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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter3:東の砂漠の黄昏
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憤怒と後悔と仲間と

 眩しい光、それがゲツヤの瞳を焼き尽くす。


 光を遮ろうと左手で顔を隠そうとするのだが、なかなか思うように手が動いてくれない。


 眩しさに耐え、辺りの明るさに目がようやく慣れてきた。


 それに応じて、眼球を隅々まで動かし辺りを見回す。


 背にある柔らかな感覚、外界を遮断する幕、黄色がかった灯、そして血と薬品の香りが漂っている……


「救護テントか……」


 自分の置かれた状況にゲツヤは初めて気づいた。


 ゲツヤの最後の記憶は、キュリメスの魔法に直撃したところで途切れている……その後に何があったのかは殆どゲツヤには分からない。


 だが、唯一分かることがある、それは……


「心配……かけたな……。」


 そう言ってゲツヤは、自身のベッドの上で伏しているサリアの頭を漸く動いた左手で優しく撫でる。


 輝く金髪にそっと触れ、その前髪部分が少し濡れていることが、手のひらを伝って脳に刻まれる。


 そして、ふと目をやったサリアの目元からは未だに涙がこぼれ落ち、シーツを少しずつ少しずつ濡らしている……まるで、不安がサリアの心を侵食していくかのように……。


 彼女の口からは、「死なないで……死なないで……」と寝言だろうか、何度も何度もその言葉が溢れ出てきている。


 静まり返った夜の救護テント内にサリアの声が静かに木霊する。


 ゲツヤは左手を、サリアの髪から手へとゆっくり移動させる。


 ベット上に置かれたサリアの右手は優しい温もりを宿している、それをゲツヤの肌が感じ取る。


 サリアの手を優しく包む、そのおかげかサリアの寝言は止み、涙はこぼれなくなり、そして穏やかな表情をサリアは浮かべた。


 そんな彼女を見て、ゲツヤは少し微笑んだ。


 その一瞬の微笑み、それのすぐ後には憤怒の形相が浮かんでいる。


闇聖騎士シャドーナイトのカゲミネ・ゲツヤ……」

 

