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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter3:東の砂漠の黄昏
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黒き小箱

ーーーーーー深い深い無理解の海。底の知れない海にゆったり……ゆったりと沈んでいく……。


 何故ここにいるのか……記憶を辿る……。


 気がつけばこの海に沈んでいた……それよりも前……そうだ、ゲツヤは再びキュリメスに敗北を喫したのだった。


 閉じた瞳、そこにいまだ鮮明に映る最後のしたり顔。


 まるでゲツヤに勝利を収めることを確信したかのようなあの表情が腹立たしい。


 油断はしていなかった。


 力量に差もないであろう……いや、むしろゲツヤの方が上回っていたとさえ思える。


 だとすると、ゲツヤとキュリメスとの差は何か……。


 分かってる……経験の差だ。


 潜り抜けてきた修羅場の数が違いすぎる。


 それ故に戦闘時の立ち回り等の技術や機転の面においてゲツヤはキュリメスの足元にも及ばなかったのだ。


 今までゲツヤがどれほど強敵相手に工夫を凝らしてきたかを考えてみれば良くわかる。


 今まで立ち塞がってきた障壁は脆い。


 少し押せば倒れて崩れるような古ぼけてヒビ割れた薄い壁だ。


 ゴリ押し……真の適正への目覚めもなく、ただ仮初めの力をそのままぶつけただけ。


 それで此れまでを乗り切ってきた……ああ、苦労などしていなかったのだと今になって思う。


 そんなものが経験値を上昇させてくれるとはゲツヤは到底思えない。


 経験値はおろか、偽物の能力への過信を招きかねない……(実際にそれは起こったわけだが……。)


 そうゲツヤが物思いにふけている間にも身体はどんどん深みへと迫っていく。


 ゆっくりと重力に従う身体、流れに抗うこともなく……再び思考を巡らす。それが道理、それが最適、不思議とそう思えるのだ。


 そうしてゆらりゆらりと深淵へとその身を委ねていく……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 いつ頃からだろうか、身体に起きている異変にしばらくして漸く気付いた。


 一切光の届かない深い海の中、ゲツヤの身体が……存在が少しずつくらい海の中へ溶けていっている。


 このまま溶けて無くなってしまえばどうなるのだろう……。


 死ぬのだろうか……。


 嫌だ……死ぬのはごめんだ。


 怖い、とかそんな感情ではない。ただ……今のゲツヤはゲツヤ1人のものではない、そういうことだ。


 かつて自分で自分を殺めたあの時とは違う。


 今のゲツヤには頼れる人がいる、頼ってくれる人がいる。だから死ねない、死にたくない、死ぬわけにはいかない!


 約束を守るために……彼女、サリアを賢者にするため……今ここで死ぬわけにはいかない。


 絶対に……。


ーーーーーーーーーーーーなら……ワタシの愛を受け止めて……この情熱を貴方に……。


 耳から入ったものではない、直接脳に訴えかけてくるかのような声が聞こえた。


 誰の声だろうか……何処か聞き覚えのある声だ。


 誰かの声に加工が加わり無機質な感じを醸し出している声、それが不可解な言葉を置いていった……。


ーーーーーー愛を受け止めろ?


 ふざけるのも大概にしろ。あるのは聞き覚えだけ、決して親しい人物の声とは限らない……というより、親しい人物ならその声で判別がつくはずだ。


 こんな正体不明からの愛など……


ーーーーーー受け取るわけがないだろうが!


 そう気味の悪いものを押しのける呪詛を放とうとしたときであった、あるものに気付いたのは……。


ーーーーーー箱?


 箱だ。黒い箱。一辺が30センチほどのいたって普通の小箱。


 唯一変であることはそのボディ全てが真っ黒に染色されていることだろうか……。


 そんな箱が計3つ。大中小と大きさに違いがあるわけではなく、ただ見た所同じような箱が3つ海の中にプカプカと浮かんでいるのだ。


 薄々感じてはいたが……ハッキリした。


 どうやらここは海ではないらしい。


 普通、海の中で物体が浮き沈みしないなど何かの力が加わらない限りはありえない。


 だが、この箱が浮き沈みしないところから見てここは海ではないのだろう。


 そもそも光の届かないこの暗闇の中でどうして真っ黒な3つの箱が見つかろう……普通なら見つからない、普通なら……。


 その普通でない黒い小箱、話の流れからこれが正体不明のいう「愛」なのだろう……。


ーーーーーー開けるか……?


