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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter1:感情無しの強者
3/88

少年はただひたすらに強く

「やめろよ……」


 黒髪の少年は路地裏に声を響かせた。


 そこにあったのは彼にとって2度目の光景。


 戻る先はランダムではあるが少し前の時間に戻ることができる、それが彼の唱えた時魔法セーブ・ループの能力であった。


 少女の見た目から上流階級の人間と分かる。


 そんな彼女が殺されたならば自分にも火の粉がかかりかねない。


 仮に国家転覆罪にでもかけられた日にはたまったものではない。


 そう判断したが故に少年は時を戻した。


 起こりうる未来を見て、それを踏まえて過去へ戻った今の少年に油断は無い。


 油断した結果があのざまである。


 少年は己の薄っぺらい心の中に存在していた油断をかき消し、握る拳を固める。


「す……すいやせん!アニキのナワバリだとは知ら

ずに……」


 背の低いゴロツキがそう言ったその瞬間……長く黒い髪が激しい風に揺れる。


 そしてそれとほぼ同時に鈍い音が炸裂する。


 瞬間的に距離を詰めた少年はゴロツキ2人を殴り飛ばしていた。


 死なない程度に殴りはしたが、ゴロツキたちは壁にその身体を激しくぶつけ、あまりの痛みに悶絶している。


 再び面倒な事態になる前に少年はゴロツキどもから合格証を奪い取る。


「消えろ……」


 その威嚇じみた一言が放たれると同時に、ゴロツキたちはそそくさとその場から逃げ出した。


 突然の出来事に助けられた少女は目を丸くしていたのだが、即座に立ち直り少年の顔を見つめる。


「ありがとう、助けてくれて!」


 金髪の少女は自分の恩人ともいえる少年に感謝を送った。


 目を潤わせ、今にも泣き出しそうにしながら彼女は深々とお辞儀をする。


 少女にとって命に並んで大切な合格証を奪われ一時はどうなる事かと思ったが、その窮地はこの少年に救われたのだ。


 少女はこの救世主に感謝してもしきれないほどの恩を感じていた。


 もし仮に、あの場に少年が来てくれなかったら大惨事になっていただろう。


 少しでもこの少年のことを知りたい……何故かそう思った彼女は自分を救ってくれた少し無愛想な少年に尋ねた。


「あなたのお名前はなんていうの?」


 少年はしばらく黙ったのちに


「影峰 月夜……」


 そう静かに名乗った。


 聞きたかったことを聞け、満足気な少女は


「そう、ゲツヤ……カッコいい名前ね!私はサリアっていうの。歳は18歳よ、よろしくね!」


 そう満面の笑みで名を告げるのであった。


 その声は先程までの涙声とは一変した明るいもので、少女の本来の声音であるようであった。


 サリアと名乗った少女は恩人に感謝の念を込めて、無愛想なゲツヤに断られないか不安に思いながらも咄嗟に思いついた恩返しの一つを提案した。


 なけなしの案ではあったが……


「ゲツヤ、助けてくれたお礼がしたいんだ。昼食まだ食べてないなら、よかったら一緒にどうかな? その間に私、何がお礼としてできるか考えとくから!」


 ゲツヤはただ静かに頷いた。


 それを見たサリアは静かにガッツポーズをとるのであった。


 その後ゲツヤはサリアに言われるがまま昼食を食べに行った。


 彼が着いてきた理由、それは何も断る理由がなかった、ただそれだけだった。


 別にサリアと一緒にいたいわけでもなく、腹が減っていたわけでもなかった。


 幸いなゲツヤにとって大変美味である料理だった。


 普段の路地裏暮らしでは決して訪れることないであろう立派な店、「普通のお店でごめんね」とサリアは謝っていたが、彼の借家の5倍は大きい豪華絢爛なその店で昼食をとったのだ。


