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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter3:東の砂漠の黄昏
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彼の者の追憶

ーーーーーーそれは少年にとっての初めての失態であった。


 真っ暗な中、街灯が仄かな明かりをもって周囲を照らしている。


 暗闇の世界から解放された景色は一面灰色。


 小さな凹凸が無数にあるグレーのセメントでできた地面であった。


 明度ゼロの真っ黒な色をした髪を肩まで伸ばし、右眼を隠している少年は何も見えないはずの暗黒の先をじっと見つめている。


 少年は齢にして11、小学5年生。


 そんな幼い少年が無感情の冷たい瞳を向ける先、一見暗闇に包まれ何も見えないが、そこには1人の男がいた。


 背丈は180前後、こちらも同じく黒い髪(少年ほど真っ黒ではないが)を短く切りそろえおり、誠実そうな顔つき、そして程よくついた筋肉。


 顔の若さといい雰囲気といい、高校生くらいであろう。


 その推測は正しい。


 彼の着用している制服が、彼が高等学校所属であることを証明している。


 高校生の男と対峙している……この状況は少年にとっては予期せぬ出来事であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 事の発端はつい先日、少年に1人の不良少年が絡んできたところに遡る。


 大通りから少し脇道に逸れたひと気の少ない場所、そこを通りかかった少年に火の粉が降りかかったのだった。


 一本の太めの腕、それが少年の行く道を遮る障害となった。


 視線を上げる……するとそこには1人の男が少年を睨みつけて立っていた。


 染めたのが一目でわかる不自然な茶髪、形容し難い独特な臭い(恐らく酒、タバコであろう)、そして左右の耳にぶら下がる金属でできた角柱状や十字架状のピアス。


 誰がどう見ても典型的な不良少年な容姿を、その男はしていた。


 制服から察するに近くの高校生だ。


 タバコや酒、高校生が常用するには少々値段が張る代物だ、それ故か持ち金に困った男はあろうことか小学生にたかっていたのだった。


 殆ど体格的に成人と変わりのない高校生が小学生にカツアゲをするなど……理不尽かつ一方的すぎる。


 そう……余りにも一方的すぎた。


 不良の要求は持ち金全てを譲渡することであった……が、それに少年は応じることなく沈黙で答えた。


 当然、男は頭にくるわけで多少働いていた理性がそれだけだ全て吹き飛び小さな少年に殴りかかったのだ。


 仮に誰かがその場を目撃していたのであれば、誰もがその目を背けるだろう……少年の身に降りかかる痛みを哀れむかのように。


 だが、実際には違う顛末へと向かうのである。


 不良が拳を突き出す先には何もないし、彼の視界に映るものは何もない。


 あるのは一面の黒だけ。


 状況が理解できない、そんな不良は自身の目を押さえつける、目が疲れたのだろうか……と。


 だが、彼の求めるものはそこにはなかった。


 あるのは……空洞、かつて眼球が確かに存在していたそこには、不自然な空洞が生じていた。


 顔中に粘性のある液体がこびりついていて、それが不快な鉄の味を備えている……。


 目を押さえた掌もグチョグチョになっており、其処からは血の香りがした。


