ニコルの正体
ピュロン山麓の宿屋の一客室。
そこの窓から遠くを眺める少女が1人。
ショートのボブカット、太陽を反射して神々しく煌めくその銀嶺の髪。
椅子に腰掛けるその小柄な体はひどく心細く見える。
はるか遠くを眺め憂う表情を浮かべたその少女、レミーナは手の届かぬところへ飛び出した少年へ想いを馳せる。
別れてすぐに爆発音が何度も響いていたが、それすらも無くなり、彼の存在が近くにないのが自ずと分かってしまう。
「ゲツヤ君、無事でいてください……。」
窓から煌々と照らす太陽の光がレミーナの顔に刺す。
手を重ね祈るレミーナはその心配をより一層強める。
「レミーナ姉ちゃん、出発するニャー!!」
アティスの呼び声がレミーナの鼓膜に届く。
「今行きます!!」
レミーナは精一杯の大きな声でアティスへの返答を済ませると、空を見ながら呟いた。
「なんだか暗雲が立ち込めてきてるわね。」
日は照っているものの、徐々に陽炎を呑み込む雲がその勢力図を広げていた。
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「何がおかしい?……」
圧倒的に不利であるはずのニコルから余裕が消えない。
その不可解な事態にゲツヤは多少の困惑を覚えた。
だがそれもちょっとした疑問。
言うなれば好奇心旺盛な小学生が何でもかんでも質問するかのようなものではあるが。
側から見てもゲツヤ優勢、それでいてかつあくまでその態度を崩そうとしないニコルに観衆も皆疑念を抱いていた。
ゲツヤを攻めるも返り討ちにされ続けるその姿からは想像がつかない余裕。
振りかざす刀はすぐに止められ、体ごと押し出される。
誰もがわかること、それはゲツヤは手を抜いており、ニコルは本気であること。
そして今もまた、ニコルの太刀筋はいとも容易くゲツヤに読まれ受け止められる。
そう……誰もが今度もまたニコルが弾き飛ばされるのだと思っていた。
だが……それは見当違いであった。
「魔天変化」
ニコルの軽い口調……いや、いたって真剣な口調が弾き飛ばされる筈であるその瞬間に挟み込まれる。
そしてその言霊とともに辺りに暗雲が立ち込め、日を遮り周囲に闇をもたらす。
雨は降らない、だが雷鳴が戦場に鳴り響く。
そしてその雷が照らす者、ニコル=ボレウスは畳んでいた翼を最大限に広げ天を仰ぐ。
稲妻、轟音の中ニコルは審判を下すかのごとくゲツヤに問いかけをする。
「さあ、人の子よ。その身に宿す不相応な力、オレらのために用いる気はないか?」
「ない……。」
「そうか、なら仕方ない。そう仕方のないことだ!」
ニコルは少し残念そうな表情を浮かべる、それに気付いたものは誰もいなかったのだが。
「お前は人の身でありながら強すぎた。それ故にオレの真の姿を拝む羽目になったのだ。呪うのなら己の中途半端な強さを呪うのだな……。」
「真の姿?……まだ何かあるのか?……」
「ああ、そうさ。あるとも!」
ゲツヤの瞳に光が戻る。
一度は失望した相手、だがまだ何か奥の手があるというのなら是非とも見せてもらいたい。
ゲツヤの心にニコルの強さへの好奇心が宿る。
一点集約された落雷がニコルを貫く。
いや、その莫大なエネルギーがニコルのものへと変換されていく。
「グッ……グガァサャガタアパママバァァァァァァ!」
奇怪な叫び、それとともに光から姿をあらわすのは体長3mは優に超える化け物。
ヤギの頭、筋骨隆々の鋼の肉体、四肢の先にある蹄、そして極め付けはその背に生えた以前の2倍はある巨大な漆黒の翼。
全身を覆う赤黒い体毛は魔力を帯びている。
その姿はまさに中級悪魔のもの。
これこそがニコルの隠していた正体、そして対ゲツヤの最終手段である。
だが、ベースは下級悪魔であるニコル。
そこから推測するにニコルの中級悪魔としての階位は低く、その力を宿すにはまだ未熟であるのが分かる。
それが意味するは力の暴走。
理性を失ったニコルであったその化け物は言葉を話すことすら叶わず、ただ雄叫びを上げ続ける。
だが目的意識は残っているのか、その瞳に写すはカゲミネ・ゲツヤただ1人。
「ギャガサバサヤマカナタダナアドァラニツカヒガァァァァァァ!」
意味をなさない叫びを上げ、ゲツヤに向けて巨体が飛びかかる。
そのスピードは前とは比べ物にならない。
そしてその一撃もはるかに重いものになっているであろう。
飛びかかる中級悪魔、それを前にしゲツヤは呪剣を構える。
「さあ、見せてもらおうか……中級悪魔の性能とやらを……。」
観衆が息を呑み見届ける中、雷の光を反射し妖美に輝く呪剣は敵の命を狙う。
ゲツヤの口元は少し緩んでいた。