 自身の名と称号を小さく呟く。


 それとともに握り締められた右拳には強い力が込められている。


「大層な名のくせして……」


 そこに見せたのは怒り、それも他者に対してではなく己自身への憤り。


 〈水〉の大司教キュリメスに打ち負かされた挙句、仲間に心配までかけることなど、カゲミネ・ゲツヤにとっては言語道断である。


 目を閉じれば、今でも鮮明に映るあの光景……悪魔信仰者ディモニストに仲間が皆殺しにされたあの失った過去……それがゲツヤを更に怒らせる。


 悪魔信仰者ディモニストが絶対悪、そう思えたならどれほど幸せだろうか……。


 かつて〈火〉の大司教マーズと死闘を繰り広げたときが正しくそうである。


 自身の稚拙な感情をただひたすらぶつけるだけで済むのだから……。


 実際は違う。


 悪魔信仰者ディモニストが侵攻して来ようがどうだろうが、何よりも責めるべきは守れなかった矮小な自分自身である。


 今一度危機に瀕し、ゲツヤはそう己を責め立てる。


 あのとき、ああしておけば、こうしておけば、もっと違う結果に繋がったかもしれない……そういった後悔がゲツヤの心を縛り付ける。


 思えば思うほど込み上げる怒り、それとともに強まる拳に込められる力。


 爪が突き刺さった肉からは、静かに鮮血が流れ落ちていく。


「やめなよ!」


 強く明るく、それでいて強張った声がテントの中を駆け巡る。


 そして、それとともに掴まれたゲツヤの右手は握り拳を解かれ脱力する。


「貴方、馬鹿なんじゃないですか!?」


 ゲツヤを、叱るような声が突き刺す。


 俯いていたゲツヤの顔が、その声とともにゆっくりと上を向く。


「なんて顔してるんですか……。」


 見上げた途端、声の主が分かった。


 そこにいたのはミツヒであった。


 だが、ゲツヤはミツヒに言われたことが……特に最後の言葉が理解できない。


「……手鏡です。一度自分の今の顔を見たらどうです!?」


 苛立った口調でミツヒは手を突き出し、その手に握られた手鏡をゲツヤに向けた。


 鏡に映ったその顔は、眉が釣り上がり、眉間にシワがより、万物を憎むかのような鋭い眼光……は無かった……。


 あるのは一人の情けない少年の顔だけ。


 青ざめた顔に垂れ下がった眉。


 眼光の欠片もない目には僅かだが涙が浮かんでいる。


 その顔は、誰がどう見てもカゲミネ・ゲツヤではない別の誰かのものであった。


「これが……俺の顔……」


「そうですよ!これがゲツヤさんの顔ですよ!」


 ゲツヤは自身の顔を見て、脳が気づいたと言わんばかりに、声まで弱々しいものへと変貌を遂げる。


 それを許すまじと力強くミツヒは言葉を発するのであった。


 ゲツヤの視線は、恐る恐るとミツヒの方へと移っていく。


 そして、二人の目が合う……


「すみませんね……。」


 ミツヒの急な謝罪、そのすぐ後に乾いた音が響いた。


 突如自身の右頬を襲った痛みにゲツヤは目を丸くする。


 叩かれた、そう気づくのに5秒はかかった。


 あの謝罪は次に行う平手打ちへの謝罪だったのだ。


 だが、それが分かったところで今のゲツヤに反抗する気力はなかった。


「何悲劇のヒーロー気取ってるんですか!?自分が特別だなんて思わないでほしいですね!」


「そんなこと……」


「思ってますよ!じゃなきゃ……敵将を倒せなかったって自分をそこまで責めないですよ!」


「誰だって……」


「いいえ!確かに責めても、あんな自分の手を傷つけたり、こんな寂しいとこで一人で悩んでたりしませんよ!」


「お前に何が……」


「確かに……貴方の心は分かりません……。でもこれだけはわかるんですよ!困ってる人がいるなら手を差し伸べなきゃって……。」


 そう述べるミツヒの瞳には強い決意が宿っているように見えた。


「昔……僕のちょっと遠い親戚の子が、両親失くして苦しんでた時に……僕は助けてあげられなかった……いや、助けなかったんだ。」


 過去を思うミツヒの肩は小刻みに震えている。


「心配はしながらも、行動に移すことはなかった。結局、その子は自殺したって聞いてます……。」


 涙を浮かべるミツヒを見て、自分にもこのような親戚や友人はいたのだろうか……とゲツヤは思った。


 両親を殺め、生きる目的をなくし、人生に絶望して自らの命を絶った……友人もいない、頼れる親戚もいない……もし、ミツヒのような知人がいたならばまた違った結果を得ていたのだろうか……とゲツヤは思いを巡らす。


「凄く後悔しました。どうして手を差し伸ばしてあげなかったんだって……。」


「それじゃ……今の俺と変わ……」


「そう……そのままなら……。でも僕は違いました!あの過ちを二度と繰り返さない……そう決心して、僕はここまで立ち直ってきたんです!」


 自分の言葉に頷くミツヒは、静かに微笑んでゲツヤに左手を差し伸ばす。


「ゲツヤさん、僕に……手助けさせてくれませんか?僕のこと……貴方の仲間だと思って頼ってくれませんか?」


 そのミツヒの一言。


 それがゲツヤの身体中を駆け巡り、頭と心に激しい電流が走ったかのような衝撃をもたらした。


 一連の流れがゲツヤの封じられた心を解いた。


「仲間を……たよ……る?」


 弱々しく怯えていたゲツヤの声は、弱くも何か強さを持った声へと変わっていた。


「そうです!仲間なんです、助け合わなきゃ!」


 震えながら伸ばされたゲツヤの右手を、ミツヒの左手が離さないようしっかりと掴み取る。


「やってやりましょうよ!僕たちで!」


 そのミツヒの光に満ちた声、それが凍りついたゲツヤの心を溶かす。


 人を頼る……これまでの人生においてゲツヤが一度も至らなかった思考、それは言いようのない安心感をゲツヤに与える。


 自責の念に押しつぶされた虚ろな目、それが少しばかりか光が灯ったかのようにミツヒには見えた。


「ああ!」


 握られた右手で強く握り返し、そしてそれに呼応するかのような強い声でゲツヤは返答するのであった。


「ところで……」


「何ですか?」


「俺に敬語を使うのはやめろ……」


 ゲツヤの言葉ののち、一瞬間を開けてからミツヒが笑い出した。


「何を言うかと思ったら……分かりまし……分かったよ、ゲツヤ!」


「……ったく何がおかしいんだか……。よろしく……ミツヒ……!」


 二人の楽しげな笑い声がテント中を包み込んだのであった。


「静かにしなさい!」


 勿論、二人の笑い声で救護テントの医師が目を覚まして叱られてしまったのだが。

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