 そして彼は理解するのであった……眼球を抉られたのだと。


 そこからは痛みだった。


 痛むのは眼だけのはずが、全身が焼け爛れるような痛みを感じていた。


 声にもならない声をあげ、地面をのたうち回る……身体を覆い尽くす熱を必死に逃がそうと。


 その光景を冷たくも何も映さない瞳で見下す少年、彼の両の手に握られたナイフにはそれぞれ一つずつ白く濁った球体が突き刺さっている。


 少年が何を思っているかは分からない……彼は、ただただ不良の両の目から絶え間なく零れ出る血を眺めていた……。


 だが、流れが変わった。


 痛みに慣れた……訳ではないだろう、しかし不良の思考回路が多少正常に戻ったのは確かであった。


 証拠として、彼の次の行動があった……大声で助けを呼ぶと。


 全身を支配する痛み、それに一瞬だけ口元だけでいいから動くよう必死に祈りを込めて……大きく口を開き…………


 そして、口とともに喉元も大きく開かれた。


 不良の救いを求める声はヒューヒューという虚しい空気が通る音へと変わる。


 少年がナイフで裂いた喉からはドクドクと赤い血液が流れてゆき、路地裏に血の海を形成して行く。


 そして、不良がピクリとも動かなくなったのを確認し少年は大通りの方へと踵を返したのであった。


 残虐な殺し方……にも関わらず不良の死に顔は安らかなものであった、痛みからの解放を喜ぶかの如く……。


 だが、ここからが問題である。


 少年が事を終わらせ人ごみに消えゆく最中、1人の男がこの現場を目撃していたのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 こうして今に至る。


 この誠実そうな男は、先日の殺害現場及び殺害シーンを目撃した男らしい。


 完全犯罪のはずの少年の計画は一気に窮地へと立たされた訳だ。


 だが……彼が誠実かつ正義心の強い青年であったことが少年にとって不幸中の幸いであった。


 どうやら殺した不良は青年の後輩らしく、似合わずとも相当親しい仲だったらしい。


 そんな友人を殺害された……青年は自らの手で仇敵を討とう、と決心した。


 その男らしさ故か、警察及びその他の人間には一切他言していない……そこに少年の勝機があった。


 この青年も殺せば丸く収まる。


 少年は確実にこのミッションを達成しようと気構える。


 その雰囲気の変化を察したのか、青年は掛け声を一つ閑静な港に響かせた。


 青年の合図、それとともに男は眉間にしわをよせて少年に走り寄る。


 拳は固く握られており、それは無駄のない動きで少年に牙を剥く。


 それを見切ったと言わんばかりに、少年は寸前で拳を避けて両の手で青年の腕を流す。


 しかし、その打撃はデコイ。


 攻撃をいなされ体勢を崩したかと思われた青年は、前方に身体が慣性により引っ張られてゆく中、少年の空いた左腹に蹴りをかます。


 危機を咄嗟に感知した少年は、腕を十字に組み青年の蹴りを防ぎ、衝撃に身を任せるかの様に右にサイドステップする。


 腕による防御とステップが青年の蹴りの威力を大幅に緩和して、少年に目立った外傷は無かった。


 しかし、小学生を襲ったのは高校生の蹴りだ……外傷は無くとも少年の内側には激しい痛みが走る。


 苦痛が身体の自由を奪おうとする中、少年はその実情を一切外部に漏らすことなく次の行動に移り始めた。


 恐らくあと一撃でも貰おうものなら身動きが取れなくなるだろう、少年は自身が窮地に立たされていることを把握し、それでも一切の焦りを覚えない……いや、覚えることができない。


