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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter2:サザンカ動乱
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ニコルの崩壊

(あぁ、脳が……身体が……心が……溶解していく……。)


 強大な力の奔流、それに呑まれた男の僅かに残された感情。


 ニコル=ボレウスを満たすは全てが呑まれる事への快楽。


 いや、苦痛が苦痛を超えそれを心地よく感じてしまっているだけ……。


 しかし真実はどうであれニコルはこの自らがとろけていく感覚に囚われていた。


(あぁ、なんだっけ?……おれはなんでこんなとこにいるんだっけ?……)


 徐々に奪われていく思考、そんな中で頭に浮かぶ一つの顔。


(まーずさま……そう、まーずさまだ!)


 ニコルが敬意を示した「まーず」という者、ニコルの脳内に描かれたその人物が幾度となく頭の中を交錯する。


(あぁ、まーずさま……まーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさままーずさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)


 狂気的な、一方的な、歪んだ愛。


 それはニコル=ボレウスの存在意義であり、唯一忠誠を誓う者。


 其の者と二度と邂逅することの無いであろう愛する者の名をこれまでかとばかりに叫び続ける……頭の中で。


 中級悪魔バフォメットという真の姿、魔天変化アラギの行使は奥の手中の奥の手。


 自身の制御の利かない上の階層への強行突破を図る術式だ。


 故に二度と元には戻れまい。


 この100年近くずっとそんな危機に陥ったことがなかった。


 だが、あの人間(カゲミネ・ゲツヤ)がそれらを全て覆した。


(奴を殺すにはこれしかない。あとはただ、理性を失った化け物となるのみ。だが、今ここで奴を仕留めておくことは必須だ……。)


 変貌を遂げる前、ニコルはそう決心した。


 ゲツヤの力を身をもって知ったニコル、彼だからこそそれを重要視した。


 そして、最後の意識が刈り取られる。


 そんな時に、最後の思索に耽る……。


(ねがわくば、まーずさま……われわれあくまのひがん……せかいのはめつがなされますように……。)


 そして、小さな想いは力という名の濁流に呑まれる。


 小さく、小さく、小さく 。


 そして萎むようにニコル=ボレウスの本質は消え去った。


 その肉体を残して……。


 一向に動く気配のなかった化け物、それの纏っていたオーラの変質をゲツヤは感じ取った。


(来る!)


「ウルァガナバァァァァァアガズァァァァア!」


 突如、何かから解き放たれたかのように巨体が暴れ始める。


 握られた拳……というよりは蹄が何度も何度も地面を叩きつける。


 もちろん、その地面にいるのはゲツヤ。


 いや、彼は既にそこにはいなかった。


「はぁ……。結局は理性が飛んで力だけか……。」


 ゲツヤの望む戦闘とは、相手と力だけでなく、魔力や技術、そして知能を駆使して行うものである。


 だが、この中級悪魔バフォメットはそのうちの力しか備えていない。


 ため息も吐きたくなるというものであった。


 王都コルトニアでのウェルギリウス、クテシフォンとの戦闘以来、あのような興奮する戦闘を欲していた。


 しかし、ピュロン山の魔物や地龍ランドドラゴン下級悪魔レッサーデーモン中級悪魔バフォメット、どれもがゲツヤから言わせてみれば敵と呼ぶにもおぞましい低脳な敵であった。


 彼の好敵手とも言える男たちの顔が頭に浮かぶ。


 確かにゲツヤとの力の差はあったものの素晴らしい技術の応酬であった、とのゲツヤは思っている。


 絶対的な力を持つ中級悪魔バフォメット


 その存在にサザンカ側の誰もが奥歯をガタガタと震わせ、身を寄せ合い、この世の終わりを嘆いている。


 その場にいる3人を除いて。


 先ずはメーナ。


 ザクスの治療をゲツヤに頼まれた彼女は、ニコルとの戦いを眺めるだけであった。


 確かに悪魔は恐ろしい存在で、邂逅すれば最期を迎えると言われるほどの存在。


 だがそれは普通の人間の話。


 メーナの知る限り、ゲツヤに勝る生物など存在しない。


 それと同様な想いを抱くものがもう一人。


 満身創痍となり、ゲツヤの戦いをひたすら見るザクスもまた恐れずにいた。


 自分に手を抜いた状態で圧勝した化け物がさらに化け物となりさらにさらに化け物となった今、何故このように冷静でいられるのであろうか。


 答えは簡単。


 メーナとザクスの共通する想い、それは……


 「中級悪魔バフォメットすらをも遥かに凌駕するゲツヤがそこにいる、だから決して恐れることはない」というものだ。


 ある程度力を持ったメーナとザクスであるからこそ分かる力量の差。


 中級悪魔バフォメットを水溜りと例えるなら、ゲツヤは海。


 それほどまでに両者の力は開いている、それが分かったのであった。


 そして、恐れていない最後の1人はもちろんゲツヤ本人。


 肉体をそのままぶつけることしか知らない木偶の坊の攻撃を左手・・に持った呪剣カストールで弾く。


 そんなやりとりが何十回行われただろう

か……。


 大地は抉れてひび割れている。


 そして再び蹄が下される。


 巨大な鉄塊にも等しいそれがゲツヤを目掛けて振りかざされる。


「もういいや……。」


 その一言が化け物の一撃を妨げる。


 肉を断つ軽快な音と共に巨大な腕が鮮血とともに宙を舞う。


「アバァァァァァァ!」


 中級悪魔バフォメットの悲痛な叫びが響く。


「トドメだ……。」


 左手・・に握られた呪剣カストールに魔力を込める。


 それとともに剣に宿るは神風。


 空気を裂くような音と共に呪剣カストールが空を斬り裂く。


 そして次の瞬間にはゲツヤはまだ次なる蹄を振りかざす中級悪魔バフォメットを背にし、メーナの元へ歩み寄る。


「少年!まだだ、まだ死んでない!」


「何言ってる……。」


「なっ!?」


 ザクスの心配は杞憂に終わる。


 蹄を下ろした直後、中級悪魔バフォメットの身体が縦に割れ、大量の血を撒き散らし地に伏したのだ。


 風剣流奥義・玄武断岩

 

 全てを断ち切る不可視の風の刃、それが巨体をいとも容易く両断していた。


 そして、悪魔信仰者ディモニストは大将の敗北と共に敗走し、一時的にサザンカの勝利が確定したのであった。

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