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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter1:感情無しの強者
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模擬戦〜運命の分かれ道〜

 快晴な空に心地よい風が吹いている。


 木々が立ち込め、川のせせらぎが聞こえる。


 そのような自然のなかに点々と立ち上がる煙。


 街から離れた山に囲まれた小さな集落。


 そのさらに奥には他の家々とは比べ物にならないほど煌びやかな邸宅がそびえている。


 一面純白の壁に包まれたその豪邸には所々に金の細工が施され、その白と金の比率から所有者に美的センスがあるとすぐに分かる。


 庭園には手入れが行き届いており、そこに仕える者の仕事ぶりが一目で把握できる。


 ここはコルトニアから少し離れた所にあるシュタイン村、地方統制長官であるセルジューク伯邸が建っている地である。


 そこへ繋がる静かな山道に、馬車の走る音が木霊する。


 また、その中に勝気そうながらも気品を感じる声音が混じる。


「あと少しで私の家に到着するわよ。」


 腰まで伸びる金髪の少女サリアは馬車の上で黙ったままの少年、ゲツヤに向かってそう言った。


 ゲツヤには返答する意思がないのか、馬車の外をずっと眺めている。


  5時間近く馬車に乗りすっかり空が茜色に染まっているが、ここまでゲツヤは一度も口を開いていない。


 そんなゲツヤの態度がサリアを少し寂しくさせつつも、なんだかんだついて来てくれていることから「照れ隠しをしているのであろう」とサリアなりに解釈する。


 馬車の向かう先は豪華絢爛な屋敷、セルジューク邸であった。


 その一方で、領主が治める村を見下ろすかの如くそびえ立つセルジューク邸、その一室に鈴の音のような綺麗に澄んだ声が響く。


「領主様、まもなくお嬢様がお戻りになられます」


 ショートボブ風の銀髪の少女はその見た目の幼さに相反した振る舞いを添えながらそう言った。


「戻ったか、〈賢者候補資格試験〉には受かったのだろうか?」


 領主と呼ばれた20代後半と思わしき短い黒髪の男が言った。


 彼こそがこの邸宅の主セルジューク=メナスその人である。


「お嬢様なら合格したに違いありませんかと。問題は見ず知らずの男性が馬車に同乗しているとのことです。必要とあらば排除しますが?」


 銀髪の少女は情報で仕入れた素性の知れぬ男に警戒心を抱く。


「いや、少し様子を見てからにしよう。仮に敵対勢力だとしても、私やレミーナの敵であることはなかなか無いだろうからね。」


 2人はその男を警戒し、事と次第によっては排除することを念頭に入れた。


 それからしばらくして一台の馬車がセルジューク邸の入り口に停車した。


 それを迎えるのは複数の使用人と屋敷の主人、セルジューク=メナスその人である。


 使用人の中でもひときわ目立つ銀髪の少女、彼女が馬車を見つめるその目は酷く鋭い。


 そんなセルジュークらが見つめる中、馬車の扉が開いた。


 そこから、煌めく金色の髪をたなびかせながら少女サリアが元気よく外に飛び出す。


「お父様。サリア、只今戻りました。」


 嬉々とした声、喜びに満ち溢れた笑顔を振りまく。


 そのにこやかな表情から、セルジュークはサリアが賢者候補資格試験に合格したのだと把握した。


 合格の困難さは誰もが知っており、もちろん彼自身もそれは重々承知している。


 そんな難関試験への我が子の合格は父親にとっての誉れであった。


「お帰りサリア。その様子だと合格した様だね〜!私も嬉しい限りだよ〜!さぁ、合格祝いは用意してあるよ〜、早速パーティーと洒落込もうじゃあないか〜!」


 セルジュークの号令のもとに屋敷中の使用人が一斉に準備へと取り掛かった。


「ところで〜、そちらの男の子は〜?は、ひょっとして、ボーイフレンドかい!?サリアにも遂にこの様な日が来るなんて〜。」


 この男は見知らぬ人が見たならば10人中10人が煩くかつ大袈裟な反応を取る男だと評価するであろう。


 だが、それをサリアはごく当たり前の状況のように対処する。


「違う違う、彼は私を2回も助けてくれた恩人よ!そう、ただの恩人!」


