晴れ
怒り、それがゲツヤを動かしゲツヤを支えここまでゲツヤを運んできた。いわばゲツヤの原動力とも言えるのが怒りなのであった。
しかし、マーズに怒りを指摘されてからというものゲツヤの体は動きが弱まった。
それは怒りに呑まれたから……そう心の奥底でゲツヤは結論付けていた。
冷静な判断を欠いたゲツヤはマーズの搦め手の格好の餌食となった。
普段なら気づきそうな分身に惑わされ、砂煙に動揺し、牽制用の魔法にいちいち反応し、されるがままにマーズのペースへと戦場は染められていった。
「あらあらぁ?私の動きについてこれないのかなぁ?」
その一言がゲツヤの感情を逆撫でする。
もう冷静ではいられない、冷静には戻れない。
そう割り切り、ただひたすら突撃を繰り返す。
呪剣は幾度となく虚しく空を斬り、放つ魔法は空へと消える。
挙げ句の果てにはマーズの姿が確認できない。
動きが速いのか、それともただ視界が狭まり見えていないのか……。
怒るゲツヤはそれでも考えることを放棄し剣を構える。
煙に包まれた辺りを闇雲に呪剣で切り裂く。
手応えはなく空を切る虚しい音が響くのみ。
そしてその感覚に怒りを覚える、そんなことの繰り返し。
「出てきやがれぇ!」
ぶつけることのできない怒りが声となり響き渡る。
大切な仲間を傷つけられた怒り。
自分だけが知る消え去った過去、仲間を皆殺しにされた怒り。
溜まりに溜まった怒りが行き場を失い溢れ出る。
怒りは動力に、力に……なってたはずなのに力が出なくなる。
改めて自覚した途端に力が抜けていく。
それが自身の無力さを物語っているかのようでさらに怒りが増す。
そして力が抜けていく。そんなことの繰り返し。
幾度叫べど力は湧かず、次から次に攻め来る敵に手足も出ない。
またそれに怒り脱力する。
ついぞさっきまでゲツヤの足元にも及ばなかった敵は、いつの間にか足元はおろか頭の上より高い所に存在する。
「訳がわからない……って感じかなぁ?」
怒り狂い剣を振り回すゲツヤのすぐそばににやけた顔をしてマーズが歩み寄る。
あの全てを見透かしているような瞳をさげて。
「君が私を見失ってるのは怒りのせいじゃあないよぉ?まぁ『怒』のせいではあるけどねぇ。」
マーズの言動、それが全くもって理解ができない。そして再び怒りが湧く。
「おぉ怖い怖い、そんなに睨まないでよぉ。」
おちゃらけるマーズ、そんな彼女が気に食わずゲツヤは彼女を切り裂かんと剣を振るう。
しかしそれを華麗にかわしマーズは後方へとくるりと宙を舞う。
「私に勝てないのも仕方ないよぉ。だって君、力が失われているのだから。」
ますます訳がわからない。
「よくよく落ち着いて感じてごらん?自分の力、魔素容量とかねぇ。」
怒りは灯したまま、ゲツヤは言われるがまま己の魔素容量を測る。
何か変化が起こっているはずがない。
増えることはまだしも減ることなどあり得ないのだから。
だが現実はゲツヤの知識を根底から覆す。
この世界に来たばかりの頃のゲツヤを100とすると今は30ほどしかない。
そしてその30も先程までの戦いで使用しているせいで魔素残が底をついている。
「ど……ういうことだ……!?」
ゲツヤがこの世界に来てから頭に流し込まれた知識、それとは反する現実に混乱せざるおえなかった。
「君はなぁんにも知らないみたいだねぇ。私に殺されてから考えるといいさぁ。その力一体どうやって手に入れたのかをねぇ。」
マーズが纏う殺気が強まった。
それを感じゲツヤは身構える。
ただゲツヤに先程までの強気はない。
弱体化した自身への不安が心を占領する。
「私はねぇ、楽しみたいの!楽しんでみたいのよぉ!」
訳がわからないことを叫びゲツヤに飛びかかる。
彼女の剣をギリギリのところで回避し、そこに剣撃を叩き込むべく呪剣に力を込める。
しかし、それを防ぐべくマーズは上級火魔法を放ちゲツヤの剣を止める。
「私に欠如してるのは『楽』、それを持つ君が羨ましくて仕方がない!」
奇怪な叫びを上げては攻撃を仕掛けて来るマーズ、そんな彼女を見るたびに怒りが増す。
弱まったゲツヤは怒りで体を支えながら、危機一髪で攻撃を回避する。
「君は魔素残量が無い!私に勝つ方法なんてないのよぉ!」
そしてマーズが自らの剣にありったけの魔力を込める。
