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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter3:東の砂漠の黄昏
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軍議

 明朝……夜の寒さが抜けきらないこの時間、テオドア帝国の首都ラルトはただならぬ空気に包まれていた。


 無論、その場にいる誰もが事態を把握しており、そのことに口を出す者など皆無である。


 張り詰めた空気、それが町中を覆い尽くす。


 ラルトに設置された東西南北四つの門に帝国兵は集っている。


 こんな緊張状態が一晩中続いて、今尚継続している。


 にもかかわらず、疲れや怠けを表面に出す者はいない……むしろ、常に緊張感を保っている。


 一瞬でも気を抜けば殺される……それは誰もが先の戦いで嫌でも教えられた真理。


 それを知ったが故に敵軍警戒を誰一人として怠るものは一晩中出現しなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 外で兵が敵軍の接近を監視している一方、エトナ城では軍議が開かれていた。


 装飾一つ施されていない、実用性のみを追求した会議室……そこの中心となっているのは言うまでもなくアリスであるが、この軍議にゲツヤ一行も加わっていた。


「では、まずは初めまして、ですね。」


 初対面のサリア、レミーナ、メーナに対し、アリスは華麗に礼をこなす。


 その優雅なお辞儀にサリアたちは一瞬目を奪われた。


 ハッと我に帰ったサリアたちは、それぞれ礼をするのだが、慌てたサリアは型が崩れておりメーナに至っては幼さ故か礼儀作法をわきまえておらず、結局まともに礼を返せたのはレミーナだけ……ということになった。


「ふふっ」


 サリアたちの慌てぶりを見てアリスが笑みを浮かべる。


「なっ……何なの!?」


 自身の失敗を笑われたとサリアは頬を真っ赤に染めてアリスを見つめる。


「いえいえ、あまりにも楽しそうだったもので。」


 屈託のない純粋な笑み。


 それが嘘はついてないとサリアに訴えかけているようであった。


「それでは、セルジューク伯の御令嬢、サリア=メナス殿、此度はテオドア帝国に加勢いただき誠に感謝申し上げます。」


 先程までの年頃の少女のような微笑みとは一変、厳粛な雰囲気を身に纏い言葉を述べるアリスの姿は正しく国を率いる皇帝の名にふさわしいものであった。


「いえ、わたくしも賢者修行中の身、貴国の危機の援助に加わることができ大変恐縮であります。」


 そのアリスの空気のせいか、サリアの口調も今までにないくらい丁寧極まりないものとなっていた。


 出会ってから一度も目にしたことのないサリアの改まった対応にゲツヤは感心せざるおえなかった。


 そしてそれが、サリアが貴族の令嬢であることを改めて……いや、初めてゲツヤに認識させた。


「ところでサリア殿……」


「サリアで構いません。」


「それでは、私のこともアリスで構いませんし、敬語も不要ですわ。」


「分かったわ、よろしくねアリス!」


「はい!ところで、貴方のお父様は今何をしていらっしゃるのでしょうか?」


「お父様のことは何も……。」


「そうですか……。以前、カルデア王国に出向いていたそうですが……あの方に助太刀いただけたなら百人力でしたのに……。」


 アリスの表情はどこか残念そうである。


「カルデア王国って……祠がある国か……」


 聞き覚えのある国名に思わずゲツヤの声が漏れる。


 かつてセルジュークに受けた賢者についての説明を思い出す。


 そのときは名だけ聞いただけであったが……


「はい、西方にある国です。正式にはエリュシオン朝カルデア王国と呼ばれる国で、大陸でも最も古くから存在する国です。ルナヒスタリカ王国やテオドア帝国が魔術や剣術を発展させてきた一方、カルデア王国では科学が進んでるんですよ!」


