苦戦
ルナヒスタリカ王国、その首都コルトニアの中心にそびえるテミスト城。
この日、この王城にてカゲミネ・ゲツヤとサリア=メナスの運命の歯車が始動した。
時は遡ること3日前、サリアの合格記念パーティーの翌朝のことであった。
セルジューク邸の会食の間にて議論が交わされていた。
それはサリアの一言から始まった。
「私、ゲツヤを巡礼の旅の守護人として連れて行きたい。」
「おやおや、突然だね〜。なぜそうしたいのかと聞きたいところだけどぉ、まずゲツヤくん、君はそれでいいのかな〜?」
微かな笑みを浮かべセルジュークは結果を知ってるかの如くゲツヤに問う。
そして勿論、セルジュークの思う通りゲツヤの答えはイエスであった。
「ほらお父様、ゲツヤもそれでいいって言ってるし。」
「しかしな〜、元々はレミーナを守護人として連れて行くって話だったじゃないか〜。」
今年でようやく15歳となるメイド長レミーナ、
彼女が本来はサリアの守護人となる予定であった。
先日の模擬戦においては勝利を掴めなかったとはいえ、その強さは本物である。
しかしそう返されるであろうことは百も承知、サリアはそれを押しのける回答を携えていた。
「もちろん、レミーナも一緒に行くわよ。でも、巡礼の旅は危険だし……旅する人数は多い方が楽しいしね!」
「……分かった、許可しよう。ただし問題がある!」
セルジュークは快く承諾、したように見えたものの発言の後半に若干いい含んだ物言いをした。
その違和感に当然気づき、サリアはその疑問を解消すべくセルジュークに問う。
「問題って?」
「守護人は聖騎士の称号が無ければなれないんだよね〜。そして、無職真っ只中のゲツヤくんは聖騎士認定を受けなければならないよ〜。まぁ、合格は容易いだろうけどねぇ。」
そしてこの瞬間、セルジュークのその一言でゲツヤは聖騎士認定を受けにテミスト城へと向かうこととなったのであった。
そしてそれから3日後の今日、セルジューク、サリア、ゲツヤそしてレミーナの一行はテミスト城を目指して出発したのであった。
揺れる馬車の中、何一つとして説明を受けていないゲツヤは事の説明を受けていた。
まず、サリアと知り合うきっかけとなった賢者候補というものについてから始まった。
サリアがつい先日合格した試験はそれに合格したからといって賢者になれるというものではない。
そもそも賢者候補認定試験に合格したということは賢者候補になったに過ぎず、ここからさらに賢者を目指さねばならないのである。
賢者になるために必要なプロセスは大きく分けて三つある。
その一つ目が聖地巡礼。
この世界唯一の大陸にある最南端のルナヒスタリカ王国を含め、東のテオドア帝国、西のカルデア王国、北のサルディス共和国の領土にある賢者の祠全てに祈りを捧げなければならない。
次に民衆からの支持獲得。
大衆から賢者に値する人格者であることを認められなければならない。
聖地巡礼が終了した候補者で年に1度総選挙を行い適合者を決定し、その中から一人を賢者たる人物と認定するのである。
そして最後に賢者就任の儀。
これまでの二つをクリアした候補者はサルディス共和国のさらに北にある暗黒の島にある賢者の神殿へ行き、そこで賢者の称号を授かる。
という3つの事柄を達成することである。
サリアはまず一つ目の聖地巡礼をするために旅をしなければならないのだ。
その旅でのボディーガードの役割が守護人である。
その守護人になるべく、今からゲツヤは聖騎士認定を受けるというのである。
そしてサリアが目指す賢者とはこの世界において唯一絶対の権力を持つ世界宗教、賢者信仰における最高位の人物を指している。
人々は大昔に賢者となった万物の祖を神として崇め、そして自らもその神に近づこうと研鑽する。
今までこれらの苦行を成し遂げて賢者の称号を得たものは万物の祖を除いて誰一人としていない。
セルジュークからの事細かくも分かりやすい説明でゲツヤはこれから行うことの大まかな内容を理解した。
説明を終え、コルトニアに近づいてきた頃、天空には鈍色が広がっていた。
