打開策
真っ暗な視界に少しずつ、少しずつ光が舞い戻ってくる。
空は快晴。
つい先程まで夜であったところからすると、時魔法は成功したようである。
場所はピュロン山麓の宿屋。
どうやらアティスからサザンカ街道が封鎖されていると聞かされた直後のようである。
取り敢えずやり直せることが確定したわけであるが確認しておくべきことがある。
1つは何故、ゲツヤの防御魔法が発動しなかったのかということだ。
一度使えるようになった魔法が使えなくなることなどあり得ない、とゲツヤの脳内に刻まれた情報は訴えかけてくる。
だとすれば、考えられるのは敵による何らかの妨害のみ。
そこからするに、何か特殊な魔道具でも使用されて魔力が封じられたのだろうかと考察する。
故にゲツヤは一度防御魔法を発動させてみることにした。
「プロテクション!」
……だが発動しなかった。
おそらく敵の妨害ではないであろう。
敵軍の場所から相当離れたこの場で使えないのであれば敵の影響とは考えづらい。
故にゲツヤ自身の問題である。
不可解ではあるが、現時点で分かっている限りの情報から考察するとそれが一番しっくりくる。
そしてもう1つ。
このまま突撃したところでレミーナらが、そしてサリアが死ぬ未来は変わらないであろうということだ。
ゲツヤたちがサザンカ街道で謎の白法衣集団の襲撃に手間取っている間にサザンカには別働隊による襲撃が行われる。
これはゲツヤが目の当たりにした、起こるべくして起こる未来。
どうやってその理不尽極まりない未来を捻じ曲げてやろうか、とゲツヤは試行錯誤する。
仮に仲間たちを全員置いて、単独で行くとすれば恐らくは容易く目的地に到達することくらいは可能であろう。
だが一つ考慮するとすれば、仮に敵方にゲツヤと同等あるいはそれ以上の力を持つ者がいる可能性である。
そうであるならば、自身はその敵に対し相手取らざるを得ないわけであり、そうなれば他の雑兵にまでは手が回らずサザンカは侵攻を受ける。
そこを考えるとやはり仲間たちと共に進むことは必須要項と思われる。
ゲツヤの仲間たちは少なくともこの世界ではそこそこ以上の強さを持っているようである。
故に、彼女たちをサザンカへの侵攻を食い止めるための戦力とするのが得策だ。
かと言って普通に進めば先の失敗のように悲惨な未来になることは必至だ……
考え込んで眉間にシワが寄るゲツヤの顔を、心配そうにメーナが覗き込んできた。
「どーしたの?ゲツヤが悩むなんて珍しい……ボクでよければ話を聞くよ?」
確かにゲツヤが悩むことは珍しい。
メーナに話をして解決するならそうしたいところではあるが、解決しないのならただただメーナを自責の念に駆らせるだけである。
(ん、まてよ……)
そのとき、宿の窓から爽やかな風が吹き込み、ゲツヤの長い黒髪が揺れる。
この瞬間、1つの妙案がゲツヤの頭に浮かんだ。
「メーナ、俺と一緒に来てくれるか……?」
メーナと一緒に行けばいいのだ。
遠距離攻撃手段が豊富であるメーナなら、高速飛行中にゲツヤの補佐として攻撃を加えることもできる。
アティスには悪いが、ゲツヤは反射魔法を貼りながらでも他の魔法が使えるのでここでは最適解ではない。
そして、最大の問題であったゲツヤの単独行動の末の強敵との敵対、そこからの戦力不足が解消される。
アティスとレミーナには、極力急いで遠回りをしてサザンカに向かってもらう。
そうなれば、ある程度は戦力のカバーが可能になりうる。
これしかない。
ゲツヤはこの案に導いてくれたであろうメーナの頭を撫でた。
どうしてだかゲツヤには分からないが、メーナはこれをしたときが最も嬉しそうなのである。
例のごとく、レミーナはサザンカ街道強行突破を推し勧める。
だが、それでは失敗に終わることは証明されている。
決してレミーナが悪いわけではない、だがゲツヤは否定した。
「それではダメだ……間に合わない可能性が高い上にリスクも高い。」
「じゃ、じゃあゲツヤ君はどうすればいいっていうんですか!?」
冷静さを欠いているレミーナ、ゲツヤとの初対面のときからは想像もつかない。
そんな慌てふためくレミーナにゲツヤは先ほど思いついた名案を提示した。
結論から言うと、ゲツヤの案は通った。
だが、アティスから不満そうな顔で睨まれ、レミーナは顔を膨らませ、拗ねてしまった。
「どうせ、どうせレミーナは可愛くないんですよ……どうせ、メーナちゃんやサリアお嬢様の方ずっと可愛いんですよ……」
アティスが不満そうにしているのは理解できる。
自身の実力を信じてもらえてない、そう思っているのだろう。
そんなことはない、アティスは優秀だ。
ゲツヤの中ではアティスの評価は相当高い。
だが、これから先に待ち受けるのは優秀さなど関係のないほどの圧倒的数との戦いである。
そこにおいて、アティスの能力は相性が悪いと言わざるを得ない。
そしてゲツヤはその結果を実際に見て来た。
ゲツヤにとって訳が分からないのはレミーナの反応であった。
タイムリミットが迫り焦って冷静でなくなっていたはずだ。
何故これ程までにも余裕があるかのように感じるのだろうか?
そして、どうしてゲツヤがメーナと共に行くことが不満なのだろうか?
(しっかりと現状を踏まえた上でメーナが最適であることは説明したはずなのだが……)
それぞれが様々な思惑を浮かべつつ出発は1時間後に決定した。
結局、レミーナは出発まで終始ご機嫌斜めであった。
いつまでも不機嫌なレミーナ、そんな彼女にゲツヤは近くに詰め寄り言葉を送る。
「なら、無事に終わったら何か1つだけ願いを聞いてやる……それで満足か?」
ゲツヤがダメ元で言ったこの言葉、だが幼子くらいしか引っかからないようなこの言葉でレミーナの機嫌が少し治ったように見えた。
「えっ!?……仕方ありませんね、それで目をつぶってあげます」
そう言ってレミーナは自分の前髪をくるくると弄りはじめる。
「アティス、合流のときまでレミーナを頼む……」
「任せてニャ!」
力強い返事とともに、アティスは自分の胸に拳を当てる。
本当に信頼でき、ゲツヤとしては有難い限りであった。
「それじゃあ、いざ出発ーーー!」
背中にしがみつくメーナの号令のもと、ゲツヤは魔力を解き放つ。
浮遊魔法、それの発動と同時にゲツヤの身体が宙に浮き、高度を地上から10メートル付近に調節する。
次に中級風魔法で速度をつける。
宿屋、そしてアティスとレミーナがあっという間に小さくなっていく。
そしてゲツヤとメーナはサザンカ向けて一直線、空路を行くのであった。