「く……詳しい説明をありがとう……レミーナ。」


「いえいえ!こんなの造作もありません!」


 辞書のような緻密な説明をつらつらと述べたレミーナ、それを褒めてもらえたと思ったのか胸をそらしている。


ーーーーーーカルデア王国……か……。


 剣と魔法の異世界で科学の道を選んだ国、興味がないかと言われたら嘘になる……が、それ以上の何かをゲツヤは感じていた。


「はいはい、カルデア王国のことはもういいですから、問題は悪魔信仰者ディモニストです!」


 脱線していた議題内容が、アリスの手によって元のレールへと戻される。


「すまない……敵将……〈水〉の大司教は俺に任せてくれないか……?」


「ちょっ、おまっ!?昨日助け合うって……」


 突如挙手し、敵将を任せろと宣言するゲツヤにミツヒが驚き、ゲツヤの胸ぐらを掴む。


「ちっ……違う!ミツヒのことは頼りにしてるし……ただ、負けたままじゃ……」


「悔しいってこと?」


「ああ……。」


「……分かったよ!今回だけな!」


 そう言って、ミツヒは掴んだ胸ぐらを離し、拳でトンっとゲツヤの胸を叩く。


 その胸から伝わる衝撃はゲツヤの脳髄を焼き焦がすかのようであった。


 決して苦痛ではない……寧ろ快感やそれに準ずる何かであると感じている。


「まぁ、ではゲツヤさんに敵将は任せます!問題は敵がどう攻めてくるかです!」


 アリスの一言のもと、会議室全体に苦悶の声が響き渡る声。


 参謀をはじめとするテオドア帝国の各諸将が頭を幾ら捻れど答えは出ない。


「私は、兵を四分して四つの門全てから攻めてくると見ています」


「しっ……しかしそれでは!?」


 アリスの予測、それに不可解さを感じた帝国軍人が疑問の声をあげた。


 しかし、それを想定内と言わんばかりにアリスは説明を続ける。


「ええ、確かに敵には不利。けれども先の戦いで分かったことだけど、敵将は決して知謀に長けた将ではないわ。少なくとも私よりはね!」


 アリスの言葉の意味が分からず、会議室内の誰もが首を傾げる。


 そうなると見越していたとばかりにアリスは笑みを浮かべるのであった。


「ゲツヤさん……貴方は此処に来る前にも〈火〉の大司教と一戦交えた……そうですよね?」


「ああ……」


「ゲツヤさんは一度、大司教相手に勝利を収めている方。聞くところによると、〈火〉の大司教は策略に長けた方だったそうですね。」


 突如響く机を叩く音、皆の視線がその音源へと釘差しになる。


 そこには一向に真意の見えないアリスの言葉に苛立ちを覚えアリスを睨みつける1人の老齢な参謀がいた。


「それがどうしたというのですか!?」


 参謀が声を荒げてアリスを睨みつける。


 恐らく、自身よりもはるかに若い年端もいかない少女、そんな彼女のことを快く思っていないのであろう。


 感情を剥き出しにしてアリスに反感を抱くその老人は、咄嗟に衛兵に両腕を掴まれ捕縛される。


 皇帝に対しあまりにも無礼な態度、家臣が黙っているわけがなかった。


 家臣全員から責め立てられる老人。


 それを止めたのは、アリスの優しい微笑みであった。


 ただの微笑み、だがそれが放たれた瞬間に会議室中の空気が一変するのが手に取るようにわかった。


「衛兵、参謀に対し無礼である。直ちに手を離しなさい!」


 アリスの一声のもと、捕縛を解かれる老人は不可解だと言わんばかりの表情を浮かべている。


 それは家臣全員にも言えることであった。


 納得がいかないとばかりにアリスに抗議をする家臣たち。


「構いません。今は私達が争っている場合でないことくらいは承知でしょう?それに、私に意見を述べることが重罪となろうものなら、私はただの一独裁者に成り下がるでしょう。独裁者の率いる国の行く末など……滅び以外にありえない!」


 先程までの穏やかな声とは一変、こちらの心へ直接訴えかけて来る強い声がアリスの可愛らしい唇から発せられる。


 同じ鈴でも、鳴らす時に加える力の入れ具合によって音の醸し出す雰囲気が変容するかのように。


 美麗で強靭な声が家臣の抗議を瞬く間に鎮めたのである。


 仕切り直しと言わんばかりに小さく咳を一つして、サリアは優しい口調へと戻り再び議論を始める。


「……では、話を戻します。ゲツヤさん、今回の大司教、以前戦った方より強かったのでは?」


「……間違いない」


 サリアの問いに静かに頷く。


ーーーーーーマーズとキュリメスとでは明らかに格が違う……他者を使役するのを得意とするマーズに対し、自身で戦うことを得意とするキュリメスとでは比べ物にもならない。


ーーーーーーそう、マーズとキュリメスとでは……


「どうやら、ゲツヤさんは気づいたようですね。〈水〉の大司教は恐らく、本来は軍を率いて戦うような方では無い。指揮をとったことなど無いのでしょう。」


「だから……兵を四分して、門の近くで戦闘させておき、自分は中央を遠距離攻撃……」


「もしくは単身こっちに突っ込んで来るってことか。」


 ゲツヤとミツヒの予想、それは敵味方ともに適当に大軍を激突させておき、その間に〈水〉の大司教自らがこちらの本陣を掌握するという戦略……


 いや、戦略とも呼べないただの単騎突撃だ。


 しかしそれが功をなせるのが〈水〉の大司教という個人の力量が常軌を逸脱した存在だ。


「はい、ゲツヤさんとミツヒさんの言う通りだと思います。」


 いち早く理解したゲツヤとミツヒにウインクを送るアリス、その可愛らしさとは裏腹に、将としては類い稀な才を持っているのがこの一連の議論を通して分かった。


「なら、僕とゲツヤで中央は死守します。ですから、他の皆さんは四方の敵を頼みます!」


 軍議の最後を締めくくるかのようなミツヒの一言、それとともに部屋中に「おぉぉぉ!」という掛け声が響き渡った。

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