 外に感情を表せないかのように、少年は機械的に身体を動かす。


 それを目の当たりにした青年は驚くほかなかった。


 自分の蹴りを受けた人間、しかも小学生が苦痛の声一つ上げず苦悶の表情すら浮かべずに向かってくるのだから。


 その隙だ。


 驚愕と言う名の鎖に反射と思考全てが巻きつかれた青年、その目の前にいつの間にか少年は辿り着いていた。


 なんとかしなければ……青年の判断、それは既に無意味であった。


 すると突然、青年の目の前で爆発が起こった……少年の猫騙しだ。


 ただの猫騙し、だが頭が混乱している最中ではそれが絶大な効果をもたらす。


 青年は最早何が何だか分からない、ただ何かを恐れるあまりに無闇矢鱈と拳を振り回す。


 無論、その無様な拳が少年を捉えることは一切なく一つ一つを丁寧に避けられて……たった一つだけ偶々少年の顔面を捉えた。


 が、少年はそのラッキーパンチすら許さない。


 拳の直撃とともに首を捻り、その攻撃を流す。


 そして……ポケットから取り出した一つの携帯ナイフが月光を浴びて鈍く光った。


ーーーーーーズブリ。


 柔らかく硬い肉の感触が刃越しに掌に伝わってくる。


 そのままナイフに入れる力を前方向から横にシフト。


ーーーーーーズパ。


 最初とは比べ物にならないほどアッサリと刃が進んだ。


 青年の首には一筋の線が走っている。


 その綺麗な直線からは赤い液体が溢れ落ちてゆく。


 口を何度も開閉させて、顔が青白く変色して行き、何かを求めて手を仰ぎ、瞳孔が開き、眼球が反転し……そして青年は死んだ。


 港のコンクリートが赤く染まってゆく。


 同じく赤く染まった刃を少年は、舌でペロリと舐める。


 それは、いつもより苦い鉄の味がしたのだが何故に今まで殺してきたクズ人間と味が違うのかが少年には分からなかった。


 夜を仄かに照らす満月しかこの日の出来事を見ていなかった……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日、少年はいつもと同じ様に家を出る。


 見送る人は誰もいない。


 母と父はもうこの世にはいないのだから。


 この穢れた掌だけが全てを知っている……。


 そんな、誰一人として少年の他に住人のいない静かな家から出た少年はいつもと同じ様に歩みを進める。


 向かう先はいつものあの場所。


 少年の通う小学校であった。


 とくになんら変わった所のないごく普通の小学校、あえて特徴を挙げるとすればその校舎が少し古ぼけていることぐらいであろう。


 広くもなく狭くもない校庭には25mプールが隣接されており、ここにも目立った点はない。


 そんなごくごく普通の小学校に少年は通っていた、昨晩の様な行為を幾度となく繰り返しておきながら。


 しかし、至って普通の学生生活……ではないことが事実であった。


 少年の達観した性格……もとい感情という機能が殆ど備わっていないことが原因で、少年には友人というものが殆どいなかった。


 「殆ど」、つまりはごく少数ではあるが存在はしていた……それがたった一人の同級生の少年のだった。


 彼は無表情な少年に対して気兼ねなく接する数少ない、いや唯一の人間でもあった。


 そんな彼が時折語る「神々の世界の物語」を少年はいたく気に入っていた。


 灯すことを許されない心の炎が微かに蘇る……そう少年は感じていた。


 午前の授業を済ませ、少年は胸を弾ませて(他人から見れば無表情以外の何物でもないのだが)いつものあの場所、図書室へと向かった。


 そこには椅子に腰をかけ、隣の席を空けておいた少年の友人であった。


 早く隣に座る様促され、少年が席に着くやいなや友人は、昨日発売されたゲームの話を振ってくる。


 自分は賢者になって攻撃魔法も回復魔法も使いたいだとか、少年は器用になんでもこなす魔法剣士がお似合いだとか。


 ファンタジーもののRPGゲームらしいが、少年はその類……というと語弊がある、メディアの情報に疎かった。


 それゆえに話の内容がこれっぽっちも理解できず、どう反応すれば良いのかも分からない。


 その様子を見た友人は、早く本題に入って欲しいと少年が要求していると誤解した(あるいは誤解ではないのかもしれないが)。


 仕方ない、と溜息をついて口にし友人は事の本題すなわち「神々の世界の物語」を語り始めるのであった。


 先ほどまでの明るい小学生、といった声色ではなく吟遊詩人が大衆に語りかけるような、そんな神秘的なトーンで友人は語る。


 今日の物語は、賢い神の話。


 生まれてすぐに太陽の神から牛を盗み出し、さらにはそれを虚構で包み隠した。


 それが全能神にいたく気に入られ神として迎え入れられた者。


ーーーーーー名前はそう……ヘルメス。別の神話ではマーキュリーと呼称される神。

 

 






 

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