骸龍との闘い
サザンカの街中に突如として飛来した骸龍。
龍種という圧倒的な種族値の暴力によりサザンカ兵はおろか、援軍としてやってきた下級、中級生騎士たちでさえ蹂躙されていく。
気がつけば前線は崩壊し、至る所に死体が散見される。
龍の炎に灼かれ、鎧ごと燃やし尽くされた者たちが殆ど。
それを何とか凌いだであろう者たちは、鋭い爪に引き裂かれ、血と臓物とを辺りに撒き散らして倒れ伏している。
そんな地獄のような光景が一体に広がり、その結果として生き残っている兵士たちの士気は低下の一途を辿るほかなかった。
あまりの絶望に身を寄せ合って怯えるしかない兵士たち、いかに英雄に鼓舞されたからといえど死の恐怖が眼前に迫ったとならば話は別である。
そんな絶望に打ちひしがれる負傷兵の集団、そこへ向けて放たれる骸龍のブレス。
もうだめだ、と炎の先に立ち尽くす兵士たちは涙を流しつつそれでもと全力で後方に逃げようとする。
だが彼らが走るよりも遥かに速い速度で炎は迫ってくる。
もう次の瞬間には焼き尽くされる。
そんな絶体絶命の瞬間、彼らの目の前に2人の少女が現れたのであった。
1人は銀色の髪を少し短く整え、メイド服と鎧を掛け合わせたかの様な服装をした少女。
もう1人は茶色の髪に生えた猫の耳、獣人の背丈が小さい少女というよりは幼女であった。
「反射魔法!」
その少女というよりは幼女……いや、少年であるアティスは前方に魔力を放ち迫る炎を妨げる。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
その横を通り過ぎ、骸龍の頭部めがけてジャンプしたレミーナは銀嶺突剣を頭蓋骨に突き刺す。
しかしその細い刀身は高い音を鳴らして弾かれる。
それもそのはず、骸龍の骨は人間が用いる大抵の金属器の高度を遥かに凌駕している。
「くっ、なんて硬さなの!?」
「あいつに剣は効果がニャいのかも……。」
冷静なアティスの推測、それを分かっていながらもレミーナは首を横に振った。
「レミーナには強力な魔法は使えません……。この銀嶺突剣しか強い攻撃手段がありませんから。」
骸龍の骨には耐魔性のコーティングが施されており、強力な魔法でなければ……究極級を超えてなければ剥がすことができない。
強く唇を噛みしめるレミーナはここまで散々味わって来た自身の無力さを再び痛感していた。
「それにどうしてこんなところにあの嫌な女が……。」
剣を強く握りしめて睨みつける先の巨体、それにレミーナが再び斬りかかろうとしたときであった。
「待って!」
アティスの大声が無謀な玉砕攻撃を停止させる。
「一つだけ勝機があるニャ!」
そのアティスの声は虚飾を一切含んでおらず、絶対的な自信に満ち溢れていた。
それをレミーナはしっかりと感じた。
「レミーナ姉ちゃん、魔素容量がすごく増えてたりしない?」
そうアティスがレミーナに問う間にも骸龍は目の前の敵を討たんと爪を振りかざし、炎を吐く。
その骸龍の攻撃を軽い身のこなしを活かして見事に躱しながらアティスはレミーナの答えを待つ。
だがレミーナは首を傾げる。
特段気にしていなかったが、そんな急に魔素容量が増えるなど下賤な手段を用いなければ不可能だと知っているからだ。
「ゲツヤ兄ちゃんに魔素を貰った後から気づいたんだけど、あたしの魔素容量がすっごく増えてたから、もしかしたらレミーナ姉ちゃんも……って。」
そう言われ、レミーナは自身の魔素容量を集中して確かめる。
普段から気にすることがないため気づかなかった……だが、こうして集中してみると気づく。
レミーナの魔素容量は以前の3倍以上には膨れ上がっていた。
「えっ!?」
「やっぱり!まあ、ゲツヤ兄ちゃんのおかげだろうけどニャ。」
レミーナの脳裏をよぎるあの少年の顔。
(また彼のおかげ。)
ゲツヤに支えて貰っている、そう思えたレミーナは心の底から力が湧いてくるのを感じた。
「これだけ魔素容量があればレミーナにも究極魔法が2発使えます!」
「あたしももっと強い防御系の魔法が使えるニャ!」
多分ゲツヤがくれたであろう新たな力。
彼が与えたというその事実が、2人に自信と希望を与えてくれる。
逃げる足を止め、2人は骨の龍を睨みつける。
アティスは色々考えた末、絶対に倒せる……そういった自信を目に宿している。
