悪魔信仰者
宵闇、普段は静まり返る街。
だが、この日はそうではなかった。
街中がどんちゃん騒ぎ。
老若男女問わず昼までの辛気臭い顔から、安堵の表情となっている。
サザンカの中央広場、そこを中心として開催された祝いの宴会。
迫り来る危機、それに飲み込まれそうになり一時は絶望の淵に立たされたものの、今こうして勝利の美酒に酔いしれている。
サザンカ、その街を救った英雄、闇聖騎士:カゲミネ・ゲツヤへ感謝を込めて。
誰もが楽しむ中、唯一浮かない顔をしている少年が1人。
肩まで伸びた黒髪が後ろで結ばれたその少年、ゲツヤは一つため息をつき、用意された椅子に深く腰をかける。
「どうだったかな英雄殿?」
「最悪だ……。」
「はっはっはっ!中級悪魔を倒せても、寄る人波には敵わないか!」
「うるさい……。」
ゲツヤに歩み寄り豪勢に笑うその人物、サザンカ軍総帥のザクス=シルヴィスは疲れ切った顔をするゲツヤの肩に手を当てる。
英雄に群がる民衆、彼らが述べるのは感謝の念や質問の数々。
誰もが憧れるその光景だが、ゲツヤはそれを好まない。
いや、あの量なら憧れる者すらも勘弁だろうが。
再びため息をつき、その肩を落とすゲツヤはこの男、ザクスに聞きたいことがあった。
悪魔信仰者とは一体なんなのか……。
突如襲ってきた白いローブの集団はパラドックスとはいえ、一度はレミーナやメーナ、アティスを殺し、さらにはゲツヤの片腕を奪った敵である。
悪、そう断言できる者たち。
それの情報が無いのでは後々危険に晒されかねないというのがゲツヤの見解であった。
「悪魔信仰者か……。」
「ああ、知ってることを教えてくれないか……。」
「英雄の頼みだ、構わないさ……。」
突如重くなるザクスの口調、そして語られる敵の素性。
「奴らはここ3年あたりで急に現れた。場所は北……サルディス共和国。」
「祠がある国の1つか……。」
「ああ、賢者の祠があるそこだ。奴らはそこを発祥の地とし、3年前にそれまであった王朝を滅ぼし国を建てた。」
「共和国というのは……。」
「そんなものじゃ一切ない。公にはそう言ってはいるが実際は素性不明の国家、いや国家ですらない。そんな奴らがだ、ここ1年周辺国家への侵略活動を進めている。その所業、正に神出鬼没。なんの前兆もなしに攻めてきやがるんだ。」
「ここも侵略された、ということか……。」
「その通りだ。だが今までその姿はルナヒスタリカ王国では確認されたことがなかっただけあって俺の頭も混乱してるよ……。」
「それで、悪魔信仰とは?……」
「分からない、悪魔を崇拝するってこと以外はな。なんでも噂によりゃ世界の破滅は企んでるとかなんとか。果たしてどこまでが本当なんだか。」
「いや、奴らならやりかねない……。」
ゲツヤは拳を握り締める。
かつて見たあの惨劇。
その元凶の抱く理想郷。
そんなもの地獄以外に何が考えられようか。
「確かにな。それで奴らはどうやら7つの派閥があるらしく、今回襲ってきたのはそのうちの1つ〈火〉の派閥だった。」
「7つ……。」
「そうだ。七曜を象徴とした部門、そしてその長たる大司教も7人。宗教軍……とでも言うべきか。」
「それで、ニコルはその大司教だったのか?……。」
弱かったものの、ほかとは一線を画していた存在を思い起こす。
「いや、あいつは確か司祭って言ってたな。大司教の1つ下だ。」
「そうか……。」
あの程度が最強ではない、その事実に少しゲツヤは安堵する。
手応えのないラスボスなんてつまらないったらありゃしない。
まだ見ぬ強敵に想いを馳せ、そしてこの激情をぶつける……。
「まあ、取り敢えずは俺たちの勝利だ。敵もすぐには攻め込んでは来ないはず。」
「敵もあれだけ戦力を失ったんだ、心配はいらないだろうな……。」
悪魔信仰者、彼らが身を置く目的不明の国家もどき。
(今後気をつける必要があるな……。)
ゲツヤの脳内にすら入ってなかった新情報であったが故、警戒レベルを引き上げる。
2人の沈黙が続く……。
「おぉぉぉぉぉい!って、えぇ!?」
祝いの席で黙り込む2人を見て、メーナはキョロキョロとその視線をゲツヤとザクスとを行ったり来たりさていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
街が静まり返り、月が闇を照らす。
「悪魔信仰者か……。」
メーナの家である宿の一室で彼女の隣でベッドに転がりながらゲツヤはそう呟いた。
何故あの時、防御魔法が発動しなかったのか。
一度覚えた魔法が使えなくなることなどあり得ない。
だが現にこうして起こっている。
謎の現象、謎の敵、ゲツヤは何処と無く不安を感じていた。
「大丈夫……。ボクがいれば怖くなんてないよ……。」
ゲツヤの孤独な手を、メーナの温かい手が包み込む。
「ずっと、ずっとボクがそばにいるから……。」
どうしてこうもこの少女に自分は救われるのだろうか。
メーナの優しいその言葉にゲツヤは安息を得る。
「ああ、約束だ……。」
そう言って、ゲツヤはメーナの手を強く握り締めた。
三日月が零した光が窓から差す。
その幻想的な光、それはゲツヤとメーナを包み込んだ。
そして、サザンカの運命の鍵を握る朝がやってきたのであった。




