地に堕ちた聖騎士
ーーこの世界では間違いだが最も心の篭る方法で
とゲツヤは思った。
「火魔法……。」
呟きとともに世に顕現する小さな炎、それがキュリメスであった肉を焼き……焦がし……そして灰へと変えてゆく。
小さかった火が徐々に膨れ上がってゆくのを眺めながら、ゲツヤは両の手を合わせた。
この世界の文化はどうであれ、ゲツヤにとっては合掌するほうが意味があるような気がした。
ーーもし、仮にもし違う形で出逢っていたならば……。
そんな考えが一瞬、ゲツヤの脳裏をよぎるも何度も頭を左右に振りその考えを払拭する。
「違う……そうだろ、キュリメス=ヘルマ……。」
戦いを通して培った不思議な絆、その相手の名を口にし……そして拳をぎゅっと握りしめる。
拳に力を込めた後、ゲツヤは視線を炎から上空へと移す。
そこには雲一つない青空が広がっていた……が、ゲツヤが見たものはそれではない。
今はまだ視認できない……だが、禍々しい魔力を感知していた。
それも、急速にこちらに接近してきている魔力を……だ。
と、思考を巡らす間にも迫ってきており、その魔力の正体は既にハッキリと目視できる位置にまで来ていた。
「逢いたかった……逢いたかった、逢いたかったぞぉぉぉぉぉぉぉぉカゲミネ・ゲツヤァァァァァ!!」
大声を上げゲツヤの名を叫ぶ男が騎士剣を振りかざして降下してくる。
その動作を確認し、ゲツヤは呪剣の柄へと手を伸ばす。
男の剣撃、それを正面から受け止めて……激しい音が響く。
騎士剣と呪剣の激突、それが激しい音の発生源となっていた。
剣と剣がぶつかり合う中、ゲツヤは降って来た男を隅々まで観察する。
服装は、ルナヒスタリカ王国聖騎士の制服、その上に悪魔信仰者のローブを纏ったものだ。
後ろで適当に結ばれた紅の長髪に高い身長、そして何よりも世の全てを憎むかのような鋭い眼が特徴の男。
そんな容貌の男、ゲツヤが知るのはただ一人……
「……ウェルギリウス……。」
目の前にいる男の名を口にする……すると、男の瞳孔が開いた。
「覚えていたか!俺はウェルギリウス=ムーン、てめぇの首を刈り取る者だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「くっ……。」
ウェルギリウスの力と気迫、それらに押されゲツヤは鍔迫り合いに負ける。
ウェルギリウスはかつてコルトニアで決闘を行なった聖騎士、それが何故……
「……なんで悪魔信仰者なんかに……」
鍔迫り合いに負け、後方へ弾き飛ばされる中ゲツヤは風魔法を飛ばされた方向と逆向きに発動させて着地。
着地点、ウェルギリウスから5mほど離れた位置から呪剣を構える。
ーー風剣流奥義[玄武断岩]
飛ぶ斬撃がウェルギリウスを襲う……が、
「笑止!」
迫る斬撃を騎士剣で断ち斬る。
二つに裂かれた剣撃がウェルギリウスを通り過ぎ後方の砂地へと墜落。
砂漠に二筋の裂け目が一瞬だけ生じる。
ウェルギリウスがゲツヤの技を打ち破ったことに愉悦を感じている間、ゲツヤは次の行動へと移っていた。
ーー火剣流奥義[朱雀炎舞]
呪剣に火炎が宿り、ゲツヤの左手には呪剣より一回り小さい炎の剣が握られている。
双剣が織り成す縦横無尽の連撃、それがウェルギリウスに降りかかる。
しかし、ウェルギリウスも負けじと右手に騎士剣、左手に鞘を握る。
ーー防御魔法
鞘の強度を底上げし、ウェルギリウスも双剣としてゲツヤに応戦する。
右左上下斜めと幾度となく攻撃が飛び交う中、ゲツヤの言葉も飛び交った。
「何故……急に腕を上げた?」
決闘からさして時間は経っていない……少なくともこれほど腕が上がるとは思えない。
それほどまでにウェルギリウスは腕を上げているとゲツヤは感じた。
故の問いだ。
そして、その問いを聞きウェルギリウスが不気味な笑みを浮かべて口を開いた。
「七曜の力さ。俺はてめぇを殺すためだけに悪魔信仰者となった。」
「そこまでして俺を殺したいのか……でもな、そっちに行ったら人として終わりだろうがぁ!」
「そうさせたのはてめぇだろうが!!それに、こうでもしなきゃ、てめぇの様な化け物に勝てるわけねぇだろうが!」