先程までの無謀な特攻をかけるような自暴自棄な瞳ではなく、希望の光を宿したレミーナは想い人に貰った力を信頼し勝利を確信していた。
「レミーナ姉ちゃん、アタシが隙を作るからそこに最高のやつを叩き込んでニャ!」
放たれたブレス、それを前にしてアティスはレミーナに向け親指を立てる。
「任せてください!」
その期待に応えるべくレミーナは大地を蹴る。
骸龍の放ったブレスは地龍ほど威力が高いわけではない。
しかし、その攻撃範囲はかの龍を遥かに凌いでいる。
「こんな炎が広いと反射魔法じゃ防ぎきれニャいニャ……。」
弱音を吐くアティス、しかしその表情は言葉とは裏腹に笑っていた。
その自信満々な笑みを浮かべ、アティスは新たな魔法を放つべく掌を正面に突き出す。
「防御結界魔法!」
アティスのその詠唱とともに、骸龍とブレスを、光り輝く半透明の巨大な城砦が囲む。
「さてさて、自分の炎のお味はどうかニャ?」
骸龍を囲む光の壁。
それにぶつかった火炎はそのまま放った本人の元へと向きを変える。
反射された炎はそのまま直進を続け骸龍を包み込んだ……その威力を倍に増大させて。
「すっ……凄い!」
骸龍目掛け走るレミーナはアティスの新たな魔法に驚き、そしてそのあまりの強大さから自分の成長にも期待を膨らませた。
「いまニャ!」
骸龍が炎に怯んだのを見てアティスがレミーナに呼びかける。
それを聞いたレミーナが骸龍に向けてジャンプしたのを確認しアティスは自身が築いた魔法の城砦の扉を開く。
光の扉が開いたのを確認し、その入り口に向けレミーナは手をかざす。
「究極水魔法!」
突き出した左の掌、そこから荒れ狂う激流の槍が放たれる。
圧縮された大渦の水槍が城門を潜り抜け、光壁を目指す。
「閉門!」
槍が壁に反射する直前にアティスは開いていた光の城門を閉じた。
跳ね返った激流の槍は2倍に強化され、激しく渦を巻きながら、炎に焼かれ怯んだ骸を襲う。
そして、全てを遮る鋼鉄のような竜骨は肋骨の殆どと翼を水に呑まれた。
城砦は消え、水の槍も消え去る。
2人の最大の魔法……しかし、それでも骸龍は健在であった。
「そ……そんな……。」
後ろから見ていた兵たちから絶望の声が上がる。
「レミーナたちの勝ちですよ?」
絶望の声を聞いたレミーナはそう答えた。
魔法を放った後も骸龍へ向け宙を飛んでいた彼女は、ボロボロになった骸龍の頭蓋骨に飛び乗った。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
硬い頭部に突き刺した銀嶺突剣。
それは勿論貫通することはなく弾かれ、全くもって致命傷にはならなかった……。
だが、その光景を見てアティスとレミーナは微笑む。
「レミーナの銀嶺突剣は効きません……剣撃としては!」
骸龍は先ほど放たれた究極水魔法、それにより全身が水浸しになっていた。
普通なら弾かれる水、だが自身の炎でその耐魔性を全て失ったため、一切弾かれることなく滴っていた。
そして、濡れた骨は銀嶺突剣の魔力により瞬時に凍結する。
強者の余裕、そこに付け込まれて自身の攻撃すらも利用された骸龍は美しく輝く氷像となった。
凍りついた骸龍、その首元に付けられた何か、それがレミーナの目に止まった。
すぐさまその何かの元へ降りる。
それは鋼鉄でできた名札。
「ポ……チ……?」
長い年月風雨にさらされて、読みづらくなっているそこには、この龍の名前であろう者が記されていた。
「ポチ……。」
そう呟きながら骨から飛び降りたレミーナの元にアティスが駆け寄る。
「ふぅ、ニャんとか倒せたニャ!」
新しく得た力で快勝した喜び。
アティスはレミーナに笑顔でそう言った。
レミーナの顔を見たアティスにはレミーナの瞳がキラキラとしているのが見えた。
それは決して喜びの感情からくるものではなかった。
「ど……どうしたニャ?」
アティスの心配の声を聞き、我に帰ったかのようにレミーナは顔を左右に振る。
「なんでもありませんよ。」
「えっ……でも……。」
「実は、兵士の方や聖騎士の方が沢山亡くなっているのを見て心を痛めていました……。」
その言葉を聞き、やはり先ほどのものが涙であったとアティスは悟った。
「レミーナ姉ちゃんは優しいニャ。」
明るい声でアティスは背伸びをして、レミーナの頭を撫でた。
「ありがとう……ございます!」
レミーナは無理に明るく振る舞い、精一杯の笑顔でそう答えたのであった。