 普段ではお目にかかれない高級な食材がテーブルに立ち並んでおり、ゲツヤの貧しい舌は一口で僅かばかりの至福を感じた。


 食事の後、サリアに連れられ街を歩く。


 道に立ち並ぶ建物はそのほとんどが石やレンガで建てられたものばかり、裏路地の無法地帯とはえらい違いである。


 道ゆく人はごく普通の人間や所々に獣の特徴を有する獣人がほとんどである。


 ゲツヤはそれらの光景を眉一つ動かすことなく眺めながらサリアについていく。


 そのときだ、突如として大きな鐘が慌ただしく鳴り響いた。


「飛龍襲来、住民は直ちに避難せよ!繰り返す飛龍襲来、住民は直ちに避難せよ!」


 街中に設置された魔法のスピーカーから警告が鳴り響く。


 街中が焦燥感に駆られた。


 道ゆく人は一瞬動きを止めたが、放送の内容を理解すると瞬時に慌ただしく走り出す。


 道沿いに立ち並ぶ屋台で働いていた者たちは店を捨て、先に逃げだした人々に追従する。


 そうして住民は一斉に地下にある避難所めがけて走りだしたのだ。


「そんな、いつも街を護衛する聖騎士は記念式典でいないのに……わたしも飛龍レベルの魔物は倒せないし……」


 サリアが怯えてそう呟いた。


「ねぇ、ゲツヤ……えっ!?」


 そう言って横にいるゲツヤに語りかけるサリアであったが、隣にいたはずであるゲツヤは既にそこにはいなかった。


 その間に飛龍は街の上空に入り、人を襲い始めようとしていた。


 ちょうどそのとき、飛龍の目の前に1人の少年が現れた。


 長い黒髪を靡かせ、その漆黒の瞳で冷淡に飛龍を見つめるその美しい顔立ちの少年は宙に浮いている。


 飛龍は突如湧いた邪魔者を排除しようと火炎を吐いた。


 それは街一つが簡単に焼失するであろう火力を誇っていた。


 しかしその業火は少年を避けて通り過ぎていく。


 風魔法ウインラを応用した風壁のまえでは飛龍のブレスは成す術を持たなかった。


「羽虫がうろちょろと、目障りだ……」


 少年は小さな苛立ちを露わにして、あらかじめ逃げ惑う衛兵から奪っておいた剣を構えた。


 極技・星竜一閃


 少年は剣に込めた魔力ごと飛龍に向けて斬撃を飛ばす。


 街中が複数色の光に包まれる。


 少年の放った一太刀は飛龍のブレスを断ち切り、そのまま飛龍本体を縦に真っ二つに分断した。


 その切り口はあたかも最初から2つであったかのように自然に切れている。


  聖騎士が不在の絶望的な状況で、街を飛龍からたった1人で救った英雄、カゲミネ・ゲツヤの誕生であった。


  ゲツヤが浮遊魔法ウィールを解除して地面に降りると、街中から喝采が鳴り響いていた。


 それは自分、家族、財産その他諸々を飛龍から救ってくれた英雄へ向けたものであった。


 中にはあまりの嬉しさと恐怖からの解放から涙するものすらいた。


 そんな喝采の中でさえ無表情を貫くゲツヤめがけて、1人の少女が大衆をかき分けて飛び込んでくる。


  その少女サリアは自分を救ってくれた少年が、今度は自分を含め街を救ってくれたことへの感激が隠せないでいた。


「ありがとう、本当にありがとう!飛龍が来たってときはどうなるかと思ったの!死ぬかもって思ったりもした。でも、ゲツヤがまた助けてくれた!ゲツヤってすごくすごーく強いんだね!」


 サリアの顔には恐怖由来の涙が通った跡があった。


 人々は誰もがそれに気づいていたが、ゲツヤは気に止めてすらいなかった。


 彼からすれば飛龍は借家をダメにするいわば害虫のようなものであっただけ。


  それが大きいか小さいかただそれだけの差であっ

た。


 別に人々のためにやった覚えは一切無く、なぜ自分に感謝しているのかが分からないでいた。


 正直、人に囲まれるのが好きではない……むしろ嫌いなゲツヤはこの状況を煩わしく思い、飛龍同様に斬り伏せようかとも思わないでもなかった。


 それをしないのは更なる面倒ごとに巻き込まれるのを嫌ってであった。


 だがこの少女、サリアだけはそうしてはいけない……なんとなくそう感じていた。


 それが何故なのかはゲツヤには分からない。


「もう、返し切れないくらいの恩ができてしまったわね……そうよ、だったら私の家に客人として連れていくわ!一応貴族の家ではあるから少しはお礼ができると思うの!ねぇ、一緒に来てくれる、ゲツヤ?」


 サリアは自分にできる最大のお礼をしようと必死だった。


 それに対しゲツヤは


「分かった……」


 ただ、そう一言口にして頷いた……。




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