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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter3:東の砂漠の黄昏
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アリスの策

 テオドア帝国の首都ラルトから北西、悪魔信仰者ディモニストが進軍を開始した。


 黒雲が上がり、炸裂岩ロック・ボムによる被害は甚大であると受け取れる。


 先頭に立つのは黒い生地に茶色のラインが入ったフードに身を包む中年の男。


 大司教と呼ばれたその男が指揮をとり、全軍がラルト内へと侵入していく。


「ふむ……街の中心に、上手く着弾したようだな。」


 大司教が己の魔法による結果に満足げに何度も頷く。


 その間にも彼の乗る馬の脚は進み続け、そして街の中心……粉々に砕け散った家々が転がり、あたりが火の海に包まれている……はずのその場所は全くもって無傷。


 所々にあったテオドア帝国兵の装備の残骸。


 炭化しているものもあったため、命中はしたはず……そもそも黒煙が立ち上っていることから火災は生じているはずである。


「大司教様!黒煙の発生源は夥しい数の焚き火であります。焚き火に廃材を使用しているため煙が黒くなっているようです!」


 そのとき、大司教の頭の中に一筋の不安がよぎった。


 恐らくその予想は的中しているであろう……となれば被害は避けられまい。


 それを回避すべく、彼は全軍に指揮する。


「全軍、直ちに撤退を……」

「全軍、突撃ぃぃぃ!」


 大司教の指示は、か弱い乙女の叫びによって掻き消された。


「チッ……遅かったか……。」


 対応の遅延により、敵からの奇襲を受けることになった自身のミスへの苛立ち。


 大司教は右の親指の爪を噛む。


 大軍を動かすには狭い路地、敵との兵力の差が全く活かされない。


 ジリ貧であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ラルトの中で火蓋が切られた両軍の激突……その中で指揮をとるテオドア帝国の女帝であるアリス。


 そんな彼女に1人の家臣が問いかける。


「上手くいきましたね!」


「ええ、彼らがいればこれくらいのこと楽勝ですよ!」


 作戦が見事にハマり無い胸を張るアリス、そんな彼女を見て周りの兵たちは微笑みを浮かべる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「恐らく、敵は次の遠距離攻撃を機に攻め入ってくるでしょう。」


 絶望的な状況の中、まったく悲観的な声色を表すことなく、意気揚々と語る。


「次の攻撃で、こちらが被害甚大かもしくは、遠距離攻撃が効かない……そのいずれかに断定するはずです。」


「でも……どちらにせよ敵は攻めてくる……ということですよね?」

 

 1人の若い兵士が顔を青くしてそう述べる。


「はい、そこを逆手に取りましょう。まず……ミツヒさんたち」


「「「「はい!」」」」


 ミツヒ、サリア、レミーナにメーナが一挙に返事をする。


 他の兵と違い恐怖を見せない4人に、兵たちは勇気付けられる。


「先程のように来た火球を派手に防いでください!」

 

