ファーストコンタクト
「ふ〜んふんふん〜」
ーーーーーー鼻歌が出ちゃうわ!
「ルンルンルーン」
ーーーーーースキップも勝手にしちゃってる!そうよ!ようやくようやく受かったのよ!1年に1人しか受かんない〈賢者候補資格試験〉に!これでようやく私の夢がスタートできるわ!
ここは薄暗い路地裏。
表立って生活することの叶わない人々が生きるために手段を問うことのない無法地帯に等しい場所。
そんなところに1人の少女が迷い込んでいた。
「あれ、ここは?」
何処と無く……いや、彼女を目にしたものは誰しもが分かるであろうほどに浮かれていた少女は、散漫とした注意力のもと、取り巻く風景がガランと変わっていることに気づくこともなく、フラフラとこんな無法地帯へと足を運んでしまっていた。
そして今ようやく、少女はいつの間にか路地裏に来ていることに気づいたのである。
普通の人ならばいくら浮かれていようとも自分が今どこを歩いているのかくらいは理解できそうなものだが……この少女はその普通の例から漏れるような存在なのである。
端的に言うならば、アホの子とそう呼称できるであろう。
しかし、その幸せな頭とは異なりその容姿は美麗である。
美少女……彼女をそう呼ぶのに異論を唱えるものは誰1人としていないであろうほどに。
歩いているだけで人を魅了し、すれ違う人を振り返らせる。
だがそれは表通りでの話だ。
ここは違う。
人の行き交う表通りにあらず、人通りのほとんどない裏路地。
健全な思考の持ち主は存在しない、存在していたとしても生き延びることは不可能である。
そんなところにだ、純金製のような美しい金髪に、宝石のような紅蓮の瞳、白いドレスのうえに水色のローブを纏っているいかにも高貴な小柄な少女が迷い込んでいるのだ。
悪どい思考を持つゴロツキたちの目に留まらないわけがあるまい。
気がついたときには既に遅く、金髪の少女は2人の男に囲まれていた。
彼女の行く手と退く手を阻む2人は、ルナヒスタリカ王国の首都コルトニアの一番街、そこの裏路地に彼らあり……と高らかに自称することで有名なチンピラ二人組である。
一人は鶏のような頭をした190近い長身の男、もう一人はきのこのような頭で140ほどの小柄な男だ。
大小のバランスの悪い二人組は住んでいる環境及び仕事のせいか目つきが悪い。
そんな珍奇な格好をした彼らだが、実のところ巷では有名なカツアゲ犯であった。
女子供であろうと容赦せず全てを喰らい尽くす。
その犯行からついたあだ名は「鬼畜兄弟」であった。
それはともかく、浮かれていた少女はそんな彼らの領域へと迷い込み、目をつけられたのであった。
「お前が右手に持ってるそれ、〈賢者候補資格試験〉の合格証!!」
「あ、勝手に取らないで!!」
金髪の少女の制止を振り払い、背の高いゴロツキは合格証なるものを彼女から強引に奪い取る。
金属で作られた板。薄っすらと青く光っていることが本物の〈賢者候補資格試験〉の合格証であることの何よりの証拠である。
紛い物でなく本物、それを確認できるや否や背の高いゴロツキはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「お願い、返して!それがなきゃ私の夢が……」
少女が必死に懇願しようが、そのような行為はゴロツキ達のような人種に対しては下策中の下策である。
寧ろ必死に懇願されればされるほど彼らの口角は上がっていくのだから。
届かないところに持ち上げられた合格証をなんとか取り返そうと少女がジャンプを繰り返すも決して届くことはない。
少女の顔は必死だ、必死になって取り返そうと試みている。
その姿が二人の男には滑稽で仕方がなかった。
「ところでそれ、カネになるでやんすか?」
背の低いゴロツキは背の高いゴロツキに聞いた。