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王都コルトニア、そのシンボルである建物テミスト城。
円形の城壁に囲まれた城下町の中心に悠然とそびえ立つその城は白い壁、コバルトブルーの屋根が特徴的で近隣諸国でも美しいと評判の外見である。
そこで今日、新たな聖騎士が生まれようとしていた。
結局のところ、ゲツヤは聖騎士認定を楽々と合格した。
実技試験、筆記試験どちらも何ら問題なく終わり、城内では聖騎士称号の授与式が執り行われた。
ここに下級聖騎士、カゲミネ・ゲツヤが誕生したのだ。
そんな栄誉ある式典の最中でさえも一貫して無表情であり、かつ全くもって威厳や華麗さの無い立ち振る舞いであるゲツヤに多くの聖騎士が不満の感情を抱いていた。
そして式典後、1人の聖騎士がゲツヤへの不満を抑えきれずにいた。
「おい、式典のときから気になっていたが何だその態度は!?新人聖騎士の癖に態度がデカイんだよ。」
ゲツヤの視界に紅色が飛び込んで来た。
その色の正体は頭髪、そこで目の前に紅の髪の男が立っていることに気づいた。
先ほどの憤慨した声はこの男が吐いたものであった。
ゲツヤに不満をぶつけたその人物は聖騎士の中でも実力のある中級聖騎士の1人、ウェルギリウスという男であった。
190ほどの高い背丈、細いがガッチリと鍛え上げられた身体。
その上に掲げられた頭部は、長く伸ばし後頭部で大雑把に纏められ、その眼光は非常に鋭く面長である。
特に、その目は第一印象が最悪なことで聖騎士内でも有名であった。
狂犬や魔青年と揶揄されることも少なくない……だが、彼を知っている人ならばそのようなことは決して言わない。
彼は中級聖騎士筆頭であり、王から天聖騎士という栄誉ある称号を授けられた二つ名持ち聖騎士でもある。
さらにはその性格だ。
模擬戦だろうが戦争だろうが対戦相手に手加減を知らず、己を打ち負かす存在を良しとしない……
他人から見ればあまり良しとは言えない性格だが、彼を知る人に言わせれば「負けず嫌い」「向上心が高い」とプラス評価とされている。
その理由として、彼は黒星をつけられぬよう日々鍛錬に励んでいる。
それを知る者たちからすれば好評価に繋がるというのは当然の結果といえよう。
そんな彼は戦闘だけでなく何事においても無様な姿を許すことはない、例えば礼儀作法においてもだ。
故に、様式美を重んじる彼にとってゲツヤの態度が聖騎士全体に対する侮辱行為と見なされても仕方のない事であった。
「新人、お前の態度を改めてやろう。 決闘場へ来い。 安心しろ、真剣での勝負ではないからな!」
ウェルギリウスの申し出にゲツヤは即答し、共に決闘場へと向かった。
サリアには心なしか、ゲツヤの足取りが軽いように見えた。
しかしサリアは2人を必死に止めようとするが、それをセルジュークに制止され、激突は避けられないものとなってしまった。
多くの聖騎士が態度の悪い新人が天聖騎士ウェルギリウスに打ちのめされることを心待ちにしつつ、かの地方統制長官であるセルジュークが推薦した人物であるゲツヤの実力にも注目していることもまた事実であった。
3日前のセルジューク邸のときとは比べ物にならないほどの歓声に包まれながら、ゲツヤは聖騎士の実力に多少の期待を抱く。
「今のうちに我々に謝罪を一言添えれば今回は水に流し、この対決を取り下げよう。」
最後の忠告であろうウェルギリウスの問いにゲツヤは答えない。
ゲツヤは既に臨戦態勢に入っている。
それがさらにヴェルギリウスの気分を害するが、彼はそれを一切表に出さない。
それが騎士、その態度こそが聖騎士としての美徳。
故に怒りは心に収めつつ、涼しげな顔をして騎士剣を構える。
「仕方がない……せめて苦しみが少ないよう、一瞬で終わらせてやろう。」
ゲツヤとウェルギリウス、2人の激突は開始した。
ウェルギリウスは風剣流の使い手である。
手にしているのが木刀とはいえ、暴風を纏うその一撃がまともに当たればただ事ではない。
彼の木刀を中心に竜巻のようなものがぐるぐると回転している。
その破壊力に富んだ木刀を携え、磨きに磨かれた剣さばきを披露する。