「でもそれじゃあ……敵さんが攻めてくるんじゃ?」


 ミツヒの問いは最もであった。


「はい、ですから最後の1つの火球だけは破壊しないでください。街で爆破したとなれば敵は油断するでしょうから。」


「ですがそれでは、街の……我が国の被害が防げませぬ。」


 1人の老兵がそう言ったが、アリスは首を横に振る。


「ですから、命中した……かのように思わせれば良いのです!ゲツヤさん!」


「ああ……俺がギリギリまで引きつけてから闇魔法ヘルーラで消滅させる。」


「となれば後は簡単です。先に爆破させたときの音を私が風魔法ウインラで運びます。それを最後の1つが呑み込まれるまで街の端に送っておきます。」


「あとは……俺が消滅させた後に街に設置されてる魔道具マジックアイテムで反射して、敵の方に音を飛ばす……。」


「その通りです!その間に私たちは彼らの客に位置する門から外へ出ます。そして、彼らがラルト内に侵入した後に敵の入って来た門から奇襲をかけます。」


 ゲツヤの答えに頷きながら、満足そうにアリスは説明を続けた。


「なら、僕が光魔法シャイーラを応用させて爆発の光を再現します!」


 さらに効果を高めるべくミツヒが提案をする……もちろんその提案は受け入れられ、爆発の光を再現することになった。


「それでしたら、兵士の方々の予備の装備を燃やして所々に投げ捨てておくのも効果的かと……。」


 ゲツヤの役に立つべく必死に考え出した案をレミーナが告げる……それも当然のことながら可決される。


「焚き火して煙をあげるのもいいかもね!」

「ボクは燃やすならゴミとかがいいと思う!」


 サリアとメーナの案も可決。


 これで黒煙を上げることも作戦に加入した。


「では、そろそろ火球がくるでしょう……皆さんの働きにかかっています!御武運を!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アリスの目論見通り、敵は油断をしてラルト内に侵入……そしてそこを叩くことにより流れをこちら側に寄せる。


 さらに、狭い路地であれば数の暴力は生じづらい……現状最高レベルの作戦であった。


 しかし、それでも数の差は有利に働く。


 この作戦で圧勝できる条件は、自兵と敵兵との技量の差……だが、世界有数の実力を誇る帝国兵でさえも悪魔信仰者ディモニストより少し上の強さであるだけ。


 それ故に、これだけの有利な環境の中……数の差だけで戦況は膠着状態へと陥っていた。


 そんな事態を歯痒く思いながらも、アリスは自身にできることを必死に行う。


「流れはこちらにあります!尽力を尽くし敵の毒牙から民を守るのです!」


 彼女に残された仕事は兵の鼓舞だけ、それをしっかりと理解しアリスは必死に声を荒げる。


 その彼女の頑張りに応えるべく、兵たちは自身における全ての力を持って敵の迎撃に当たる。


 だがそれでも戦況は変わらない……


 しかし、その事に苛立ちを覚えるのは何もアリスや帝国兵たちだけではない。


 数の差が働かないことに焦りと苛立ちが湧き、悪魔信仰者ディモニストの大司教は馬上で何度も爪を噛む。


「これなら……どうでしょうか?」


 ボロボロになった爪が目立つ指を天に掲げる。


凍てつく(パゴスアネモ)竜巻ストロヴィロス


 男の詠唱、その直後に生じた戦場を駆ける吹雪。


 そのブリザードは男の指の動きに合わせて向きを変える。


 そして……帝国兵を呑み込み、凍結させる……ことにはならなかった。


 ブリザードが兵を呑み込もうとしたそのとき、他でもないブリザードが呑み込まれた。


 何に?……闇にである。


「はぁぁぁぁ!」


 吹雪の消滅に違和感と危機感を覚えた大司教、だがそのときには既に彼の上空に刃が振りかざされていた。


「[極技:星竜一閃]!」


 天空から振り下ろされるエメラルドグリーンの斬撃、それを左の腕で受け止める。


「ふんっ!」


 全てを断ち切る極技の斬撃は脆くも崩れ去り、翡翠色の光がキラキラと辺りを照らす。


「極技か……お前がマーズをぶっ殺したったいう闇聖騎士シャドーナイト君か……面白い!」


 初撃を難なく防がれたゲツヤの額から一筋の汗がきらめく。


 大技を大技で返されたならまだ理解がつく……だが、大技を素手で返されたとなればゲツヤと言えども危機感を覚える。


「我こそは悪魔信仰ディモニズムにおける七曜〈水〉の大司教、キュリメス=ヘルマである!」


「俺は影峰 月夜、貴様ら悪魔信仰者ディモニストを根絶する者だ……。」


 ゲツヤの心には怒りが沸き起こる。


 幾晩過ぎれど収まることを知らない怨みは今ここで再び爆発せんとしていた。


「根絶……ねぇ。俺に勝てない君が言ってもねぇ……現実味がねぇよ!」


 そうゲツヤを嘲笑い構えを取るキュリメス、その構えは魔法使いのもの……ではなく武闘家のそれに近い。


 今、次なる大司教とゲツヤの激突が始まらんとしていた。

 


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