怒
サザンカから少し離れた平野、普段は爽やかな風が吹くその場所に今この時は爆風が暴れている。
強大な力と力のぶつかり合い、それによる衝撃が辺り一帯を包み込んでいる。
吹き荒れる風の合間に微かに響く金属音は風の継続を伝える。
左から迫る剣を避け、ゲツヤは右手に持つ呪剣を真横に振るう。
だがその一撃は空を斬り、それと同時にゲツヤは咄嗟に上空を見上げる。
不敵な笑みを浮かべゲツヤを見下ろす赤髪の女性の左手が赤く輝く。
「究極火魔法」
迫り来る火炎、それと真逆の方向から赤髪の女性、マーズが剣を構えて走り寄る。
一方を防げばもう一方は直撃する、そんな危機的状況の中ゲツヤは焦ることなく……それどころかあまりにも冷静であった。
「ぐっ……。」
ゲツヤの苦悶の声が小さく漏れ、それと同時に爆風は止み辺りに静寂が戻った。
風が止み、岩陰に避難していたメーナはゲツヤたちの方を恐る恐る見る。
永遠に続くかと思われた風は消え、2人の激突の中心から発していた衝撃波も止まった。
それが戦闘の一旦の終結を意味するということをメーナも理解していた。
「ゲ……ゲツヤ!」
砂煙の中から出てきた者。
それは炎に巻かれボロボロとなり地に伏しているゲツヤであった。
魔法の直撃を受けたであろうゲツヤの元へとメーナは駆け寄る。
自身の得意とする火魔法、その威力は誰よりも理解しているつもりだ。
だからこそゲツヤが無事なのかが心配なのであった。
「ゲツヤ!ゲツヤ!しっかりして!」
必死に肩を揺さぶる。
息は確認できた。
だが、気を失っているのかゲツヤはいくら肩を揺さぶっても反応しない。
「ゲツヤ!ゲツヤ!ゲツヤァァァァァァ!」
悲痛な叫びが野原を駆ける。
そして、涙を流してゲツヤを想うメーナに穏やかでありながらも恐ろしく渇いた声が届いたのであった。
「驚いたよぉ。まさかまさか自分から火に飛び込むとはねぇ……。」
メーナの背後から迫る声、それは右腕を失ったマーズのものであった。
その斬り口は止血のために焼かれている。
それでも彼女の表情から余裕は消えない。
ゆっくり……ゆっくりとメーナとゲツヤの元へ歩みを進めるマーズ。
そんな彼女をメーナは怒りの形相で睨む、睨むことしかできそうにない。
「怖い怖い……可愛いお顔が台無しよぉ!」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさぁぁぁぁぁぁい!」
マーズの軽口に激昂がさらに増しメーナは左手をマーズは突き出す。
流れる涙は左手から放たれる熱気によって出たそばから蒸発する。
「神撃火魔法ァァァァァァ!」
「あらあらぁ、いきなり魔法だなんて礼儀がなってないのねぇ。」
メーナから放たれた獄炎は制御されることなく前方全てを焼き尽くさんとする。
そしてその炎の中にマーズも呑まれ消える……事にはならなかった。
同じく獄炎がメーナの炎とぶつかり、そして相殺された。
「まったく……危ないったりゃありゃしないわぁ。」
最大の一撃が簡単に防がれた。
メーナは目を丸くし口をパクパクと動かし、突き出した左手をガタガタと震わす。
そして一通り愕然とした後彼女は悟った、自分はここで死ぬのだと。
死ぬのは怖い。
だが最も怖いことはゲツヤが死んでしまうことだ。
それだけは、それだけは絶対に起こってはならない事だ。
強いゲツヤへの想い、それがメーナを絶望の淵から蘇らせその小さな体を動かせた。
「ゲツヤは……ゲツヤだけは死なせるもんかぁぁぁぁ!」
両手両足を広げマーズがゲツヤに迫るのを防ごうと彼女の前に立ち塞がる。
小さく体を震わせながらなけなしの勇気を振り絞る。
「あはははぁ。健気ねぇ!」
その言葉は衝撃音でそのほとんどかき消された。
「グハァ……。」
赤い鮮血が舞う。
メーナの体が力なく宙を舞う。
その口から美しい赤をこぼして。
「あらぁ?ちょっと軽ぅく叩いただけなのにねぇ。」
マーズは頬に左の人差し指を当て困ったような表情を浮かべた。
その視線の先には彼女に吹き飛ばされたメーナの身体が彼女自身の血で赤く染まって転がっている。
「死んじゃったかなぁ?ざぁんねんねぇ。」
ボロ雑巾のようになったメーナを見てマーズは高らかな笑い声を上げる。
その笑い声は辺り一帯に響き渡り、彼女の感情をより高ぶらせたのであった。
「黙れ……。」
呟き、それとともにマーズの笑い声が途絶える。
そしてその代わりに苦悶に満ちた声が響く。
マーズの体は彼方へと殴り飛ばされ、ゲツヤはそれを追って空を飛ぶ。
メーナの苦しみ、それが漏れたとき、ゲツヤの身体がピクリと動いたということにマーズは気づいていなかった。
そしてメーナを嘲笑するマーズを渾身の力で殴り飛ばした。
街から、いやメーナから少しでも離れたところへ戦う場所を変えるために。
浮遊魔法&風魔法のコンビネーションで空を飛び、マーズが落下したところへと着地する。
そこには口から血を流しながらゲツヤを激しく睨むマーズが立っていた。
「よくもまぁあんな不意打ちをぉ!」
「そろそろ決着をつけようか……。」
マーズの怒りの声をゲツヤは受け付けず、ただこの戦闘をすぐに終えようと身構える。
だがマーズは構えずに口を開いた。
「君を動かしているのはぁ……何かなぁ?」
「どういう意味だ!?」
「そのまんまだよぉ?無感情なはずの君が、どうして!?どうしてそこまで戦うんだい?」
全てを見透かしているかのような瞳。
マーズの瞳をゲツヤはそう感じていた。
だからこそマーズの一言一言が今この時、ゲツヤの心に響いた。
「それは……お前が!お前が俺の仲間を……メーナを苦しめたからだろうが!!」
そう……ゲツヤを動かしているのは怒りである。
そんなことは当たり前ではないか。
大切な仲間が傷つけられたのだ、怒って当然なのだ。
ゲツヤの心は怒りに占領されていた。
今ここに来てそのことにようやくゲツヤは気付いた。
「そう怒り……つまりは『怒』の感情。君は以前に『楽』を取り戻したんだ。気付いてないのかい?」
「……何が言いたい!?」
「人の感情、それが君に戻っているってことさぁ。まぁ、怒りから一旦冷めて、君は今どうかなぁ?」
「だから何が……っ!?」
怒りに我を忘れていたゲツヤは今この時初めて気付いた。
身体が重い、そして魔素残量が僅かであることに。
一日中戦い通していたのである、流石のゲツヤの身体も限界を迎えていた。
そう現状をゲツヤは理解した。
「取り敢えず……決着だっけ?ちゃちゃっと済ませるんでしょぉ?」
笑みを浮かべ構えるマーズをゲツヤは強く睨む。
「ああ……。」
呪剣を重く感じながらも、しっかりと握りしめ構える。
今まさにサザンカ動乱における最後の激突が幕を開けようとしていた。