「それでも、お前は俺に勝てないよ……」
「ふっ……どうかな、俺の七曜印:病魔の浸蝕に勝てると思うか!?」
「七曜印?それがキュリメスの言ってた七曜のことか……」
「んなこたあ知らねぇが、分かるのは、てめぇは俺には勝てねぇってことだ!」
ゲツヤとウェルギリウスの双剣による斬り合いは互角……いや、ゲツヤが少し押していた。
それをウェルギリウスも実感し、少しゲツヤから距離をとる……だが、その顔には笑みが宿ったままだ。
「決め手だぁ!」
そう叫んだウェルギリウスは騎士剣を握っていない方、つまり左の手……それの掌をゲツヤの方へ突き出す。
ーー翼を捥がれし天使
「くふっ……」
情けない声がゲツヤから溢れでる。
それとともに、ゲツヤの身体中から脱力感が滲み出して呪剣を振り上げることすら叶わない。
これがウェルギリウスの七曜印なのだろうか。
無論、そのような思考を巡らしても体は動かず、そうこうする間にウェルギリウスが騎士剣を構えて迫り寄ってくる。
「終わりだな……。俺の名はウェルギリウス=ムーン、悪魔信仰〈月〉の大司教……そして貴様に引導を渡した男だぁぁぁぁ!!」
莫大な魔力が込められた騎士剣、それがゲツヤの首めがけて振り下ろされる。
ピクリとも動かない身体、この状況を打破するには……
なんとか動く表情筋をゲツヤは動かし、ニヤリと笑った。
ーー陶酔する美女の小箱
その能力の発現とともに、ゲツヤの内から魔力が溢れ出る。
尽きかけていた魔力が湧き出る。
しかし、その魔力が自分のものでないことはすぐに分かった。
何故ならそれらの魔力は全て、これまでにゲツヤが闇魔法で吸収し蓄えてきたものなのだから。
魔力が満ちてなお、増え続ける魔力、それが体外へと放出されて黒いオーラのような物へと変貌する。
その黒くも輝くオーラはゲツヤの肉体の表面に漂い、あたかもゲツヤ本人から黒い光が出ているかのよう。
陶酔する美女の小箱は言わば一種の身体強化系の魔法……だが、普通のそれとは訳が違う。
身体強化魔法が通常の1.1倍から鍛えた人で1.5倍程度、力や速度、反射神経が高まるものだ。
だが、陶酔する美女の小箱はどれか一つ……ではなく、使用者の全能力を引き上げる。
しかも、1.1〜1.5倍とは比べものにもならない3.0倍の上昇を可能とする。
だがその性質上長時間の使用は不可能……仮にゲツヤの闇魔法に蓄えられる魔素量を最大限に溜めたとして5分間だけである。
この陶酔する美女の小箱はゲツヤの能力でも最も強力なものである。
それの使用により動かなかったゲツヤの身体は、先ほどまでとは打って変わって素直すぎるほどに動くようになった。
そして、ウェルギリウスのトドメの一撃を間一髪で回避する。
騎士剣が空を切り、砂に刺さる。
「ふざけんなよ……今ので死にやがれよぉぉ!」
空ぶった剣、それが本来捉えるべきだった相手……ゲツヤをウェルギリウスは睨む。
ウェルギリウスの剣撃から右に避けたゲツヤ、だがその動作はウェルギリウスに視認されていた……それもそのはず、ゲツヤは基礎値を下げられていたのだから。
向上させた今でようやく通常の1.2倍程度しか力を出せない状態であった。
ウェルギリウスが苛立ってゲツヤを睨みつけ、接近してくる。
それは好都合であった。
もって残り2分、その間に決着をつけねばゲツヤに勝機はないのだから。
騎士剣を横に薙ぎながらウェルギリウスが叫びをあげる。
「俺は……てめぇを殺すために悪魔神から〈月〉の七曜を授かったんだよぉぉぉ!」
「それでも……それでもそっちに堕ちれば、人で無くなる……」
騎士剣を水剣流の技術で受け流し、そこに生じた隙をついてカウンターを仕掛けようと呪剣を斜めに振り下ろす。
「そうなったのはてめぇのせいだと言っている!」
ゲツヤの袈裟斬りはすんでのところでスウェイでかわされる。
そして、ウェルギリウスは上体を起こすとともにゲツヤの首付近をめがけて斬りかかり、開いた左手で鞘を抜いて足元を狙う。
「それに、この戦争はてめぇらの負けだぁぁぁぁ!」
騎士剣を上体を曲げることで回避し、鞘は呪剣で受け止める。