 僅かに頬を赤らめながらそう言うサリアに続けて

無口の恩人はその重たい口を開いた。


「カゲミネ・ゲツヤだ……」


「そうかぁ〜、ゲツヤくんってゆぅのか〜。私は地方統制長官を務めているセルジュ〜クという者だよ〜!よろしく!」


  表情一つ写さない無愛想なゲツヤに対してセルジュークは曇りなき笑顔をその顔に浮かべ明るく振る舞った。


 セルジュークはゲツヤを一目見て気に入った、というのもゲツヤの感情を一切映さない瞳に好奇心の様なものが湧いたからだ。


 そう後に彼は使用人たちに言い放っていた。


 時は少しばかり進み、陽が山に沈み夜の帳が下りる。


 サリアの合格記念パーティー、豪華な料理が立ち並び一体全体どこから集めたのであろう客人らを含め屋敷内の全員が参加していた。


  星が煌めく夜空の下、屋外の庭園でパーティーは開催された。


 「宴は皆んなで楽しむものだよ〜」


 というセルジュークの志向で仕様人らもある程度の職務はこなしつつもパーティーを楽しんでいた。


 その格差社会をものともしない状況に客人らが抗えない姿を見るに、セルジュークという男がどれほどの権力を備えた人物なのかが見えてくる。


 セルジュークらがサリアの幼い頃の話で盛り上がっている中、パーティー会場の隅でそこはかとなく威厳を備えた植木にもたれかかるゲツヤは1人で月を眺めていた。


「お客様はあちらに交わらなくて宜しいのですか?」


 響くは人の温かみは微塵たりとも感じられないが美麗な声。


  ゲツヤが生み出していた沈黙の空間、それがその一言で崩れる。


 崩した輩を特定すべく、ゲツヤが後ろを振り向くと彼の目に銀色の髪が月光を浴び、美しく輝いている光景が映る。


 だがその髪の持ち主は瞳に激しい殺意をを潜めていた。


「私はレミーナと申します。セルジューク=メナス卿の下で恐れ多くもメイド長を務めさせていただいております。何かございましたら何なりとお申し付けください。」


社交辞令とも言えようそのメイド的対応、それを耳にした後にその声が聞こえてきた方をゲツヤは振り返る。


 そして、レミーナと名乗ったその銀髪の少女を見つめ、口を開いた。


「そんなに気に食わないのか?……」


「なっ!!」


 それはレミーナにとってあまりに衝撃的な一言であった。


 図星ではあった、だがレミーナは感情を上手く押し隠せているつもりだった、いや他の誰が見ても完全に隠せていたのだ。


 それをいとも簡単に、更にその殺意の矛先である少年に暴かれてしまい焦りと驚きが混同していた。


 深呼吸、何とか欠片程の平常心を取り戻し彼女は提案を一つ告げる。


「分かってしまいましたか。ですが……流石にこのような場で殺し合うわけにもいきませんので、模擬戦ということでどうでしょうか?仮に私が勝ったならば貴方はこの屋敷から即効に立ち退いていただきます。」


「俺が勝ったら……?」


「そんなことは決してあり得ません。」


 そう断言したレミーナにはそう言い張るだけの自信があり実績があり評価がある。


 レミーナの心に不安という陰りは皆無であると言って過言ではなかった。


 サリアの〈賢者候補資格試験〉合格祝賀パーティーの会場たるセルジューク邸は今、盛大なる歓声に包まれていた。


 急遽執り行われたイベントマッチ、筆頭メイドであるメイド長レミーナと客人ゲツヤの対決。


 その盛り上がりように乗じて賭けすらも行われていた。


 だが、素性の知れないゲツヤ……大穴に賭ける博打者など全くおらず、もはや賭けが成立し得ない状態ですらあった。


 人々のざわめきが突如として静まり返る。


 誰もが息を呑み、今にも始まらんとする模擬戦を一瞬たりとも見逃すまいと身構える。


「それでは〜、バトル開始〜!!」


 セルジュークの間の抜けた合図とともに、レミーナはその右手に持つ木刀を構えゲツヤの脳天めがけて襲いかかった。


 開始直後のスタートダッシュ、そしてその勢いに任せた刺突が一閃。


  会場にはレミーナの勝利が決まったかのようにレミーナコールが巻き起こる。


 差し伸ばした木刀は一切のブレを見せることなく、ただひたすらゲツヤに迫っている。


  鳴り響くは木刀が虚しく空を切る音。


 完璧なタイミング、完璧な形の刺突が外れた。


 必中するはずの攻撃が回避され会場は静まり返る。

 