 いや、開けない方が賢明だろう。開けていきなり「契約されました」的なことにもなりかねない。


 悪徳な詐欺師がいかにもやりそうな手口だ。開けてプラスならいいが……マイナスだったら……。


 デメリットを考えると、開けずにプラマイゼロが一番無難で安全だ。


ーーーーーー受け止めて……ワタシの愛を、ねぇ……貴方は入り口に立っただけ……箱を開けなきゃ未来は掴めない……。


 再び響くあの正体不明の声。


 未来を掴めない?バカ言え、掴める掴めないじゃない、掴むんだ。


 それがゲツヤが此れまでの戦いを通じて得た一つの教訓だ。


 確率云々の話ではない、守りたいものがあるから、助けたい人がいるから、未来は掴まなきゃならないんだ。


 その為にも……博打に手を出すほどゲツヤに余裕はない。


 ならば最適解は……


ーーーーーー……おい……聞こえてるんだろ?箱を開けたらどうなる、答えろ……。何が起こるかも分からずに開けられるわけがねぇだろうが……。


 瞳を閉じて強く強く言葉を込めて念じる……正体不明に届けと……。


 すると再三、脳に言葉が響き渡る。


ーーーーーー希望。神から送られしパンドーラの箱は希望を宿している。ワタシはそれを貴方に託す……。


ーーーーーー希望……ねぇ……。眉唾ものだな……。希望なんてものがそんなコロコロと訪れてきても信用しろって方が難しい話だ……。うまい話には裏がある……いつの世だってそうだ……。


ーーーーーーでも……このままでは貴方は何も果たせない……。ただ入り口に呆然と立ち尽くし……そのまま朽ちていく宿命……。それを変える希望……。


ーーーーーー……それにパンドーラの箱、元の世界の神話だったか……幼い頃、あっちで唯一仲の良かった奴から聞いたことあるよ……災いかなんかを呼ぶ箱だろ……?売り込むのならネーミングにも気をつけるんだな……。


ーーーーーーパンドーラの箱は希望。それを幸福への希望と捉えるのか、希望による絶望という災いと捉えるのか……それはその人次第……。希望と絶望は表裏一体。希望に縋るだけでは絶望へと転落する。希望を叶える為に尽力するならばその希望はいつか大きな幸福となる……。もしくは、希望そのものが厄災なのか……虚構の幸福を求め尽力し……その果てに待つものが何もないと知らずに、ただ苦痛を味わい続けなければならないのか……。


ーーーーーー希望も絶望も行動次第……か……。


ーーーーーー貴方ならワタシの愛を受け入れて、希望を幸福へと繋げることができる……そう信じている……。


ーーーーーー……………………分かった……開ける……だが、正体不明の愛には応えられない……でもまぁ……少しくらいは信じてやるよ……。


ーーーーーーありがとう……。


 感謝の言葉、それとともに脳からスッと正体不明が立ち去っていくのがはっきりと感じ取れた。


 頭に残る不快感を払拭しようと何度も何度も頭を振る。


 そして深呼吸。


 深く息を吸い、吸った空気全てを体外へ放出する……空気と一緒に不快感も抜けていくことを期待して。


 落ち着きを取り戻し、再び箱と対峙する。


ーーーーーーまずは一つ目……。


 左から順に開けていく……その一つ目。


 箱の上部にある蓋をゆっくりと持ち上げる……中にはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何もない……。空っぽだ。


 動揺を隠せない……メリットもデメリットもなく……ただの嫌がらせ、そうとしか取れない。


ーーーーーーおい、ふざけ……


 正体不明に糾弾しようとしたその時だ……。


 何かが……何かが脳という記憶媒体に新しく記述されていく……。


 いつ以来だ……この世界に来た時以来だろうか……。


 ぬるぬると潤滑油が脳のシワの中に入り込んでいくかのように……。


 言葉にできないほどの気持ちの悪さを伴って……新たなるページが脳に追加された……。


ーーーーーーーーーーそして……気付いたら、深い海の底ではなく……真っ白な世界に立っていた……。


 そこに響く聞き覚えのある弾んだ声が、今度は何処に来たかをゲツヤに実感させたのであった……。

 

 



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