あまり物を知らない背の低いゴロツキはどうしてこの薄っぺらい金属板が大切な物なのかいまいち掴めずにいたのだ。
「そりゃあな、これ一つで金貨50枚にはなるぞ!」
年間一人しか合格者の出ない試験、その合格証は珍しい金属でできている……というのが裏社会での常識であった。
その合格証は持っているだけで価値があり、仮に賢者候補資から奪おうものなら奪ったものが賢者候補になるのである。
それには、己の道具の管理一つ出来ないものが賢者となれるはずがない……という意図があってのことらしいが、それはまた別の話。
背の高いゴロツキから具体的な価値を聞き、背の低いゴロツキは笑みを浮かべ、下卑た声で下衆な考えを述べる。
「そんで、この女はどうするでやんす?もちろん……」
「あぁ、適当に遊んだ後に殺すさ!」
少女は絶望に打ちひしがれていた。
抵抗しようにも抵抗できない、そんなもどかしさが彼女を包み込む。
自分が絶望するか、彼らが死ぬか……。
心優しい少女には殺すことなどはできなかった。
そんな葛藤の中、
「やめろよ……」
少し高く、穏やかな声が聞こえた。
男としては高めであるその声は、声の主がまだ少年であることを物語っており、その声は静かに路地裏に響いた。
そのハープのような美しい声を聞いたとたん、ゴロツキたちは怯えていた。
体をガタガタと震わせて顔を青く染める、まるでこの世の終わりだとでも言わんばかりに……。
その恐怖の矛先が先ほどの声の主であることは明白であった。
「す…すいやせん!アニキのナワバリだとは知らずに……」
背の低いゴロツキはその声の主である漆黒の髪の少年に急いで土下座した。
それに続くかのように背の高いゴロツキもその頭を地につける。
一切無駄のない完璧な土下座、頭は地面に擦り付け、腰は低く保ち、表を上げることなくただただ平伏している。
そのゴロツキたちの対応が、この少年の路地裏での地位の高さを少女に悟らせた。
「邪魔……」
少年の冷たい一言が、ゴロツキたちに謝っても無駄だという事を悟らせる。
服従の意を示そうと叛逆の意を示そうと殺される、ならば……
そう考えた彼らは少年に対して構えた。
先手必勝、背の高いゴロツキが少年へと飛びかかった。
顔面を殴り飛ばそうと背の高いゴロツキの拳は力強く握られている。
しかし彼が飛び上がったその瞬間、既に彼の首には小さなナイフが突き刺さっていた。
「ゔぇ……」
そう最期の言葉を漏らして背の高いゴロツキは地面に倒れ伏した。
首から血を流し、口を虚しくも繰り返し開閉させている男を少年は蹴り飛ばす。
力を失った体が無残にも2度3度と地面を転がる。
首に刺さったナイフを少年は引き抜く、それとともに死体から赤い鮮血が拍動に合わせて飛び散る。
先程まで平穏だった路地裏は僅か1分足らずで血の海へと変貌を遂げた。
少年が死体を見下す中、相方が殺されたのを目撃した背の低いゴロツキは己を守るべく次なる行動へと移っていた。
それも、気づかれないようにこっそりと。
少年が残った低いゴロツキに目を向けると
「お……おいっ!これ以上近づいたらこの女をぶっ殺すぞ!」
ゴロツキは、状況についていけず唖然としていた金髪灼眼の少女の首にナイフをあてていた。
少女の首筋に冷たい金属の感覚が走る。
自身の勝利を確信した男は舌をさらけ出し、その顔に不敵な笑みを浮かべていた。
しかし少年はそんな状況の中でも平静を保っていた。
それは少女の死がどうでもいいからなのだろうか。
「めんどくさいな……」
しかしその少年の一言がどうでもよくないことを証明する。
そして、この状況を打開すべく少年は唇を動かした。
「時魔法」
少年はそう小さく呟いた。
そして少年のその呟きの後世界の時間は逆行したのだが、それを知るのは黒髪の少年の他にはいなかった。