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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter2:サザンカ動乱
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悪魔降臨

 勇将ザクスの死、敵味方問わず誰もがそれを見届けようとしていた。


 たった1人でここまで戦った彼を賞賛する悪魔信仰者ディモニストまでいた。


 ニコルの一太刀、その勇将の首を捉えるその一撃、歴史に名を残すであろうその出来事に誰もが目を向けていた。


 ザクスに恐れはなかった。


 唯一あるのは、全く歯が立たなかった愚かで弱小な未熟であった自分への自嘲だけであった。


(あぁ、死んだ……。)


 目を閉じた彼は己の死を受け入れた。


 そのとき、戦場に風が吹いた。


 ずっと凪いでいたその草原に一筋だけ吹いた風、それとともに金属と金属の合わさる音、高く響くその音が戦場を駆け巡った。


 白髪の髪を血に濡らした男は目を開く。


 未だ死なぬ己を不思議に思い、ザクスは再び光を瞳に入れる。


 そこにあるのは首に迫る刀、そしてそれを防ぐ禍々しくも美しい剣。


 その剣を持つ手から辿って、持ち主を確認する。


 背丈が160cmほどの少年、彼は並々ならぬ雰囲気を醸し出している。


 その迫力はニコル以上。


 ザクスは少年の圧力に呑まれた。


 少年の左目を隠すほど長い漆黒の髪がなびく。


 ザクスに迫っていた刀は、彼の剣に押し返された。


「君は……?」


 ニコルが彼の名を問おうとする、しかしそれを阻むが如く少年は剣を振るう。


 表情皆無でひたすらにニコルの命を断ち切らんとするその姿はまさに鬼神。


 少年が左手で振るうその剣は、右に左にとニコルの刀を弾く。


 だが、ニコルの腕も相当なものであり、弾かれたその瞬間に反撃へと転じている。


(手を抜かれていたのか……。)


 目の前で起こる壮絶な戦闘を目撃し、ニコルの斬撃の変貌具合に落胆するザクス。


 それほどまでに高次元のやり取りが交わされている。


 側から見れば先ほどと一転してひたすら攻め続けるニコルが優勢、受けに徹している少年が劣勢だ。


(しかし、ここから見ればわかる。)


 この戦いを支配しているのは少年なのだと。


 決して少年は無闇矢鱈にニコルの攻撃を弾いているわけではない。


 最も反撃しにくく、仮にするとすれば最も型の崩れる位置に弾き返しているのである。


 右から来た刀は左へ、左からは右へ、上は下、下は上へと弾く。


 その芸当はまさに神の領域。


 体勢を崩されるたびにその顔を歪めるニコルを見ると、その劣勢は明らかである。


 何度も何度も金属音が響く中、一筋だけ強い金属音が鳴った。


 小刀が宙を舞う。


 誰もがそれに目を釘付けになっていた。


 そして、それの跡を追うかのように真っ赤な血飛沫が空に舞った。


 ニコルの身体が肩から斜めに斬られ、膝から崩れ落ちる。


 少年の勝利、それとともに湧き上がるサザンカ兵たちの歓声。


 そして彼はニコルの死骸から背を向けた。


 ニコルの亡骸。


 命を失ったそれの腕がピクリと動く。


 それをザクスは目撃した。


「ま……まだだ、奴は死んでない!」


 残った全ての力を振り絞りザクスは叫んだ。


 焦りと不安。


 ザクスを支配したそれの感情は、少年の一言で掻き消された。


「分かってるよ……。」


 そう言って彼は背後に迫った刀を、左手に持った剣で弾き飛ばす。


 弾いた刀、それを握るのは死んだはずのニコル=ボレウスであった。


 死してなお立ち上がる。


 2度死んだはずのニコルは、傷を残しながら又しても平然としていた。


 ヘラヘラとこちらを馬鹿にするかのように笑う。


 しかし、それもまた少年の一言が変えた。


下級悪魔レッサーデーモンか……。」


「なっ!」


 少年の言葉とともに、これまでどんな状況でも崩さなかったニコルのその笑みが、驚きの表情へと変わった。


 そのやり取り、それはこの場にいた者たち全てを驚愕させた。


 一瞬驚愕したニコルはすぐさま元の笑みへと戻す。


「いやぁ〜、まさかバレるとはね!君は強すぎるみたいだし、お望み通り本気を出してやるよ!」


 ニコルの口調が一瞬、軽いものから真剣そのものになった気がした。


「ふんっ。」


 ニコルが力を入れるとともに、彼のローブの背中部分が破け、赤く染まった悪魔の翼が現れた。


「さあ、本番といこうじゃないか!」


「ああ……。」


 翼を広げ、ニコルが少年に飛びかかった。


 ザクスは恐れと不安でどうにかなりそうであった。


 というのも、彼が知る限り悪魔には心臓が4つあり、それらの位置は個体によって異なる。


 さらに、それら全てを潰さない限り腕が落ちようが首が飛ぼうが、その切り口から再び生えてくるという。


 しかしそんな化け物を前にして少年の口元は緩んでいた。



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