その威力は神撃級。
喰らえば今のゲツヤでは即死は免れない。
仮に時魔法で戻ったとして力は回復するのかどうか。
そもそも何時ぞやのように魔法が発動しないなんてことがあるのではないだろうか。
「いや、今ここであいつを……!」
ゲツヤは左手に最大限の魔力を込める。
魔素を練り、魔力へと変えてそれを左掌に集中させる。
「死ねぇ!魔法剣、神撃火刃!」
放たれた剣撃はゲツヤもろとも辺り一帯を吹き飛ばすべく飛ぶ斬撃となり迫り来る。
「神撃五属万能魔法……。」
ゲツヤの呟き、それとともに世界が炎と光に包み込まれた。
それからのことは意識朦朧としながらであった。
ゲツヤの知覚できるのはどことなく体が軽く心地よいということだけ。
ずっとそうしていたいというような程よい快感、それだけが彼を支配する。
気付けばゲツヤは宙を舞っていたのだ。
強大な力のぶつかり合いにより生じた爆風は力を使い果たし踏ん張る力をも残さぬゲツヤを天高く舞い上げたのだ。
遥か空の上に打ち上げられた身体は言うことを聞かない。
このまま落ちれば死ぬであろうが、そんな恐怖はどこにもなかった。
むしろ心地よいとさえゲツヤは感じていた。
「ああ……気持ちいいな……。」
心は空と同様晴れ渡っていた。
深く深く……青空が広がっていた。
地面が近づき、いよいよ死ぬのだとゲツヤは身構える。
動かない体は死を拒もうとはしない。
まるでそれが天命であるのかのように。
運命に抗わないようにすべくその機能を停止している。
いや、耳が動いた。
耳が感じた。
声を……。
ゲツヤが守ろうとし続けた声を……。
「ゲツヤが落ちて来るよ!」
「私がキャッチするわよ!」
メーナの報告を聞くとすぐにサリアが前へと躍り出た。
上を向き今か今かと待ち構える。
だがその体は後ろへと押しのけられた。
「いえ、サリアお嬢様がわざわざする必要はありません!ここはレミーナにお任せください!」
「いいえレミーナ、気にすることはなくてよ?」
穏やかに笑い声を漏らしつつも、サリアとレミーナの視線はバチバチと火花を散らす。
「ヤバい!ちょっと誰でもいいからゲツヤをキャッチするニャ!」
すぐそばにまで迫ったゲツヤ、それを見たアティスが怒鳴る。それと同時にサリアとレミーナが我先にと走り出す。
「誤差100mってぇぇ!」
落下するゲツヤを捕らえるべくサリアは愚痴をこぼしつつも脚を動かす。
「上級水魔法!」
詠唱と同時にレミーナが水流に乗り先へと進む。
「サリアお嬢様、それではお先に!」
「えぇ!ズルイ!」
勝ち誇った顔でレミーナはサリアへ笑顔を贈る……だがすぐに彼女の視界は反転した。
「えぇ!?」
乗っていた水流は跡形もなくなり、水蒸気となり天へと散った。それを見てサリアとレミーナが呆然と立ち尽くす中、ゲツヤは地上へと戻った……地面に激突することなく……
「おかえりゲツヤ!」
「ああ……。」
優しく微笑むメーナの小さな腕の中へと……。
魔素が少し溜まり動けるようになったゲツヤは辺りを見渡す。
平野には巨大なクレーターができ焼け焦げている。
メーナは優しくゲツヤを見て微笑み、サリアとレミーナはこちらを見て頬を膨らましている。
そんな光景を見て呆れ顔のアティス。ようやく実感した。
「無事に終わったか……。」
長きに渡る闘いの終焉。
それがようやく実感できた……そう感じたその時であった。
瓦礫の崩れる音を立て、焼け焦げた人影がゲツヤたちの方へと迫ってきた。
「どう……し……て……?まそ……はつきて……。」
それはゲツヤの魔法に焼かれたマーズであった。
元の面影はなく、焼け爛れた醜い姿がそこにあった。
「ああ、お前が言ったそれがヒントだったさ。魔素が無いなら生命維持用の魔素を使えばいい……。メーナが教えてくれたことだ。」
そう言ってメーナの頭を撫でる。
「そ……んな……。わた……しは……こ……れま……。あく……し……さまぁぁぁぁぁ!」
焼け爛れた腕を天に突き出し叫びをあげ……そしてマーズはその息を引き取った。
誰1人として彼女に同情するものはいなかったが、その最後の哀れさがその場にいたものたち全員の心を揺さぶったのは確かであった。
ただ1人ゲツヤを除いて……。
次話、第2章完結です!




