜り込み、顎先めがけて木刀を振るった。


 鈍い音が響き、硬いものを木刀が掠めた感覚がヴェルギリウスの掌に伝わる。


 ゲツヤは崩れた。


 ウェルギリウスは木刀の先に感じた手応えから勝利を確信した。


 ゲツヤはもう立てない。


 ヴェルギリウスはおろか、全観客がそれに気づき大歓声が沸き起こる。


 それに入り混じるサリアの悲鳴やセルジュークの押し殺すような笑い声。


 そして倒れたゲツヤに治癒術師が駆け寄ろうとしたその時だった。


 何事も無かったかのようにゲツヤは立ち上がったのだ。


 場内の誰もが驚愕し、その目を疑った。


 ただ1人、セルジュークを除いてではあるが……


「何故だ、何故立てる!?」


 目の前で起こっているありえない出来事に対し、ウェルギリウスは声を荒げる他なかった。


「聖騎士ってのはこんなもんか……」


  ゲツヤがボソリと呟いたその直後だった。


  警戒を解いていなかったウェルギリウスの懐にいとも容易く潜り込んだ。


  その速度は先程までの攻防のときとは比べ物にならないほど速かった。


 その動きを目で追えた者はごく一部しかいなかったほどに速かった。


  そして木刀で一太刀。


 凄まじく鈍い音が炸裂する。


 その炸裂音と同時に、ヴェルギリウスの巨体が後方へと吹き飛ぶ。


 吹き飛び、地面に落ちて二転三転と土の上を転がる。


 回転が止まった頃には、誰の目にも明らかであった。


 ヴェルギリウスは気を失っている、と。


 すぐさま治癒術師がヴェルギリウスのもとに駆け寄る。


 多くの観客らが、先ほどのゲツヤのようにあるいは……と淡い願望を抱くも叶わず。


 圧倒的に優勢であったはずのウェルギリウスがたった一回の袈裟斬りで無様に散ったのであった。


 1人を除く観客たちの空いた口がふさがらない中、勝負はゲツヤの勝利に終わった。


 ウェルギリウスの激しい攻防の中、ゲツヤはウェルギリウスの戦い方を観察しようと思った。


 中級聖騎士がどれほどの実力かが分からないうちは下手に攻撃を加えると死に至らしめてしまう恐れがあったからだ。


  そこで、こちらからは攻勢に転じぬようにしつつ、ある程度反撃をしているように見せてウェルギリウスの実力を見定めていた。


  流石にまともに攻撃を貰ってはマズイと判断したゲツヤは防御魔法プロテクションで全身を覆い、鎧にも引けを取らない防御力を発揮していた。


  これがウェルギリウスの攻撃が一切効いていなかった理由である。


 防御魔法プロテクションは宮廷のお抱え魔術師のような上級の魔術師が使えるような高等魔法であり、それを下級聖騎士が使えるなどとヴェルギリウスは夢にも思っていなかった。


 そしてウェルギリウスの実力をある程度見切った。


 彼とて本気を出していなかったが、ゲツヤはそれも察知しある程度の強い斬撃ならば死ぬことはないと結論づけたのだった。


  一見ウェルギリウスが優勢に見えたが、実際のところはゲツヤの掌の上で踊らされていたに過ぎなかった。


 天聖騎士スカイナイトウェルギリウスが新人の下級聖騎士であるゲツヤに敗北を喫したことは決闘場にいる全聖騎士を驚かせるのには充分だった。


 将来、四大聖騎士への昇進さえ期待されているウェルギリウス、それを圧倒的な力でねじ伏せたゲツヤに一部の強豪聖騎士は居ても立っても居られなかった。


  そんな聖騎士の一人がゲツヤへの興味を抑えきれずにいた。


「あいつとなら、面白い戦いができるかもな。」


 見物者がいなくなった静かな決闘場で男の歓喜に満ちた声が木霊していた。


「もう、最初にやられてたときはすっごく心配したんだから!!」


 コルトニアの宿屋にサリアの怒声が響き渡る。


 上流階級の者しか宿泊できないような宿屋。


 様々な装飾が施され、部屋にはちらほらと純金製の部分も見受けられる。


 中でもひときわ目立つ、金が散りばめられた豪勢なシャンデリアがサリアの怒声を受けてか、揺れ動く。


「だから〜心配は要らないよ〜って私は言ったじゃないか〜。」


 場を和ませようとセルジュークの間の抜けた制止がなされるも


「今お父様にはお話ししてはおりません!!」


 激昂した今のサリアを止めることなど叶わず、むしろセルジュークに怒声が向けられる。


 それを受け、セルジュークは助けを求めようとゲツヤに視線を向けるも肝心のゲツヤは関心がないのかそっぽを向いている。


 その態度が気にくわないのか、さらにサリアはセルジュークに怒声を浴びせる。


 いつの間にかサリアの怒りの矛先はセルジュークに向かっていたが、ゲツヤはそんな事は気にも止めずに外の景色を眺めていた……


 夜の街を眺めるゲツヤ、その後方から冷たくも美麗な囁きが聞こえてくる。


「遊んでいましたよね?」


 それは銀髪セミロングの使用人、レミーナのものであった。


  レミーナの問いにゲツヤは沈黙を守る。


「私を倒したときの方がずっと動きが速かったので、流石に分かりますよ。」


  一度ゲツヤと手を合わせた彼女はゲツヤの芝居に感づいていた。


 それでも表情一つ変えず、返答もしないゲツヤにレミーナは呆れた顔を贈った。


  明日にはセルジューク邸に帰還し、巡礼の旅の準備をすることになっていた。








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