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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter2:サザンカ動乱
32/88

余震は終わり本震へ……

 宴から一夜明けてまた新しい朝がやってきた。


 晴天、空一面に広がる青が美しく、その中に1つだけ輝く太陽がより際立つ。


 そんないつもと変わらない、気持ちのいい朝のことだった。


 サザンカ病院、赤息病患者が治療を受ける場所、獣人族の少女と黒髪の少年がそこへ向け歩みを進める。


「ゲツヤ〜、ようやくサリア姉ちゃんを治せるね!」


「ああ、少し長くかかった……。」


 ゲツヤは右手に握り締める小瓶、その中には青と白が見事に共演を果たした神秘的な輝きを放つ液体が入っている。


 万能薬、ファルマコ草から作ったこの薬であれば赤息病は治せるはず。


 出発前に見たサリアの苦しむ姿が、この旅の中でゲツヤの中に常に居座り続けた。


(ようやく、ようやくだ……。)


 ゲツヤは力強く地面を踏みしめ、病室へと向かった。


 それもこれも、メーナが左手を握って不安を和らげてくれているからなのかもしれない。


 あまり良いとは言えない立て付けの扉を力一杯に開き、部屋へと入る。


 廊下の時点で聞こえていた苦痛を伴う咳の声、その音がより一層強く感じ取れる。


 あまり時間は残されていない。


 昨晩は、宴をすぐに抜け、万能薬制作に取り掛かった。


 だが、難航し今朝ようやく完成したところであった。


 時間にして明日の朝まで、1日の猶予はまだあるが、油断はできない。


 部屋の中、ベッドの上に横たわる金髪の少女が赤い血を吐きながら苦しそうに顔を歪める。


「サリア、助けに来た……。」


「ゴホッ……ゲ……ゲツ……ヤ……?」


 痛みと戦い、意識が朦朧とする中、サリアは心配していた少年の無事を確かめる。


 その心は安堵、ゲツヤの無事を安堵する気持ちで占められていた。


「ぶ……じだっ……たん……ゴホッ!」


「無理に話すな……。」


 ゲツヤの気遣いに苦しそうな顔を無理やり笑顔に変えてみせるサリア。


「ゲツヤ、早く万能薬を。」


 苦しむサリアを見ていられないのか、メーナは早く薬を飲ませるようにゲツヤに言う。


「ああ……。」


 それに頷き、ゲツヤは右手に持った小瓶の中身、万能薬をサリアに飲ませる。


 病室が青白い輝きに包まれる、それはさながら奇跡でも起こっているかのような光景。


「ガッ……グハッゲホッ!」


 サリアが輝きの消失とともに急に苦しみだす。


「サリア姉ちゃん、大丈夫!?」


「どうしたんだ!?」


 予想外の結果にゲツヤとメーナは慌てふためく。


 完璧だったはずだ……なら何故サリアは苦しむのだ!?


 メーナは泣き崩れ、ゲツヤは顔を背ける。


 サリアを助けることに失敗。


 それが2人の心を蝕んでいった……。


 そして激しかった咳が止み、辺りに静寂が舞い戻る。


 予想し得る最悪の事態、それを確かめるべく勇気を振り絞り、ゲツヤはサリアを見る。


 そこにあったのは、サリアの口からこぼれ出た黒い塊、そして目を閉じたサリアであった……。


「な……んで……!」


 ゲツヤの心を蝕むあの激情がさらに肥大する。


 自責の念にかられ下を向く。


 やり直せるとはいえ、死なせたことには変わらないのだから。


「あっりがとぉぉぉぉ!」


 2度と聞けないと思った声、2度と温もりを宿さないと思った体、それらがゲツヤに抱きつく。


「なっ!?」


「治った!治ったよ〜〜!」


 飛びついて来た少女、それは死んだ……と思われたサリアであった。


 サリアが最後に吐き出した黒い塊、それこそが赤息病の大元であった。


「クソっ……。」


 そう言って、生きててくれたサリアの抱擁を返す。


 力強く、抱きしめ返した。


 羨ましい、そう思いつつ、メーナはサリアが助かった喜びに涙を流し、このときだけはゲツヤを譲ろうと思った。


「ありがとう……本当にありがとう……。」


 今までの苦しみ、それに耐え続けて来た反動か、サリアはボロボロと涙を零していた。


 ゲツヤの万能薬は、サザンカの赤息病患者全員を治療することに成功し、再び街の英雄とされかけたのだが、全てをメーナの父に押し付け、そそくさと病院から逃げ去った。


「メーナの父親がいなければ、薬も作れてないしな……。」


 すっかり良くなったサリアは冒険用の服に直ちに着替え、今は隣で走っている。


「まった後でねー!おとーさーん!」


 ゲツヤの背中にしがみつくメーナが後ろを向いて手を振る。


 ようやく旅の再開だ。


 そうやって、走って病院から離れている時であった。


 前方からゲツヤたち目掛けて走ってくる人影。


 その見知った顔は焦りに満ちていた。


「ふぅはぁはぁ、よ……ようやく見つけた……。」


 汗をかきながら、息を切らし走って来たのは白髪に無精髭を生やした赤と緑の鎧を見に纏う中年男性、ザクスだ。


「どうした?……」


 一旦間を置き、呼吸が少しは整ったのか、ザクスは語り始めた。


「ああ、やばい。悪魔信仰者ディモニストが、奴らが街のすぐそばに現れやがった。しかも数は昨日の倍以上。くそったれが……。」


 突如街を覆う壁の前に現れた大軍、恐らくは透過魔法インビシブルによる作用かと思われる。


(にしても透過魔法インビシブルか……。あれは相当上位魔法のはずだ……。俺も使えないな……。)


 ゲツヤの予想、それは的中していた。


「軍を率いているのは〈火〉の大司教だ!このままじゃ、この街は滅びる……。」


 ゲツヤは悪魔信仰者ディモニストの元へ、サザンカの門まで、疾風の如く街を駆けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「くっくっくっ。さあ、蹂躙の始まりよ……。」


 高らかな笑い声が荒地と化した昨日の戦場に響く。


「ニコラ、だっけ?まあうちの司祭を殺したんです。それ相応の報い受けてもらうわ!」


 降りかかる災難は未だ拭いきれてはいなかった。




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