第一次悪魔信仰者侵攻(前編)
「まだだ、まだ持ちこたえろ!」
サザンカを囲む高い壁の外、白ローブ集団とサザンカ軍との戦闘が繰り広げられている。
あちらこちらから、魔法の炸裂音や剣と剣の激突による金属音が聞こえる。
戦闘開始から30分、サザンカ軍は数の暴力により少しずつ、少しずつ劣勢へと追いやられていた。
厳つい顔、口元に髭を生やした白髪の中年男性がサザンカ軍本陣から叫びをあげて指揮する。
その男、サザンカ軍総帥は聖騎士の援軍を待ち望んでいた。
戦闘が始まる直前にコルトニアから来た早馬、それが告げたのはサザンカ周辺にて悪魔信仰者の動きがあるということ。
そして、それに対抗すべく急いで聖騎士軍を派遣するということであった。
劣勢のこの状況、彼にできることは聖騎士軍の早期到着をただただ祈ることだけである。
もっと互角かそれ以上に戦えると思っていた。
自分の鍛えた兵を自分が指揮するのだ、負けるわけがない。
しかし、その予想は大きく外れた。
敵の数はこちらの5倍、500人はいる。
その上、一人一人の実力が下級聖騎士に勝るとも劣らないのだ。
ただの一般兵が下級聖騎士クラスに敵うわけがなく、殺害されていた。
しかし、ここまで持ちこたえられたのは総帥による軍事強化のおかげであった。
確かに成果は出ていた、だがイタズラに兵を死なせる自らの愚者ぶりに憤りを隠せなかった。
「ぐがぁぁぁぁ……。」
前線に立つ若い兵士が、善戦虚しく悪魔信仰者により胸を刺される。
突き刺さるその小刀を伝う血の量は、彼の命の終焉を如実に表している。
瞳を濁らせ、その命の灯火はフッと消えた。
「く……くそったれがぁぁぁぁ!」
その光景を目の当たりにした、先ほど死んだ兵と同年代の兵が戦友の仇へと斬りかかる。
振り下ろす剣は首を捉えたかと思われた……だが、彼は自身の首から生えたナイフに目を丸くして膝を折った。
迫る剣に怯まず、悪魔信仰者が放ったナイフは若年兵の首を見事に捉えていた。
死者多数、重傷者はそのほとんどが腕や足を斬り落とされている。
サザンカ軍の誰もが自身の死を感じ、怯えており、士気はドン底まで落ちている。
必死に鼓舞しても士気は上がるどころかますます減退の一途を辿る。
(このままでは……)
絶望的な状況、古来よりそんな状況を変えたのはその軍の大将の行動だ。
それに習おうとサザンカ軍総帥は立ち上がった。
今のままでは自分たちはおろか、街の住民までもがその尊い命を落としてしまう。
「我が兵たちよ、我々は劣勢に立たされ今にも敗北しようとしている。だが、我々は民の命を背負って戦っているのだ!」
戦場に響き渡るように声を最大限に荒げる。
「お前たちは家族や友人を死なせたいのか、いやそうではないはずだ!愛する者たちを守りたい、そう思う同志は我に続けぇぇぇぇぇぇ!!」
声を掠らせながら、敵陣に向け剣を指す。
その演説に驚き呆然とする兵たちを、馬にまたがり追い抜く。
「そ……総帥殿を死なせるものかぁぁぁぁ!!」
1人の部隊長の声とともに、サザンカ軍全兵は、単騎突撃を今まさにせんとする自分たちの総帥に続くべくその脚を動かした。
走る、走る、走る!
サザンカ軍による玉砕攻撃が始動した。
総帥の決死の鼓舞により勢いを得たサザンカ軍は、一つの塊になり敵軍を蹴散らす。
実力の至らない部分は互いにカバーし合う、そんな見事なまでの連携が極度の集中により成し遂げられている。
赤と緑で彩られたサザンカ軍の鎧、それが返り血により真紅の鎧へと変貌していく。
真っ白な平原を一筋の赤い線が、荒れ狂う大河の如く呑み込んでいく。
「ふんっ」
総帥の放つ剣撃が白いローブの大男の首を豆腐を切るかのように落とす。
落とされたその首は、総帥に続く兵らによって蹴り飛ばされ、その原形をとどめていない。
接近戦を主体としてくる悪魔信仰者たちは勢いに乗った今、恐るるに足らなかった。
次々と敵の首を刈り、サザンカ兵たちは返り血に染まる。
中には全身が真っ赤になっているにも関わらず、それを全く気に留めず次の敵を求めるものすらもいた。
敵を蹂躙することの味を占め、戦う目的を忘れた彼ら ……そんな歪んだ表情が一瞬で引きつった。
破竹の勢いで攻撃を続けるサザンカ軍、そこに溜めに溜めた魔力で放たれた魔法の数々が襲った。
そもそも悪魔信仰者は魔法攻撃を得意とする者が多い。
だが、普段は近接戦をメインとすることで、魔法主体であることを隠蔽している。
そう、このような事態のために……。
意表を突かれたサザンカ軍は回避が遅れた。
長い時間をかけ魔力を溜めて放たれたその魔法は1つ1つが上級に相当していた。
当然防ぐ術はなく、密集していたサザンカ軍に50あまりの魔法攻撃が命中した。
命中とともに大規模な爆発が生じた。
激しい熱風が吹き、砂煙に視界が遮られる。
なんとか無事であった総帥は、自軍の状況を把握しようと辺りを見渡す。
一面茶色の中、そこにあったのは肉塊の数々であった。
恐らく兵士であったであろうそれは、辺りの地面を真っ赤に汚しながら、焼けた匂いを放っている。
まともに魔法を受けた兵は、ほとんどがその命を落としていた。
ボロボロになりながらも生き残った者たちは、返された蹂躙に絶望している。
煙の中、チラホラと涙ぐんだ懺悔の声が聞こえてくる。
救いようのないこの状況、こうなることを招いたのは自分にある……総帥は自責の念にかられ、1つの覚悟を決めた。
「全軍、撤退!」
(ここで退けば一生の恥、だが私の部下の命の為、恥など喜んで受けよう。
親愛なる部下、彼らを守るために私が殿軍どなろう!
私は仮にも元中級聖騎士、多少は時間を稼げる程度の実力は兼ね備えているつもりだ!)
彼はその腰に下げた剣、かつて聖騎士として賜った聖剣を握りしめた。