更にその上、要所要所でゲツヤの態勢を崩そうと魔法を用いてくる。
路地裏の無法者どもしか戦ったことのないゲツヤにとっては、まさに今までで最強の敵であった。
ゲツヤはただひたすらウェルギリウスの太刀筋を読んで捌くことに専念し防戦一方である。
さらに時間が経つにつれウェルギリウスの実戦慣れが有利に働いていった。
ゲツヤは始めは全て捌けていたが、徐々に捌き切れなくなっていったのであった。
ウェルギリウスの激しい攻撃、しかしそれはその激しさに反して的確にゲツヤの隙を突いていた。
風魔法を自身にかけ、空を舞うことによる立体的な動きでゲツヤを翻弄し左、右そしてまた左と撃ち分け、ゲツヤが引いたところに土魔法でゲツヤの足場に岩塊を作り出し、足元をおぼつかせそこに追撃を仕掛ける。
これがゲツヤほどの実力者でなければとうの昔に敗北を喫していたに違いない。
ウェルギリウスはそれ程の実力を持っているのである。
ゲツヤが再び態勢を崩し、そこに追撃を仕掛ける、そのとき、ゲツヤはこれまでの応酬からウェルギリウスの次の太刀筋を完全に読み、カウンターを決めようとする。
そして、ゲツヤが反撃の狼煙を上げようと木刀を振り下ろした次の瞬間、身体と地面とが擦り合うような激しい音が鳴る。
皮が剥がれ、肉が削れる。
そして土と石とが入り混じった大地に血糊がへばりつく。
ゲツヤは地に伏していた。
木刀と木刀が衝突し、それを受け流そうとしたそのときゲツヤは違和感に気づいた。
そしてそれに気づいた時にはもう遅かった。
ウェルギリウスにとってこれまでの攻防はこの瞬間のための伏線であったのだ。
ウェルギリウスはゲツヤが仕掛けてくることを予測し、木刀を纏っていた風の回転方向を逆にしたのである。
おかげでゲツヤの予測とは反対方向に力が働き、重たい一撃喰らってしまった。
決定的な一撃、誰もがゲツヤの敗北を疑わなかった。
決闘場には聖騎士たちの歓喜の声が上がり、場全体が震えているかのよう。
だが、それがぴたりと止む。
なんとズタボロになり泥だらけになった体をゲツヤは起こしたのだ。
しかもダメージを受けていないかのように。
観客以上にウェルギリウスは立ってきたことに対し驚いたものの、すぐさま追撃に走った。
対するゲツヤは先ほどまでとは戦術を変更し、魔法を主にして攻めてみることにした。
先ずは浮遊魔法で空中への離脱を図る。
これまでの戦いから察するに、浮遊魔法は高等な魔法であり、一時離脱には最適だと判断していた。
空中での回復という姑息な手段に対しウェルギリウスは対抗策を打つ。
「吹き飛べ!上級風魔法。」
ウェルギリウスの放った上級風魔法により生じた小さな竜巻は、空中のゲツヤを巻き込んだ。
浮遊魔法を解除しない限り脱出は不可能だが、解除すれば風剣流の餌食となる。
ウェルギリウスの完璧な対策にゲツヤは確実に追い詰められていた。
実のところゲツヤには打開策は浮かんではいた。
ここで究極以上の魔法か、どれかの剣術奥義を叩き込めば良いのだ。
しかし、それではウェルギリウスが死ぬ確率が高い、それではサリアの守護人になれなくなってしまう可能性があると考えていたからだ。
なんとなくではあるが、サリアの旅に加わることが自身にとってすべきことなのであろうという予感がゲツヤの中にはあった。
それを成すためには大技が使えない中、ゲツヤは試行錯誤を繰り返してウェルギリウスに対処しなければならない。
その後、火魔法で炎壁を生じさせ、身動きがとれないようにしようとしたが、中級風魔法で掻き消されてしまった。
応戦しようと加減し氷剣流を用いるも、ウェルギリウスの加減なしの風剣流の方が一枚上手であった。
ゲツヤの凍った木刀の一箇所を正確に何度も狙い、確実に氷の木刀の耐久を削っていった。
氷が砕け散ると、水魔法でウェルギリウス周辺の地面を水浸しにし、動きを鈍くさせようとするも、風魔法で脱出されてしまった。
あれこれと試してみるもののウェルギリウスには全くもって小細工は通用せず、結局は最初の流れと同じようにひたすらウェルギリウスの剣撃を受け続けるというジリ貧な流れへと戻ったのであった……