驕りは敗北を呼び、強者は弱者に屈する
妖刀、禍々しいオーラを纏ったその刀がニコルの手に握られる。
(感じる……奴が握る刀の強さを……そしてその強力な魔力を……。)
ゲツヤはニコルの握る妖刀から並々ならぬ雰囲気、そして禍々しく凶悪な魔素を感じ取っていた。
(そして、呪われた武器だということも……。)
ゲツヤは気づいていた。
ニコルの握るそれが自身の剣、呪剣と同等、いやもしくはそれ以上の力と災いをその間に宿していることを。
「ぐっ……っぐぁぁぁ!」
妖刀を手にした途端に苦痛に満ちた声を上げ苦悶に顔を歪ませるニコル。
それがこの妖刀が呪われたアイテムである何よりの証拠である。
握るだけで生命を削られる刀。
だが強化されたニコルの肉体は幸か不幸かその呪いの影響下でも刀を握ることを可能とする。
それが何を意味するか……そう、強大な力を持つ妖刀が、呪われし禁断の力が振るわれるということ。
呪いのアイテムはその反動に比例してアイテムとしての能力が高いという傾向がある。
そこから考えてこの妖刀が普通の武器の範疇を超えている、ゲツヤの剣すらも凌駕することは明白である。
危険を感じたゲツヤは咄嗟に身構える。
脂汗をかくニコル、しかしその目はゲツヤを見据えている
(あの妖刀、俺の呪剣に似ているがあれには適正者などいないだろう……。)
故に武器同士の性能差を使用者の実力差で埋めるしかあるまい。
先手必勝、ゲツヤは剣に炎を纏わせ斬りかかる。
纏わせるのは上級火魔法。
灼熱を帯びた剣撃がニコルを焼き切らんと振りかざされる。
だがその渾身の斬撃はニコルの身体を捉えはしなかった。
ニコルの右手に持たれた妖刀がそれを阻む。
「ぐっ……。」
攻撃を完璧に受けられて体勢を崩したゲツヤの横腹にニコルの蹴りが命中する。
中級悪魔の蹴りである。
いくらゲツヤとて馬鹿にはできない。
それを軽減すべく発動しようとした防御魔法もやはり作動しない。
その威力のある蹴りを無防備な状態で受け、ゲツヤはダメージを受ける。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
想像を絶する痛みがゲツヤの腹部を襲い、そのあまりの痛みに顔を歪ませて思わず叫ぶ。
だがすぐさま叫びを呑み込み、次なる攻撃へと転ずるべく受け身を取る。
地面を2回、3回転がり……そしてその回転を利用し起き上がる。
体勢を立て直そうとゲツヤが正面を向くと、その目の前に妖刀を振りかざすニコルの姿があった。
ゲツヤは咄嗟に回避を選択するも、間に合わず呪剣で攻撃を受ける。
強大な力で押し飛ばされたところにニコルの追撃が加わる。
次から次に繰り出される剣撃、それをなんとか呪剣で受け止める。
だがそんな攻防を繰り返しながら妖刀は少しずつゲツヤを削る。
3分、たったの3分でゲツヤの身体は小さな切り傷だらけになっていた。
「くっ……一筋縄じゃいかない……か……。」
ゲツヤは地に片膝をつき、迫る敵に視線を向ける。
想像以上に強化されたニコルと妖刀が手強い。
ゲツヤは脳内のニコルのイメージを改竄する。
そして立ち上がり、剣を構える。
呪剣に魔力を込め、その刀身に風を纏わせる。
ゆっくりと歩み寄るニコル。
(少し……あと少し……もう少し……。射程内!)
そしてゲツヤは呪剣を振るう。
用いる剣技は風剣流奥義の玄武断岩。
不可視の風の刃が飛ぶ斬撃となりニコルに襲いかかる。
かつて中級悪魔を一撃の元に葬り去った技。
風剣流奥義、玄武断岩、その威力は申し分ないものである。
風刃はニコルの胴体を二つに分断しようと迫る。
だが、その刃がニコルに届くことはなかった。
妖刀がその刀身に紫色のオーラを纏った。
そしてニコルはそのオーラごと斬撃を飛ばし、ゲツヤの玄武断岩に衝突させる。
威力の差は歴然であり、そのニコルの斬撃はゲツヤの風刃を打ち消して霧散させたのであった。
さらには風刃を打ち消してなおその勢いを保ち、魔力の刃はゲツヤ目掛けて飛んでくる。
ゲツヤは反射的に防御魔法を使用し、防ごうとする。
だがゲツヤの脳裏によぎった腕を切られたときの光景がその選択が過ちであると気づかせる。
最善の選択が消された今、ゲツヤは浮遊魔法で咄嗟に宙へと回避する。
そこへ迫るはニコルの追撃。
ゲツヤは妖刀を危機一髪のところで呪剣の刀身で受け止める。
そして、そこへ畳み掛けるかのようにニコルの蹴りが炸裂し、ゲツヤは地面へと叩き落される。
「ぐはっ……。」
ダメージを一気に受けすぎて体が思うように動かない。
ゲツヤの弱点ともいえるところだ。
いかにゲツヤが超常的な力を持っているとはいえ、少し前までは普通の人の範疇を超えない程度の修羅場しか潜り抜けていない。
しかしこの世界の住人は誰しもがある程度の危険を乗り越えてその力を得ている。
詰まるところ、ゲツヤは痛みに対する耐性がこの世界の住人らと比べると極端に低いのである。
地に降り立ったニコルが、衝突による衝撃で凹んだ地面の中心に倒れるゲツヤの元へと歩み寄る。
「シ、ね……。」
顔を苦痛に歪め、汗をダラダラと流し、荒い呼吸のニコルはその苦しみの原因、妖刀を天にかざす。
ゲツヤは敗北を悟る。
原因としては最初に舐めてかかっていたことだろう。
初めから全力を尽くしていれば敗北などあり得なかっただろうに。
そうしなかったゲツヤは無駄にダメージを受けてしまった。
仮に次があろうものなら戦いにおいて特に戦力不明な相手には、油断をしないようにしようとゲツヤは胸に刻む。
ニコルがゲツヤの首をはねようとし、ゲツヤは時魔法を唱えようとしたそのとき、ニコルの体を火球が弾き飛ばす。
その魔力はゲツヤがよく知ったもの。
ゲツヤはその魔法を放った人物の方を、ボロボロの身体で見る。
猫耳で、茶色い髪が美しい光沢を持つ、背丈が130ほどしかない小柄な少女が、瞳を潤わせ、肩を震わせて、そこに立っていた。