呪剣と鞘が鉄と鉄の衝突音を響かせる。
「どういうことだ!?」
鞘を弾き、ウェルギリウスの体制が少し崩れたところでゲツヤは横腹付近に蹴りを入れる。
「援軍だ。それもカルデアから大量に仕入れた魔銃を装備した奴らがなあ!」
そのウェルギリウスの一言で、ゲツヤの顔は一気に青ざめた。
ゲツヤが元いた世界でもそうだった。
鍛え上げられた精鋭部隊、それが雑兵の放つ鉄砲の前では無力に等しいということ……それを歴史が証明していた。
この世界でも同様のことが起こることは十分にあり得る話であった……いや、ウェルギリウスの言い方的にも起こることは必然とも言えよう。
ーーまずい……。
ゲツヤは最大限に力を込めて呪剣を横に振る。
ゲツヤの蹴りで体勢を崩していたウェルギリウスは、剣撃を騎士剣で防ぎつつも後方へ吹き飛ばされる。
二転三転と砂上を転げ回るウェルギリウスを背に、ゲツヤはラルドへ戻るべく浮遊魔法を発動させる。
重力から解き放たれる感覚がゲツヤの体を走る。
すぐにでも加勢に向かわねば、という仲間への心配を胸にゲツヤは飛行を開始する。
風魔法で加速をかけ、速度が乗り始めて、頬に空気が当たる慣れた感触が確認できる。
ーーーーーー闇が奔る。
「がぁ……。」
力のない声を出し、突如としてゲツヤの身体は落下を始めた。
自由落下を続ける中、ゲツヤの思考は痛みに支配されてゆく。
ーー仲間を助けなきゃいけない、痛み、のにこんなところ、痛み、で止まってなんか、痛み、いられないの、痛み、に何や、痛み、って、痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み
そして、ゲツヤは砂に激突した。
砂煙が辺りを覆い、ゲツヤの落下点を中心に大きな円形の窪みが生じている。
口からは溶岩のように熱いものが流れ出る。
気のせいか、体も燃えるように熱い。
その熱の一際強い箇所、右の横腹を手で押さえる。
ーー無い!?
しかし、右手に感覚はなかった。
再び右手を失った、その衝撃の事実がゲツヤの思考を混乱させる。
痛みと驚きと恐怖に支配されながらも、ゲツヤは恐る恐る自身の右手に目をやる……。
だが、そこには鮮血に染まった傷のない右手があった。
それに一安心するゲツヤ……というわけにはいかない。
何故なら、右手から少しそれたところ、右の腹にポッカリと穴が空いているのだから……。
まるでそこには最初からあったかのように綺麗な円状の穴がある。
それを目視することで、さらなる痛みと衝撃がゲツヤの体を襲ったのだが叫びどころか声一つゲツヤはあげない。
どうしてか今はいたって冷静であった。
脳裏をよぎるのは最も効果的で迅速な応急措置と、いかにすることが仲間たちに貢献できるか……ということだ。
内臓もやられ、かつてない痛みだが全くもって気にならない。
「氷魔法」
詠唱とともにゲツヤの右腹の穴が凍結し、出血が終わりを迎える。
それを確認しても感情の変化はない、喜ぶだとかそういったものは皆無だ。
かといって、かつてのゲツヤに戻ったというわけでもない……感情がない、というよりは感情を出すプロセスすらも惜しんでいるかのよう。
少しでも活動できるうちに仲間の役に立とうと……。
ゲツヤは自身を襲ったのが闇魔法であることを傷口から認識する。
そこにあったものが消えたかのような傷……そんなこと闇魔法以外で出来得るはずがない。
となると、それが使えそうなのはただ一人。
己のことを〈月〉の大司教と名乗ったウェルギリウスだ。
キュリメスがゲツヤのことを〈月〉と呼んでいたのが決めてだ。
「逃げられない……なら!」
ウェルギリウスがいるであろう方角を睨む。
ゲツヤは腹をくくり呪剣の柄を握りしめる。
残された時間は僅か……。
陶酔する美女の小箱の制限時間が迫っている……恐らくあと一回の攻防で雌雄が決する。
死にたくない、死なせたくない……だが、それは叶わぬ願い……。
ならせめて、今取れる最善策を取るまで……。
ゲツヤはそう判断し、決断し、そして覚悟して、いつの間にか近くまで迫っていたウェルギリウスの元へと斬りかかった。