 しかし躱された当の本人レミーナはそれでもなお冷静に周囲を見渡し、その攻撃を回避した張本人の姿をその目に写すべく眼球を動かす。


 僅かばかりの時が過ぎた頃には会場中の人間が空を見上げて唖然としていた。


 浮遊魔法ウィールで宙に浮いているその少年は悠然とレミーナを見下ろす。


 周囲が驚く中、たった1人セルジュークだけはその口角を緩めている。


「そんな瞬間的に浮遊魔法ウィールを使うとは。やはり面白い。」


 セルジュークは予想通りと言わんばかりに気分を良くする。


 なにせ高度な補助魔法、浮遊魔法ウィールを予備動作なしに瞬間的に使っているのだから。


 あまりに人間離れした技を目の当たりにし、先程までの冷静さを欠いたレミーナは呆然とその宙に浮く黒髪の中世的な少年を見上げる。


 しかしすぐさま思考を巡らせ、その後に突如として理解不能なゲツヤの高速技に激昂を覚え始める。


「宙へ逃げるとは卑怯な!私と勝負するのがそれ程怖いのか!」


 怒りのあまり唐突に放たれたレミーナのその言葉に会場中が同意し、ゲツヤへのブーイングが行われた。


 完全なるアウェイムードに包まれる中、ゲツヤは眉ひとつ動かすことなくレミーナを見下ろし続ける。


  だが、すぐにゲツヤが浮遊魔法ウィールを解除し地に降り立った。


 そしてその瞬間に戦いは再び動き出した。


 その後もレミーナが何度も何度も木刀を構えゲツヤに襲いかかる。


 無駄を省きに省いたレミーナのその美しい剣技は見るものを魅了していた。


 レミーナがゲツヤに対し攻め続けるという戦況に、観客たちはレミーナへの声援を一層強める。


 「いい調子だ。」「トドメをさせ。」と。


 しかし、当のレミーナ本人は攻勢のように見えて全く当たる気配のないその相手に恐怖の念が生まれて始めていた。


 それもそのはず、1つ1つの動作を細やかに、かつ的確にわずかな隙を突こうと攻めに攻めたにも関わらず、その攻撃は悉く掠りさえしないのだから。


 10分間攻め続けたものの、全く動じないゲツヤに対し、このままではいつまで経っても勝てないと悟ったレミーナ。


 そこで彼女が行き着いた答えは……文字通り必殺の一撃を叩き込むことであった。


「これで終わりです!死んじゃったら、あの世で悔やんで下さい!」


 そう言うと、レミーナは全身全霊の力をもってゲツヤの頭へ木刀を投げた。


 それは闇雲な投擲ではなく1つの洗練された技として完成されており、剣の達人のような猛者でさえ防ぐのにある一定以上の集中した防御を構えさせられる一撃であった。


  更にそれに加えて、木刀を投げゲツヤがそれを防ぐその瞬間にレミーナは上級水魔法ウルアクーラを詠唱した。


 木刀を防ぐ動作に入っていたゲツヤの四方から、触れるもの全てを貫く水流の槍が迫る。


 レミーナの必殺の一連の流れは相当な鍛錬を積んだのであろうことが手に取るように分かるほど洗練されたものであった。


 観客らの中に混じる武芸に秀でた者たちも手放しに賞賛する惚れ惚れするような剣技と魔法の合わせ技。


 その凄まじき迫力と途轍もないであろう破壊力に誰もがゲツヤの死を確信した。


 またその確信を得て今から起こる惨劇を予想し目を背ける者もいた。


 その瞬間であった。


 水流の槍がゲツヤに命中したところから凍りついて、砕け散った。


 あたかも冬空の下、陽に照らされ輝いて生じるダイヤモンドダストのように。


 呆気に取られたレミーナにゲツヤは最小限に抑えた風魔法ウインラを発動。レミーナを観客席まで吹き飛ばした。


 場外。


 会場はまるで葬式真っ只中の葬儀場かのように沈黙していた。


 一部万馬券を的中させて歓喜の声を上げていた者もいたことはいたが……


 レミーナはなんとか他の使用人達が受け止めはしたが、彼女の息は乱れておりその表情は苦しみと悔しさで歪みきっていた。


 ここにカゲミネ・ゲツヤの勝利が決定したのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 模擬戦が終わり、ゲツヤの強さに会場中の話題が持ちきりになっている。


浮遊魔法ウィール風魔法ウインラさらには究極氷魔法アルティマブリーラのバリア……」


 ゲツヤのあまりの力、技術にセルジュークは少しばかり驚いているような顔を見せた。


 強大な魔法であればあるほど小規模に抑えることが難しいとされる。


 それを容易くこなすゲツヤの強さは聖騎士の中でも最上位にくるのでは、と彼は推測していた。


 皆が様々な思いを胸に秘め、一夜の宴の余韻に浸りながらサリアの合格記念パーティーは幕を下ろした。


 それからしばらく経ち夜も深まってきた。ゲツヤとレミーナの模擬戦を見届けてからサリアは胸を弾ませていた。


「レミーナを倒しちゃうなんて。しかもあんなあっさりと……ゲツヤはやっぱり凄いなあ。そうだ、お父様に……」


 弾む心の赴くまま、自室のベッド上でサリアは1つの妙案を思いついた。


 その案のあまりの素晴らしさに我ながら天才なのではないかと錯覚していた。


 それが運命の導きなのかどうかは、今はまだ誰にも分からなかった。
















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